第4話「魔獣喰らい」

 煉獄部隊がコンテナ倉庫に到着した頃、俺は高野目さんのパトカーに乗せられていた。後部座席で道途含む警官二名に挟まれる形での乗車。絵面的にはどう見ても逮捕された容疑者である。


「あの、高野目さん。俺ってホントに逮捕されたわけじゃないんですよね?」


 あまりにも不安だったので訊ねてみた。すると右に座る道途が俺を見ながら言った。


「だから逮捕じゃねぇって高野目さん言ってたろーが! お前は十分前のことを覚えてねーのか!?」

「うるせェ、耳がキンキンする。俺は高野目さんに聞いてんだよ」

「あ? 俺じゃ不服だってか?」

「ああ不服だよ。だってお前さんすぐカッとなんじゃん。そんな奴がまともに話聞いてくれるたァ思っちゃいねェよ俺は」

「ああいえばこう言いやがってよぉ……ッ」


 道途の血管は今にもはちきれそうだ。ていうか例えじゃなくてマジではちきれたことあるんじゃないの? などと心配までしてしまった。


「道途くん。君はとりあえず黙って」

 助手席に座る高野目さんがこちらを向き口を挟んだ。

「しかし高野目さん」

「いいから」

「……うっす」


 高野目さんの言葉には服従しまくる道途。上司には逆らえないのだろうか。キレやすいようだが、そこら辺はメチャクチャ従順なのかもしれない。


「風見鶏さん。これが逮捕じゃないのは本当だよ。でも我々としてはどうしても聞いておかないといけないことがあるんだ」


 高野目さんの瞳孔が大きくなるのが分かった。それはまるでブラックホールのようで、俺は吸い込まれてしまうのではないかとさえ思ってしまった。

 その、溺れるような感覚をなんとか拭い去り、俺は返答した。


「大体分かりますよ。……俺がいつ魔獣喰らいになったのか、ってやつでしょ?」

 俺の言葉に、高野目さんは微笑んだ。


「そうそれ。魔獣喰らいってのはそう簡単になれるもんじゃない。『魔獣の肉を食べるだけでなれるなんて簡単だぜー!』とか言って食べてそのままノイズ化さようなら……な案件が多発しまくってるからね。なんでフグよりヤバいって気づかないのかなァ」


 ため息まじりに高野目さんが言った。……まあ実際、魔獣の肉を食べることで魔獣の能力を使えるようになるのは事実だ。だが成功確率なんて一パーセントあるかどうかすら分からない。検証しようにも危なすぎて出来ない。なんせ実験用のマウスでさえ魔獣喰らいになったらどうなるか未知数なのだ。そう、魔獣喰らいは魔獣より強くなりがちなのだ。何故なのかは知らないが。

 ……だから、コレクターだろうがなんだろうが魔獣の肉を欲しがる奴らの気持ちが俺には分からないわけだ。よくもまあ魔獣だなんてそんなヤバいクリーチャーの肉を食う気になったよね、という話である。

 ……という俺が魔獣喰らいなのはどうしてなんでしょうね。


「悪いけど、俺も分かんねェんですわ。何しろ、俺の覚えている範囲では、俺はずっと魔獣の能力を使えてますからね。……といってもループとかにすぐ気付ける『歪曲耐性』と刀の具現化だけですが」


 どうやら習得できる魔獣の能力にも個人差があるらしく、俺は時空歪曲なんて技は使えない。刀で視界ごとぶった斬る能力は、もしかすると時空歪曲の空間操作要素に起因しているのかもしれないが、結局今のところ分からずじまいだ。そもそも刀の具現化自体、本当に魔獣由来の能力なのかさえ分からない。まぁ、そう思うほかないのだが。


「待てや。するとお前、生まれついての魔獣喰らいだってのか?」


 道途が会話に入った。……対魔警察的には、レアものである魔獣喰らいを管理下に置いておきたいのだろう。で、仕事熱心な道途は会話に食らいつこうと一生懸命なわけだ。知らんけど。


「おい聞いてんのか!」

 道途が俺の肩を揺さぶってきた。道途くんてば我慢できないタイプか?


