第3話「トゲとノイズと」

 コンテナ倉庫の中で、魔獣による殺人が発生してしまった。殺害されたのは紅蓮という名の男で、この地方では有数の商人であった。


 紅蓮氏は、国中を結ぶ重要な移動手段である電動鉄道レールガン、〈先鋭列車〉のオーナーでもある。つまりは交通面においても避けては通れぬビッグネームだった。

 ——そんな紅蓮氏が殺された。コンテナ倉庫内で待ち受けていた魔獣によって。もしかしなくても大事件になることは必至である。


「……藍染さん。警察には?」

 俺は藍染氏に訊ねた。しかし彼は冬場だというのにだらだらと冷や汗を垂らしながら狼狽していた。友人の紅蓮氏が死んだのだから何もおかしな反応ではないが、それでもひとまず落ち着いてほしいと俺は思った。そのため藍染氏の肩を揺さぶった。


「藍染さん。一旦落ち着いてくれ」

「――あ、ああ。すまない……えぇと」

「警察への連絡だ」

「も、もうした。君がくるほんの少し前……三分ほど前だ」

「紅蓮さんの死に気付いてからどれぐらい経った?」

「それは五分ほど前だ。……ああでも、約五分だ、実際は四分だったかもしれない、あぁいや、三分ほど前だったかも……」


 藍染氏は激しく動揺しているようで、発言がしっちゃかめっちゃかだ。変な反応ではないのだが、それはそれとして冷静さを欠きすぎている。もう少しだけでいいのでリラックスしてもらいたい。

 ……などと思ってはみたが、俺が藍染氏の立場だったらどうなっていただろう。同じだったかもしれない。同じように気が動転して、目の焦点が合わなくなっていたかもしれない。そのような経験がないため分からないのだが、分からないが故に、自分も同じかもしれないと……藍染氏を理解することにしたのだ。


「まあいいや。……藍染さん、これは普通の警察じゃダメそうだ。というか電話でそんなこと言われなかったか?」

 俺の言葉に藍染氏は首肯した。普段の冷静さを、やや取り戻したようだ。


「……ああ、言われたよ。だから魔獣専門職員がここに来るとか……」

「ま、そうなるわな。……だが、」


 だが、それでもどうなるかはわからないな。そう思った。開け放たれた倉庫の扉。姿を見せない魔獣。紅蓮氏にのみ殺到したノイズ。この条件下において、〈対魔警察〉が役に立つかどうか――


「だが、なんだ?」

 背後から男の声がした。知らない声だが、流れ的にまず間違いなく対魔警察だろう。


 そう思いながら振り返ると、そこにはスーツを着たがっしりとした体格の男が立っていた。きちりとセットされたオールバックの黒い短髪がハードな印象を俺に抱かせた。そして、細縁の黒眼鏡が鋭く光るのを見て、俺は男に槍のような印象をも抱いた。まぁそのなんだ。とにかくとんがったやつだなと思ったのだ。


「あなたは……?」

 藍染氏が男に質問したが、

「 お前には聞いていない……ッ 」

 男は、鬼のような形相で藍染氏を睨み、咆哮めいた声量で叫んだ。それで藍染氏は竦んでしまい、ガタガタと震え始めてしまった。かわいそうに。


「ああ、その何? あんた対魔警察さん?」

 とりあえずこちらからクールに訊ねることにした。一旦クールダウンしてほしかったからだ。


「 そんなことはどうでもいいッ! 俺の質問に答えろ……ッ 」

 強引なやつだなぁ、ふざけたやつだなぁと思ったがここはグッと堪えることにした。怒りに怒りをぶつけても虚しいだけだ。応対の仕方は他にもあるということだ。


「まあ質問には答えるさ。だがその前にあんたの名前ぐらい教えてくれよ。流石に身分も明かしてくれない謎マンにそうベラベラと話すわけにゃいかねェ」

 俺がそう答えると、推定対魔警察の男は「チッ」などと舌打ちをしつつ答えた。


「……芸都警察署、不明物質対策課の道途だ」

 手帳を見せながら男――道途は答えた。

 巡査長と書かれており、なおかつ私服――といってもスーツだが――なため、この道途という男はいわゆる刑事なのだろう。ちなみに対魔警察というのは通称である。不明物質対策課って一々呼ぶのが俺たちにとっては面倒なのだ。


