第173話 うれし涙

 森蘭子との話が一通り終わり俺は家の前で彼女を送る。


「今日は話を聞いてくれてありがとう……」


「ああ、俺も話を聞けて良かったよ。それに……」


 それに森蘭子の話から近いうちに神影と再会できる事を知れただけでも俺は収穫だった。


「あ、あのぉ……」


「何だ?」


「乃恵瑠ちゃんの事だけど……」


「ああ、乃恵瑠さんがそういう性格だったって事は凄く驚いたし、正直許せない気持ちもあるけど、俺は仙石学園の生徒会長として輝いていた乃恵瑠さんしか知らないから憎む気持ちにもなれないというのも正直な気持ちだ。それに今回、外国に引っ越すにあたっては前のように変な行動を取らなかった事を考えると乃恵瑠さんなりに昔の事を後悔していたんだろうなとも思っている」


 最後のラインに『天罰』って書いてあったしな……


「ありがとう……」


「ん? 何でお前がお礼を言うんだよ?」


「だって、私が真実を話したせいで乃恵瑠ちゃんが竹中君に本気で嫌われてしまったら……やっぱり私は乃恵瑠ちゃんの事が今も大好きだし……とても矛盾しているとは思うけど……」


「そうだな。めちゃくちゃ矛盾しているよな。お前が言わなかったら俺の中の乃恵瑠さんは憧れの先輩で終わっていたんだからな」


「ゴメン……」


「でもお前の気持ちもよく分かるよ。自分だけが嫌われ者になるのは辛いだろうしな。俺なんてクラス全員から嫌われていたんだからな」


「ほ、ほんとにゴメン!!」


「ハハハ、冗談だよ。いつも誰かにからかわれて振り回されている俺としては、たまには誰かをからかってみたかっただけさ」


「フフ、昔のまんまだね……」


「え? 俺が昔のまま?」


「うん、見た目はアレだけど……中身は私が好きだった明るくて、面白くて、そして優しい竹中君のままだわ」


「そうかなぁ? 今の俺は『瓶底メガネ陰キャオタク』で通っているんだけどなぁ……」


「ハハハ、瓶底メガネは間違い無いけど……でも性格は昔のままだよ」


 うーん、そう言えば森蘭子と話している俺は陽キャの頃の話し方になっていたかもしれないな……


「多分、昔の俺を知っているお前と話をしているから、どこか安心して今日みたいな話し方になっていたのかもしれないな」


「安心してくれているのは、何だか嬉しいなぁ……でも無理に陰キャのフリをしなくてもいいんじゃないかと思うのだけど……何で陰キャのフリをしているの? あれだけお友達がいるのなら別にありのままの竹中君でいいと思うんだけどなぁ……」


「えっ!?」


 何で俺は陰キャのフリをしているか?


 それはイジメが原因で誰も信じられなくなり、人と関わるのが嫌になったから……


 でも今の俺はたくさんの学園の人気者達に囲まれているし、どこからどう見ても陽キャと思われてたって不思議では無い状況だ。


 そしてその状況を嫌だと思っていない俺もいる。

 いつまでもみんなと仲良くしていきたいとまで思っている。


 それじゃぁ、俺は無理をしている訳では無いけど、『無理』をして陰キャオタクでいる必要があるのか?


 まぁ、好きなモノを嫌いになる事は無いからオタク趣味は辞める必要は無いだろうけども……





 森蘭子が帰ってから俺は自分の部屋で何をする訳でも無くベッドに転がり天井を眺めながらボーっとしている。


 そう言えば録画していたアニメを観るつもりだったんだっけ?

 でも今はそんな気になれない。


 ピコンッ


 ん? 誰かからラインだ。


 俺は枕元に置いていたスマホを手に取り画面を開く。


「あ、伊緒奈からだ」


 伊緒奈のラインにはこう書かれている。


『颯君、お疲れ様です。今日、お願いした応援演説の件だけど、是非よろしくお願いします。でも私の応援演説じゃなくても構わないから。内容は何でもいいから。ありのままの颯君、本当の颯君で演説よろしくお願いします』


 伊緒奈も強引に応援演説をお願いしながらも結構、気を遣ってくれているんだな。


 でも伊緒奈の応援演説なのに伊緒奈の応援をしなくていいって意味が分からんぞ?