「聞いてますぅ〜。でも俺だって分かんないんですぅ〜」

「あぁ!? ガキの頃の記憶がねぇって言いてぇのか!?」

「正解」

「マジでかよ!!?」

「マジでだよ。やっぱすごいやアンタ」


 リズミカルに拍手した。そう、俺は高校生の時にそれ以前の記憶を失ったのだ。そして、その時点ですでに俺は魔獣喰らいだったのだ。


「ふむ。となると風見鶏さんは、自分がどんな魔獣を喰らったかさえ分からないわけですね」

「ま、そうなりますね」


 そういう他ないので速攻で答える。道途があれこれ横から言ってくる前にさっさと話を済ませたいところだ。


「というかですよ高野目さん。これ以上言えることないんで帰ってもいいですか? 報奨金ももらえるか分かんなくなっちゃったわけですし」


 というわけで即座に提案した。何事も思い立ったら吉日であると俺は思っているのだ。


「そうですね。それでもいいでしょう」

 高野目さんは案外すんなりと提案に応じてくれた。

「高野目さん! コイツをこのまま帰すんですか!?」

 当然なのかもだが、道途はそれに反対なようだ。何でもかんでも高野目さんに服従というわけではないらしい。自主性があっていいことだと思う。


「魔獣喰らいはレアだけどね、現状罰則規定もなければ捕縛対象でもないからね。まぁ事例が少な過ぎてその辺りのルールが作られてないだけなんだけどさ。……ていううか、それぐらい道途くんはバッチリ分かってるはずだろう?」

 口を尖らせながら高野目さんが言った。ちょくちょく可愛らしい挙動をする人だ。俺が思春期だったら惚れていたかもしれない。


「分かります。しかし……この男の能力はかなり危険かと思われます。本当に帰していいんですか?」

「道途くんがそこまで言うとは。……うーん、その辺は私がなんとかするから帰しちゃおう」


 なんか分からんがとりあえず帰れそうだ。……といっても高野目さんがなんかするらしいので下手なことは出来なさそうだ。いや別に下手なことしないからいいんだけど。


「監視とかされるんすか俺?」

「そんなビビらなくていいよ。君が魔獣の力を使った時、私が感知できるとかそんな程度だからさ」

「どうやるのか知りませんけど、それ監視じゃないすか」

はプライベートでも魔獣の力を使うのかい?」

「使ってないと思いますがね……」


 ――二人称が変わったからなのか、高野目さんの距離が俺に近づいた気がした。

 ……そもそも信用していいのか? 情報が足りない。言い方から鑑みるに高野目さんの能力で俺を感知するようだが……。

 ――仕方ない、手札を使うか。


「じゃあこれを使いましょう。これでさっきの感知をしてくださいよ」


 俺がバックパックから取り出したのは方位磁針……に限りなく近いアイテムだ。素材はアンノウン・マグネット。弾丸やマントなどに加工する前のアンノウン・マグネットは、一つだけノイズを染み込ませることができる。その場合はそのノイズにのみ反応を示すようになる。その法則を利用して作ったのがこの方位磁針だ。

 ……まぁ染み込ませる技術はかなり高等技術なため俺はやらない。というかできない。できるやつなど俺は一人しか知らない。それぐらいの難易度というわけだ。


「これには俺のノイズを染み込ませてあるんすよ。で、俺が魔獣の力を使ったら反応するはずですよ。……ほい」

 刀を出現させる。するとノイズ磁針は俺の方を示した。……刀を消すと、磁針にかかっていた強い力もまた消え、ややゆらゆら揺れてから動きを止めた。


「というわけで、これを高野目さんに渡しておきます。監視するならこっちでお願いしますね」

 そう言って俺はノイズ磁針を高野目さんに手渡した。


「分かりました。風見鶏さん。ご協力、感謝しますね」

 それで俺は車から降りることを許可された。

「じゃ、俺はこれで」

 手をひらひらと振りながら挨拶した。

「フン、妙なことしたら筒抜けだからなッ」

「やんねーよバーカ」

「 アァンッッ!!? 」

 ついでに道途くんと心温まるコミュニケーションをとることもできた。やったね、これで仲良しだ。誰がなるかバーカ。


 ……などと言っている間に対ノイズ用のゴテゴテしたチョバムアーマーを身に付けた人々――煉獄部隊が何かを担いで歩いて行った。俺には何を担いでいるのか分らなかったが、それは理解できないのではなく、それだけが見えなかったということだ。


 ……そう、さっき叩っ斬った魔獣だ。……あの分だとそのまま〈煉獄〉に送られるのだろうが、まぁそれは俺の管轄外だ。頼まれでもしない限り、自分から行くことはないだろう。何故そう思ったのかは、思い出せないのだが。