「とりあえずアンタがマジに対魔警察っつーことはわかった。舌打ちは気に入らんけど」

「それは悪かった。さっき、ちと腹立つことがあって苛立ってたんだ」

 青筋を立てながら道途が言った。……これは推測なのだが、この男はそもそも常にキレているのでは? ……などと思ったが口には出さず本題に移ることにした。


「道途さんと言ったか。アンタがさっき俺に投げた問いなんだが、」

「そう、それだ。魔獣絡みの事件っつーことで俺が呼ばれたんだが、その俺が役に立たんと言いたいのか?」

 やはり青筋を立てながら、道途は俺に訊ねた。どんだけイラついてんだこの人は。


 ……いやむしろ、こんだけキレてんなら多少のイレギュラーでビビったりしないかもだ。なんなら逆にほどよくクールダウンできるんじゃなかろうか。今そのように思った。


「いや、アンタのそのキレっぷりなら大丈夫かもだ。……ただな。俺の見立てだとな、単純な魔獣案件じゃねェんだわこれ」

「何がどう大丈夫なのかは聞かないでおいてやるが、お前の言いたいことは理解した。……確かに、ここは静かすぎるな」

 周囲をひととおり見回しつつ、道途が言った。


 ……そう、ここは明らかに静かすぎる。そして被害が少なすぎる。魔獣による襲撃があった際、今回のように、紅蓮氏にのみノイズが集中するという状況はないのだ。ここに来るまでの道のりにも、足跡めいたノイズが発生するためである。ゆえに、現状から考えられる事態はおおよそ限られていた。


「そうだ、静かすぎる。そんでもってノイズが一箇所に集中している。……道途さんよ、アンタはこれ、どう思う」

 俺は紅蓮氏に視線を送りながら問いを投げた。道途は地面を見ながら、

「そもそもいないんだろうよ、ここにはな」

 と、俺とは違う考えを述べた。


「なるほど、じゃあアンタは紅蓮氏が魔獣に襲われたのは別の場所だって言いたいわけか」

 道途に再度質問する。これは勘だが、この刑事はなんらかの情報をすでに掴んでいる。断言が早すぎたためだ。


「……それについては俺が調べる。ハンターの出番はまだだから、装備を整えるなりその辺をぶらついているなりしていてくれ」

 こちらに背を向けて道途は答えた。


 ……刑事さんにそう言われてしまうと、こちらとしては困ってしまう。というかすでに魔獣ハンターであると看破されてしまった。待機指示が下されてしまったので帰れない。


 ……魔獣ハンターは一応国家資格なこともあってか、警察さんと協力して魔獣を討伐したり捕獲したりすることもある。そして、今回のように偶然魔獣案件に出くわした場合も基本的に協力する取り決めとなっている。どちらのケースもそこそこの額の報奨金が出るので悪くはないのだが、こっちの好きな戦法が取れるかどうかはその時のメンツにもよるので、斥候を雇って情報収集しつつ戦闘は一人でやりたいタイプの俺は、正直あまり好きな仕事とは思わなかった。


「荷物運びだけだと思ったら、どえらいことになっちまったぜ。アンタはそう思わないか?」

 俺は倒れ伏す紅蓮氏に問いかけた。当然だが返事はなかった。


「なあ道途さんよ。紅蓮さんこのまんまなわけ?」

 コンテナ倉庫の外で藍染氏が不安げに眺めていたことに気づいたので、道途に聞いてみた。


「現場検証が必要になったからな。もうじき鑑識やら〈煉獄部隊〉やらが来る。それまでそのままだ」


 ……煉獄部隊。そいつらは魔獣関連案件の事後処理に特化した部隊なのだが、どうも今回お呼びがかかっているらしい。道途の方針とは食い違うように感じられる。


「いないと判断しつつも、か」

「俺の判断と上の判断は違うということだ」


 道途はここ数分ずっと、紅蓮氏とコンテナとの間を見回している。倉庫に立ち並ぶコンテナたちから五メートルほど離れた位置で紅蓮氏は倒れている。コンテナが開いた痕跡すらない。……実のところ、俺は似た状況に遭遇したことがあった。