 ハハハ……ほんと、伊緒奈は良い奴だよなぁ……


 いや、俺の周りにいる人達はキャラは濃いけど本当に良い人ばかりだよな。




 ありのままの俺……本当の俺…………


 …………プツンッ


 何か俺の中で吹っ切れた感じがした。


 ムクッと勢いよく起き上がった俺は思わず大きな声を出してしまう。


「よーしっ!! こうなったら本気を出してみるかーっ!!」


 コンコンコンッ コンコンコンッ


「え? は、はーい?」


 ガチャッ


「お、お兄ちゃん、急に大きな声を出してどうかしたの? 何か変な物でも食べたの!?」


「ハハハ、詩音、驚かせてゴメンよ。別に変な物なんて食べていないし心配しなくても大丈夫だから」


「べ、べ、別にお兄ちゃんの心配なんてしていないんだからね!!」


 俺は笑顔で詩音に近づき頭を撫でる。


「や、止めてよ!? 急に頭を撫でないでよ!? これはセクハラよ!!」(ポッ)


 妹の頭を撫でただけでセクハラとは厳しいことを言う奴だな?


 そんな赤い顔になってまで怒ることでも無いと思うんだけどなぁ……

 兄ちゃんショックだわ~


「ゴメンよ、詩音……兄ちゃんちょっと調子に乗り過ぎたかな?」


 俺はそう言いながら詩音の頭を撫でている手を離そうとした。


 ギュッ


「えっ!?」


 離そうした手を詩音が掴み俺は驚いた。


「だ、誰も撫でちゃダメなんて言ってないでしょ!?」


「でもセクハラだって……」


「妹の頭を撫でたくらいでセクハラな訳ないでしょ!? 何を言っているのよ!? 可愛い妹の頭をもっと撫でてくれてもいいんだからねっ!!」(ポッ)


 こいつは一体、何を言っているんだ?

 まぁ、可愛いから腹なんて立たないんだけどな。


「なぁ、詩音?」


「何? もう頭を撫でるのを止めるつもりじゃないでしょうね?」


「イヤイヤ、そうじゃなくてさぁ……実はお兄ちゃんさぁ……昔のお兄ちゃんに戻ろうかなぁって思っているんだけど、詩音はどう思う……かな?」


「え? ……う……うう……」


 あれ? 返事をしてくれないぞ。


 もしかして何年もの間、陰キャの兄に慣れてしまったから今更、陽キャな兄ちゃんに戻られると困るとかかな?


 ガバッ ギューッ


「え? え? 詩音、急に兄ちゃんに抱きついてどうしたんだよ?」


 俺は嬉しいけどさ……


「嬉しい……私、嬉しいの……」


「う、嬉しい?」


「うん、私、いつかお兄ちゃんが昔の様な明るくてカッコイイお兄ちゃんに戻る事を願っていたから、とっても嬉しいのよぉぉ……う、うわぁぁぁあん!!」


「おいおい、別に泣く程のことじゃないだろう?」


「私にとっては泣く程、嬉しいことなのよぉぉ!! うわぁぁぁあん!!」


 コンコンコンッ


「詩音、どうしたの!? 何でお兄ちゃんの部屋で泣いているの!? お兄ちゃんに泣かされる様な事を言われたの!?」


「うん、そうなの!! お兄ちゃんに泣かされたのよぉぉ!! うわぁぁぁあん!!」


「お、おい、詩音!? 誤解される様な言い方をするんじゃないよ!!」



 数分後、詩音から話を聞いた母さんも詩音と抱き合いながら泣き崩れていた。


 数時間後、帰宅した父さんも詩音や母さんから話を聞かされると、「うんうん」と言いながら俺の肩をポンと叩くと目に涙を浮かべながら慌てて洗面所の方へと行ってしまう。


 俺は家族が流すうれし涙を見て本当に何年もの間、家族に辛い思いをさせて申し訳なかったという反省の気持ちと、それでも今までこんな俺を深い愛情で優しく見守ってくれた事に対して心から感謝し、俺の頬にもうれし涙が流れていた。







―――――――――――――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。

陰キャから陽キャに戻る事を決意した颯

うれし涙を流す家族たち

それを見て颯の目からも涙が……


そしてまもなく颯の応援演説が始まる。

果たしてどんな結末になるのか!?


完結まで残り数話、どうぞ最後まで宜しくお願い致します。

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