「そういう感情は覚えてるんだよな」

 なんとなくつぶやく。――とにかく、この行き場のない感情を外に出しておきたかったのだ。


 などと物思いに耽りながら藍染氏に声をかけようとしたのだが、


「ちょっとそこなお兄さん」


 謎の黒髪ロングなレディに話しかけられた。帽子を深めに被ったそやつは、俺のパーソナルエリアに軽々入ってくる大胆さを持っていた。見た感じ、年齢は二十代――後半ならば俺と大体同じぐらいだ。


「……なんすか」

 俺の感情を分かりやすくお伝えすべく、面倒くさそうな表情を浮かべて面倒くさそうな声色で返事をした。この感情は嘘偽りのない完全なるトゥルーハートである。だというのにレディはさらに顔を近づけてきた。それこそ鼻息がかかる距離だ。


「ちょっとお話を聞かせてくださいな。……あ、私こういう者です」

 などと言って女は名刺を渡してきた。それによるとこやつは近代寺きんだいじという名で、職業は探偵とのことだった。


「探偵さんが何の用で」

「あっ、その言い回し犯人っぽい〜」

「なんだこいつ」

 なんだこいつ。ついに感情より早く口に出してしまった。何という脊髄反射なのだろう。


「いやいや冗談ですよ、冗談。あなたを疑ってのことではありませんって」

「……コンテナ倉庫の件?」

「そうですそうです! いやぁ話が早くて助かります〜」


 俺の右手を両手でぶんぶん揺さぶりながら近代寺はニコニコと笑みを浮かべた。俺の都合とかはお構いなしのようだ。


「それなら対魔警察に聞くのが早いと思うよ。それじゃ」

「それじゃ、じゃないですよ!」


 帰ろうとして背中を向けたところ、ぐいっと俺の肩を掴んできた。近代寺、中々に力がある。


「じゃないとか言われてもね、俺は忙しいの」

「対魔警察が教えてくれるとでも!?」

「思ってないのなら尚更だろ。俺はそこまで口軽くないからね。あんまり魔獣案件には首突っ込まない方がいいよ」


 言いたいことを連射して、俺はそそくさと立ち去ろうとしたのだが……それでも尚、近代寺は食い下がってきた。なんというガッツだ。


「あのな、その意気込みは買っとくけど無理なもんは無理なの。探偵さんだってわかるでしょそれぐらい。対魔警察が教えないことを俺が教えられるわけないじゃんよ」

「むむむ」

 さすがに反論できなかったのか、近代寺はうなり始めた。この隙に帰ろうと思います。


「……じゃあ仕方ない。風見鶏さん、あなたに別の質問をします」

「別の?」

「森久保さんからもらった金塊、どうするつもりなんです?」

「――――」


 教えてもないことをこの女、一体どこで。

 得体の知れない眼光を、目の前の女から感じた。


「金塊、受け取ってましたよね。あれだけあれば? だというのにあなたはまだ魔獣狩りを続けるんですか」

「貯金だよ。あれで税金とか払えんだろ。だから他の仕事の報酬は気兼ねなく趣味に使えるってわけだ。これでいいか?」


 間違いなく本心だ。あの金塊を現金に換算するとサラリーマンの生涯収入に匹敵するだろう。なんで俺にそこまでの金を渡したのかは分からないが、金持ちの考えることなんぞ俺の知ったことではない。ありがたく受け取っておくだけだ。


「そうですか。意外と堅実なんですねェ」

「だがケチではねェよ。使う時は使うさ。ただ余裕がほしいだけってな」

「ですが金塊をわざわざ報酬にした理由、そこについては色々と考えてみてもいいんじゃないですか?」

「どうでもいいよ、そんなこと。俺の主観で判断つかないことは、この世の神秘として視界の隅にでも積んでおくよ」


 なんだか説教くさいことを近代寺が言い始めたので話を切り上げることにした。説教をするなとは言わないが、俺の中で既に結論が出ていることに対してアレコレ言われるのはごめん被るということだ。


「風見鶏さんのスタンスは大変よく分かりました。そこで提案なんですけど、私を雇いませんか?」

 噴き出しそうになった。飲料水の類を今飲んでいなくて良かったと心の底から思った。心の中の俺はそのように叫んでいた。


「なんでこの流れであんたを雇う話になるんだ……」

「えー、ほら、アレですよアレ。念のため森久保さんの身辺調査をしてくれー、的な」

「なんでだよ。どうでもいいって言っただろそれは」

「いいじゃないですか〜、いっぱいお金もらったんだしちょっと私の家計を助けるためと思って依頼してくださいって〜」

「あの貯金はアンタ用のじゃない。帰れ帰れ」


 シッシッと手で近代寺を追い払うが、この女マジで食い下がる。なんなんだほんと。


「私のリサーチ力ナメない方がいいですよー? 現に風見鶏さんの金塊受領に関しても既に知っているわけなんですから」

「犯罪やったみたいに言うんじゃねーよ」

「別に法を犯したわけではないのは分かってますよ〜。……ただ、それはそれとして、この情報を私は既に入手しています。その上で、そんなことどうでもいいとおっしゃる風見鶏さんにわざわざ伝えにきたわけです。ことの重大さ、ご理解いただけましたか?」

