第162話 伊緒奈の真の告白

「そうなれば面白いわね?」

「面白がっちゃ悪いわよ」

「でも、実際にそうなるのかしら?」

「やってみる価値はあるんじゃない?」

「だよね。やってみましょう!!」


 静香さん達の会話が気になって仕事が手に付かないでいた俺は春日メイド長に叱られてしまった。


「こら、竹中君!! 何をボーっとしているの? 本多執事長が玄関付近で探していたわよ。早く行きなさい」


「は、はい、すみません!! 直ぐに行きます!!」


 しまったなぁ……せっかく最近、春日メイド長に叱られることが減っていたのに俺としたことが……


 これではダメだ。気合いを入れ直して仕事に集中になければ……



 俺が急いで玄関に向かっていると伊緒奈とバッタリ出くわした。


「あっ、颯君? ちょうど良かったわ」


「え? いや、俺はちょっと急いでいるんだよ。本多執事長が俺を探しているらしくて……」


「ああ、それなら大丈夫よ。私もさっき太久磨さんに会ったんだけど、用事は済んだから大丈夫だと颯君に会ったら伝えて欲しいって言われたのよ」


「え、そうなのかい?」


「フフフ……」


 ん? なんとなくだが伊緒奈の機嫌が良い様な気がするんだが……


「伊緒奈、なんか良いことでもあったのかい?」


「フフ、そうねぇ……颯君と同じ感覚だからかな?」


「え? 俺と同じ感覚だって? ってか、俺自身が今、どんな感覚なのかよく分かっていなんだけど」


「颯君は今回の『合同夏合宿』はどう思う? 感想を聞かせて欲しいのだけど……」


「合同夏合宿の感想? うーん、そうだなぁ……最初に陽菜さん達と合同で合宿をするって聞いた時は不安しか無かったかな。でも日を追うごとにその不安も減っていってというか……意外と魔冬達もメイドの仕事を真面目にやってくれているし……」


「うんうん、それで?」


「そ、それで途中から黒田先生や上杉さん達も合流して更に賑やかになったけど逆に合宿メンバーのバランスが良くなった気がしたんだよなぁ……そして乃恵瑠さん達や詩音まで参加する事になって……こんなに大人数の合宿になった割にはまとまっているというか……」


「うんうん、それで、それで?」


 えっ? 今日の伊緒奈はやけにグイグイ聞いてくるよな?


「俺がこの合宿の光景を見ていて一番嬉しいのは本来、ライバル関係にあるグループ同士の人達が少しずつ打ち解けて他のグループの人と笑顔で話をしていたり、勉強を教えあったりしている姿を見れたことなんだ。まさか、こんなことになるなんて夢にも思わなかったよ」


「フフフ、そうだねぇ……ということで私も颯君と同じ感覚だから機嫌が良く見えるんだと思うよ」


「え? 伊緒奈もこの光景が嬉しいのかい?」


「そりゃぁ、勿論よぉ。誰とでも仲良くできるに越したことないじゃない? それに私は元々、争いは好まないしね。ただ颯君を守る為に……いえ、何でも無いわ……」


 俺を守る為に?


 そう言えば伊緒奈は謎の人物と協力して俺を陽キャに戻そうとしていたんだよな? でも、その動きが俺を守る事になるのか?


 陰キャのままでいいと思っている俺の邪魔をしているだけでは無いのか?


 ただ……


 最近は伊緒奈達の行動がとても温かく感じるし、デートやバイト等、色々な経験もさせてもらっているから、伊緒奈には恥ずかしくて言えないけど感謝の気持ちはあるんだなぁ……


 数か月前まで友達や知り合いですら一人もいなかった俺がこんなにも大勢の人達と関わる様になって……最初は嫌で嫌で仕方がなかったけど、最近は心地よく感じる時もあったり……


 いつの間にか幸せな気分になっている自分がいるんだよなぁ……


「伊緒奈は最初からこうなる事を想定していたのかい?」


「フフフ……想定なんてしていなかったわよ。ただ、期待はしていたけどね。颯君もそうでしょう?」


「い、いや俺はどちらかと言えば期待というよりは願望かな。ただ、その願望がこの合宿で叶いそうな感じがしてきて俺とすれば凄く嬉しいんだよ」


「へぇ、そうなんだねぇ……やっぱり颯君って……」



「お、俺さぁ、ずっと責任を感じていたんだよ」


「え、責任?」


「そう、責任さ。俺みたいな陰キャが何故か急にモテてしまって、そしてそのせいで学園の人気者達を争わせてしまっているっていうのが、とても心苦しかったんだよ。みんな個々に話をすると、とても優しくて良い人ばかりなのに何か申し訳なくてさ……」


「颯君は何も悪く無いよ。気にする必要なんて無いと思うわ」


「で、でもさ……」


「颯君は気付いていないかもしれないけど、実はみんな『竹中颯争奪戦』を楽しんでいるんだよ」


「えっ、そうなのかい? ってことは俺の事が好きな訳では無いってことなのかな?」


「ううん、みんな颯君が好きなのは間違い無いわ。勿論、颯君に告白した人達は当初、自分が彼女になろうと必死だったとは思うけどね」


「それじゃぁ、今は……」


「颯君の彼女になりたいとは皆、思ってはいるだろうけど、『他の目的』を持ち出した人も一人二人と増えてきているんじゃないかなって私は思っているの」


 他の目的? どういう意味だろう?


「いずれにしても誰が颯君と付き合う事になってもみんな恨みっこ無しっていう思いはあるし、潔く諦めてカップルになった二人を応援するはずよ。だってそうしないと大好きな颯君を困らせるのは嫌だもんね? まぁ、それだけみんな颯君の事を大切に思っているんだよ。だから颯君は全然、気にする必要は無いから」


「いや、そこまで思ってもらえると逆に恐縮するというかなんというか……っていうか何で俺みたいなのがみんなに好かれるんだい? お願いだから伊緒奈、教えてくれないか!?」


「教えくれてって言われてもねぇ……今はまだその時期じゃないし……」


 前にも伊緒奈はそんな事を言っていた気がするんだが……


「もしかしたらみんなも伊緒奈と同じで俺に対して好きなフリをしているって事はないかな? 実は俺を『陽キャ』にする為にグルになっているとか? そ、それだったら俺とすれば安心できるんだけどなぁ……」


「同じじゃ無いわよ……」


「うぅぅ……やはり伊緒奈とは同じじゃ無いのかぁ……」


「そ、そうでは無いわ」


「え? どういう事?」


「・・・・・・」


「伊緒奈……?」


「私の方がみんなと同じって事……」


「へっ?」


「わ、私も……私も本当は颯君の事が大好きなの!!自分の気持ちをある理由で押し殺していただけよ!!]


 ハハハ……い、伊緒奈……じょ、冗談きついぞ?


「だ、だから告白した女子達は私を含めて十名全員が颯君の事が心の底から大好きなのよ!!」


 もしかして冗談じゃないのか?


「も、もっと言えば、私は他の誰よりも先に颯君の事を好きになったし、他の誰よりも颯君が好きだっていう自信があるわ!! あーっ、遂に言っちゃったわーっ!! 私、どうしよう!? 恥ずかしい!!」


 マ、マジなのか、伊緒奈!?

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