「道途さん、俺はやっぱ……魔獣はここにいると思うんだ」

 コンテナの影に、魔獣はいなかった。ノイズもなかった。そんな中でただ一つ、ノイズが密集するのは――


「……そうか。じゃあつまり、お前も俺の推測が間違っていると言いたいわけか」

 道途は顔の血管を引きつらせながらこちらに向き直った。仕事の邪魔をするつもりか――という感情だけではなさそうだが、何故かはわからない。


「 ハンター、倉庫から出ろ。……俺の仮説を証明してやるッ 」

 殺気を放ちながら道途が口を開いた。


「鑑識が来るまでにやっちゃっていいのか?」

「 構わんさ――上なんぞ関係あるか。俺はお前が出ていくのを待っていただけなんだからなァ……! 」


 何を訳のわからんことを……と思っていたのだが、一瞬だけ大気が震えたことでおおよその意味を悟った。——こいつ、俺を疑ってんのか。


「……お前。取り繕う気すらないってワケ」

「 ハンター、お前は知っているか? 失うことの虚しさを……怒りをッ 」

 道途からピリピリとしたオーラめいたものが迸るのが見えた。――これは


「――道途、アンタ」

 言いかけた瞬間、視界の紅蓮氏が微かに動くのが見えた。――いや、それは紅蓮氏ではない、それは

「〈〉」


 紅蓮氏の体から大量の棘が発生し、それはあたかも槍の如く辺り一面に射出された。

 ――時空歪曲。そもそも紅蓮氏からは発生の予兆が見えなかった。……となると、

「〈     〉」


 「――道途、アンタ」

 言いかけた瞬間、視界の紅蓮氏が微かに動くのが見えた。

「――!」

 時空歪曲によるループを確認した俺は、すぐさま対魔獣粒子を散布した。


〝魔獣そのものは意味不明で正体不明だが、その要素に関してはお前のよく知っているパーツだったりもする。そいつの前脚とかそうだろ。なんでクッションなのかはわからんがな〟


〝……とにかくだ。魔獣を構成するパーツから正体がわかるパーツだけ取り出してそれを粉々にする。そうして出来た粒子は『魔獣の正体不明性』を相殺し得る概念的なバリアになるわけだ。正体不明の攻撃に、正体丸見えが素材のバリア粒子をぶつける――要はプラマイゼロにするっつーこった〟


 散弾めいたノイズの棘を凌ぎきる。棘が炸裂した壁やコンテナはノイズ塗れの鉄くずと化していた。中身は最早判別不能。なんなら中の荷物が魔獣化してないか? なんでだ? 動物だったのか?


「 ハンター! その男を始末しろ! 」

 道途の叫び声が聞こえた。どうやら無事だったようだ。


「分かってる! やっぱ魔獣のヤロウ、紅蓮さんに取り憑いてやがった!」


 予測していた事態を口にする。現場に来た時点で、このパターンを想定していたのだ。ある程度活動し続けた魔獣は、時空歪曲の制御だけでなく憑依なども行えるようになる。その間、そいつはノイズを発生させることもなく人間社会に溶け込むことだってできる。

 ……だが、憑依した対象の記憶を読むことはできないとされていた。……しかし状況から鑑みるに、この魔獣は紅蓮氏に成り代わっていたのではないのか? これは――道途の言っていた魔獣がここにはいないという言葉の真意は――


「〈〉」

「〈     〉」


 時空歪曲のぶつかり合いを感じた。恐らく道途が相殺してくれているのだ。


「考えてる場合じゃねェ」

 それよりもまずは魔獣討伐に専念せねば。――アンノウン・マグネット弾を撃ち込みたいところだが、推測通りコンテナ内から魔獣がウヨウヨ出てきた。この状態では上手く弾道を誘導できない。そこら中に磁石が発生した様なものなのだ。どれに引き寄せられるか現段階では判断できない。