「森久保さんがなんか怪しげなことやってるって言いたいのか?」

「ま、そうなりますねー」


 近代寺はおもむろに上着のポケットから小さな箱を取り出した。マッチ箱だった。箱には〈スナック近代寺〉と書かれていた。


「実家、スナックやってんの?」

「それは合ってますけど間違えました。こっちです、こっち」


 言いながら箱の中身をチラ見しつつ、近代寺は逆側のポケットから小さな箱を取り出した。それはやはりマッチ箱で、箱には〈スナック近代寺〉と書かれていた。同じような出来事が連続したが、別に時空歪曲は発生していない。


「天丼ネタ好きなの?」

「そうじゃないです!! 同じ箱ですけどこっちの中身はマッチじゃないんです!!!」

「つーか箱変えれば? ややこしいでしょ」

「ポッケにたまたま空箱が入ってたんです!」

 近代寺さんズボラなのかも知れないなァと思った。


「ま、いいや。そんでその箱の中には何があるんすか?」

「マッチですね」

「結局マッチじゃねーか! おちょくってんのか俺を!?」

 思わず大声を出してしまった。恥ずかしい。


「まぁまぁ落ち着いてくださいよ風見鶏さん。こっちのマッチはちょっち毛色が違うんです」

 などと言いながら近代寺はマッチを取り出した。マッチには違いないが、全体が真っ黒だ。一瞬燃えカスかと思ったほどである。


「なにそれ、ちゃんと燃えんの?」

「燃えますよ〜、まぁ見ててくださいな」

 近代寺はダークなマッチを箱の側面で擦って火をつけた。すると――


「おいこれ、煙がノイズじゃねーか」

「そうです。これ私の家系が代々受け継いでいる〈魔ッチ〉作成……あ、今の魔ッチはマッチじゃなくて魔法の魔の方の魔ッチでして」

「口頭だと分かりづれェ……」


 結局近代寺はメモ帳を取り出してそこに〈魔ッチ〉と書いた。二度手間である。


「で、その魔ッチって何よ」

「あ、はい。魔ッチってのはですね、アンノウン・マグネットを素材にしたマッチなんですけど、」

「やっぱまだややこしいからノイズマッチとかにしてくんない? 今だけでいいから」

「ちぇっ、じゃあ今だけノイズマッチでいいですよーだ。……で、そのノイズマッチは点火すると火ではなくノイズを発します」

「まぁそうなんだな」


 そこはまぁわかる。だがアンノウン・マグネット自体はノイズに反応するだけでノイズを発生させたりはしない。だから言いたいことが分かっても、現状がよく分からないのだった。


「で、これ木の部分は不明物質を練り込んであります。結果として燃え出した火が不明物質と化合してノイズとなるんです。それをアンノウン・マグネットで上手いこと形を調整しているわけです」

「なるほど――んー?」


 内容は理解できた。要はマッチを作る過程で不明物質化させたので、着火させると火ではなくノイズが出るようになります……ということのようだ。理由はよく分からないが、加工品は不明物質の影響を受けても魔獣ほど正体不明になるわけではない。比較的状態を人の手でコントロールしやすいのだ。ただし、あくまでも比較的に……である。ノイズ磁針と同じように、その技術はそう簡単に模倣できるものではない。その点で近代寺家の努力が見て取れる。