 そもそも、発生したての魔獣ならともかく、紅蓮氏に憑依していた魔獣は変化前の肉体をほとんど有していないだろう。実弾が有効なのは変化したばかりの魔獣のみ。周囲の魔獣には効くだろうが、憑依していたヤツは正体不明濃度を高めているため、そもそも弾が当たらない。


 俺がハンター業以外の仕事を請け負っている最大の理由がそこにあった。……成熟した魔獣を相手取りたくないのだ。確実にリスクが高まるために、倒す方法が限られてくるわけだ。具体的には、先ほどのバリア粒子を弾や打撃武器に塗布しての攻撃だ。だがこれはコストパフォーマンスが悪い。確かに、この方法による攻撃ならば触れた部分の魔獣の肉体を消失させることができる。これで魔獣の心臓部分を相殺できればその時点でほぼ勝利と言っていい。しかし、相殺するたびに、当然だが塗布したバリア粒子も相殺される。ゆえにものすごく効率が悪い。あとバリア粒子は高価だ。ストックもそこまで持っていない。それなら何でも屋の肩書きでチマチマ稼ぐ方が性に合っている……というわけだ。


 ……そもそも、バリア粒子はさっき使いきった。ここまでの高速広範囲攻撃は非常に稀なケースなのだ。普段なら外套に塗って一時凌ぎにする程度の家計事情だったというのに、ふざけてやがる。何度も言うが、バリア粒子はクソ高いのだ!


 ――ゆえに、奥の手を使う他なかった。


 まずは露払い目的でアンノウン・マグネット弾を乱射する。これも決して安くはないので苦渋の決断だったが、ばら撒いておけば不用意に近づいてきた魔獣は撃ち殺せる。


「 テメエ! 俺を殺す気かッ! 」

 道途の怒号が聞こえたが、まぁあいつは大丈夫だろう。すでにそういう確信があったのだ。あのオーラはそういうものだ。


「――〈  ・  〉――」

 目を細め、眼前の推定・憑依型魔獣だけを目視する。


 紅蓮氏の肉体を覆い尽くすほどのノイズは、次第に一つの形を持ち始める。だがそこに紅蓮氏はもういない。紅蓮氏の肉体はもう魔獣に奪われてしまっている。紅蓮氏を象っていたに過ぎないのだ。……すでにそれは正体不明の何か。紅蓮氏という認識では正体を捉えたという認識にはならないのだ。


 ゆえにこそ、俺は眼前の魔獣を、『成熟した正体不明』と認識した。――正体不明は、基本的に相殺するしかない。

 だが――だが俺には、一つだけ例外を使うことができた。


 使用意志を示したことで、その刀は具現化した。銘は付けていない。この際、〈風見鶏〉にしておこうか――などと毎度思うが、別にそう名付けたりはしない。使うたびに、もうこれ以上は使わないでおこうと強く思うからだ。


 ――このサイズならば、代償は最小限で済む。……諦観にも似た覚悟を以って、刀を鞘から引き抜く。冬の冷ややかな風が俺の肌を擦る。思わず身震いをしそうになるが、耐える。今集中を切らしてはいけない。俺は可能な限り魔獣のみを視界に収める。


「――〈 ・ 〉――」

 まだだ。魔獣は警戒行動を止め、攻撃態勢に入りつつある。だが、まだだ。もう少し、もう少しだ。

「――〈・ 〉――」

「――〈 ・〉――」

 あと、あとほんの少し――ブレなければそれでいい、それで十分だ。

 攻撃動作の寸前、確実に時空歪曲を使用してくるだろう。それは


「〈〉」


「それは読んでんだよ……!」

 時間圧縮のタイミングで、俺はすでに攻撃を開始していた。タイミングさえ合えばいいのだ。要は刃が視界の範囲で魔獣を斬ればそれでいい。時間圧縮はむしろ好機。ロックオンまでの葛藤が短くなるが、それは織り込み済みだ。近ければ近いほどいい。それだけ、敵は俺の視界を埋め尽くす。そうなれば――