 ただ、謎の点が一つあった。


「なんで今その話をした?」

 これだけがよく分からなかった。今回の説明、不明物質の加工技術、つまりノイズマッチのことしか話に出てこなかった。そう、森久保氏と何一つ関係がなかったのである。

 ——という俺の心情を読み取ったのか、近代寺はニヤリと鋭い笑みを浮かべた。率直に言うとムカついた。


「ふっふっふ。そうです。今のはあくまでノイズマッチの説明です。ただの機能紹介だったのです」

「営業は他でやれや。帰るぞいいかげん」

「まぁまぁ、この前置きは必要なんですよ。実はこのノイズマッチ、素材となる不明物質を紅蓮さんから購入していたんです。さっき魔獣にやられちゃったみたいですが」

「ほぅ」


 紅蓮氏の名前が出てきたことで、段々と話が繋がってきた。紅蓮氏は先鋭列車のオーナーでもあるため、陸路における運搬及び取引は彼が主導することが多いのだ。


「で、ちょっと訳あって紅蓮さんの取引相手を調べることがあったんですが、その際に紅蓮さんが不明物質を購入している相手が判明したんですよ」

「それが森久保さんだったと」

 俺の問いに近代寺はうなずいた。


「……これは私の推測ですが、森久保さんは実のところ不明物質を転売しているのではないでしょうか」

「言いたいことはわかるが……」


 俺や他のハンターから買い取った魔獣を利用して不明物質を採取、そしてそれを売り捌く――。ロジックは分かるのだが、どうにも腑に落ちない。森久保氏は市場での価格より明らかに高い額で俺から魔獣を買い取った。それを更に売るとなると、市場より高額で売りつけなければ利益にならない。……そこまで手間をかけるほどうまい話だとは思えないのだが。


「ええ。森久保さんがあなた方ハンターから、魔獣を高額で買い取っていることは調査済みです。確かにこれでは、転売していた場合……利益獲得目的なら非効率が過ぎます。ただし、転売による利益獲得のみが目的ならば――に限った話です」

「じゃあなんだ、森久保さんは転売以外にもあれこれやってるってことか?」

「あくまでも推測ですけれどね」


 近代寺が段々と探偵に見えてきた。というか探偵だったそういえば。忘れかけていたぜ。


「で、そのなんだ、森久保さんが何やってんのかは見当ついてんのか?」

「いえ、さすがにそれを断言することはできません。推理するための判断材料が不足していますから」

「ただその言い方はつまり……多少のシミュレーションはできるってことか」

「まぁ、そうなりますね。ふふふ」

 得意顔で近代寺が言った。


「仕事相手に変な疑いもったままなのも寝覚めが悪い。そのシミュレートしたやつ、聞かせてくんねえか」

「それはできません。何故って、断言できないことで風見鶏さんの寝覚めを良くすることは出来ませんからね。安心感を得たところで、それが真実である確証がないのなら……それは安心の礎とはなり得ませんから」

「……うまく乗せやがったな探偵」


 近代寺の話にホイホイ流されるのは癪だが、それはそれとして仕事が二つほどパーになったわけなので。ちょっとくらい付き合ってやるかという気持ちになったのだった。


「ええ。私分かりますもん。……風見鶏さんが何を欲しているのかを」

「……何?」

「あなたは道を求めています。果てなき荒野を歩くための道を」

「――――」


 妙なことを近代寺がほざく。どうしてか、怒りに似た正体不明の感情が湧き上がる。どうしたんだ俺は、何を苛立っている? これではまるで、


「図星でしたか?」

 図星のようである。



「……お前」

 知らず知らずのうちに、握り拳を作っていた。殴る予定はない。ただただ、緊張が走っただけである。


「いえ、失礼しました。これは推理です。といっても類推の域を出ません。貴方の発言から連想させただけなのですから」

「お前は俺をどうしたいんだ? お前は、お前は俺に何をさせたい? ……いや違うな、こうか? お前は、俺を壊したいのか?」


 直感で問い質した。俺自身、この文脈での『壊す』の意味を量りかねている。だが、俺の中において……この表現がピタリとはまったのだ。


「壊すつもりはありません。ずけずけと失礼しました」

 今更、近代寺は軽く頭を下げた。笑ってないあたり、冗談というわけではなさそうだが……俺は未だにこの女の人となりを掴みきれていなかった。もしかすると近代寺は、俺にとっては魔獣より不明な存在なのかもしれなかった。


「とにかくです。まずは風見鶏さんに協力をしていただきたいんですよ。で、」

「それには俺がアンタを雇うのが手っ取り早いってわけか」

「その通りです! いやぁ、風見鶏さんってば素晴らしい想像力ですね!」

「なんだっていいよもう。けどそんなに報酬は弾まねェからな」

「ええ、ええ。構いませんとも。あとこれマジに風見鶏さんの寝覚めにも関わるのできっとウィンウィンですよ!」


 近代寺のあまりの押しの強さに「はいはい」と投げやりな返事をしてしまうほどに、俺は受け身になっていた。それでいいのかどうかなど分からない。だが常に能動的に動いていると疲れてくるのもまた事実。実際、夢でも現でも、俺は当てもなく道を歩いているに過ぎないのだから。

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