「――〈・〉――」


「――〈/〉――」


「――〈〉――」


 俺は視界ごとそいつを斬り落とす。


 音もなく、叫び声さえなく、魔獣は消滅した。……いや実際のところ、他の人間にどう見えているのかは分からない。だが、少なくとも俺の主観から先ほどの魔獣は消滅した。もう俺には、先ほどの魔獣は見えないのだ。それは、少なくとも俺の観測する世界からは消失したということで相違ない。


「やるせなさそうな顔だなハンター」

 道途が落ち着いた声色で俺に話しかけた。……どうやら他の魔獣を倒し尽くしたらしい。


「すごいねアンタ。やっぱ対魔警察は伊達じゃねェや」

 道途が一瞬顔をしかめたのがわかった。気に障ったのだろうか。


「――お前こそ、成熟した正体不明を一撃で倒すとはな」

「俺が斬った魔獣、どこに転がってんの?」

「は? 何を当たり前なことを――いや、いい。そういうことか、わかった」

 道途は俺の言を理解したようだ。つまり、俺と道途は同類なのだろう。


「道途さんよ。アンタが発していたオーラなんだが、」

 言いかけたところで、道途がそのオーラを帯びたのがわかった。そのオーラとは、他ならぬノイズである。不明物質由来の、世界のバグそのもの——


「おいおい道途さん。対魔警察が一般ハンターをやるってのかい?」

 バックステップで距離を取り、出方を伺う。藍染氏は倉庫の外だからすぐさま危ないということはないだろうが、いやしかし困ったな。報奨金もらえんのかね、これ。


「悪いなハンター。お前がマジに一般ハンターだったらこんなことにはならなかったんだが、そうもいかなくなった」

 ……嫌な予感がする。こりゃ時空歪曲が来る。道途のやつ、やはり――


「アンタやっぱ、〈魔獣喰らい〉か……ッ!」

 お前が〈魔獣喰らい〉じゃなけりゃあなァッ!!!

                       」


「〈〉」

 道途が眼前に迫る。俺の斬撃より先に道途の拳が炸裂するのが早いか。こいつの力はついぞ観察する余裕がなかった。クソ、このままオダブツってか? 冗談じゃねェぜ……!


「〈     〉」

「はいそこまで! そのまま距離を取ったままでいましょうね〜」


 新たな時空歪曲。数秒前に戻された様だ。このタイミングで道途が落ち着いたとは思えない。というかなんかこの場にいなかった女の人の声が聞こえた。


「誰スカ。いや、『助かりました』が先でしたね」

 とりあえず礼を言う。社会常識である。

 その直後、道途に視線を移す。道途は若干血の気が引いていた。


「お、どうしたよ。もしかして上司?」

「…………」

 道途の表情的に間違いないと思ったので訊ねた。道途は無言を貫いているがこれは確実にこいつの上司だ。だってなんか目が泳いでいるもの。


「よーし、よく止まりました。でもさ道途くーん、すぐカッとなるのやめろっていつも言ってるでしょ〜」

 俺と道途の間に小柄な女性が歩いてきた。明るい桃色髪の女性だ。コートを肩にかけ、飄々としたステップで俺に近づいてきた。


「私は高野目。道途くんの上司ってわけ、よろしく〜」

 高野目さんはややかがんだ姿勢から俺を見上げて手を振った。俺は俺でとりあえず手を振り返した。完全に相手のペースに飲まれたとも言う。


「あ。それでね。道途くんは後で始末書ね」

「ウッ、やっぱそうなるんすか」

「なるよそりゃ〜。コンテナえらいこっちゃだし倉庫も半壊だしさ〜……んでぇ」


 道途に笑顔を振りまいたノリでそのまま俺へと向き直って、高野目さんはこう言った。

「風見鶏さんは署までご同行願います。あ。任意じゃないからね、今すぐ連れてくから」

「は?」

「逮捕ではないからさ〜。心配すんなって〜」

「そらまあ、ていうか、え? ところで報奨金は?」

「あー、それはわかんないや」

 なんで??

「なんで??」

 あまりの急展開に、俺は思わず心の声をそのまま口にしてしまったのだった。

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