第163話 雲の上の存在

「い、伊緒奈……」


「颯君、お願い!! 今、私が言った事は忘れてくれない!? それと絶対に口外しないでほしいの!!」


 いや、忘れろと言われても……あまりにも衝撃的な告白だったし……


 それに口外しても、あれだけ俺を好きなのは芝居だって言っていた伊緒奈が本当は俺の事が好きだったと言っても誰も信じてはくれないとは思うけども……


「わ、分かった。誰にも言わないし、俺も今の話は忘れるように努力するから……」


「ありがとう、颯君……そして無理を言ってゴメンね……」




 伊緒奈から衝撃の告白をされて数時間後、花火大会が始まった。


 俺や魔冬達は花火を楽しんでいる人達の近くに立ち、万が一、火事や火傷等が起こらない様に見守っている。


 みんなそれぞれのグループ、もしくは合宿で親しくなった者同士に別れて花火を楽しんでいた。


 パチ パチ パチ


 花火、綺麗だなぁ……


 そう言えば花火をこんな間近で見るのって小学生以来かもしれないな。

 それも家の前で詩音と花火をやった以来かも。


「竹中センパーイ!! 私達と一緒に花火やりませんかぁ?」

「そうよ。お兄ちゃんも一緒にやろうよ?」


 美月と詩音が仲良く花火をしてくれて、尚且つ俺を誘ってくれるのは嬉しいけども……


「二人共、誘ってくれてありがとな? でも俺は仕事中だから花火はできないんだ」


「えーっ!? 別に良いじゃないですかぁ? 竹中先輩、さっきからボーっと花火をしている私達を見ているだけだしぃ」


 美月、お前失礼なことを言うよな? 誰がボーっと見ているだけだよ?

 俺は真面目に仕事をしているだけなのにさ……


「そうよ、お兄ちゃん。美月の言い通りだわ。今日、花火をやらなかったらお兄ちゃんは一生花火をする機会は無いかもしれないんだよぉ!?」


 詩音、お前も我が妹ながら失礼極まりない事を言うよな!?

 魔冬、詩音のどこを見て『お兄ちゃん大好きっ子』って思ったんだ!?


「ご、ゴメン二人共。さすがに仕事をさぼる訳にはいかないし……あっ、向こうの方も見回らないといけないしさ。ってことで二人は俺の分まで花火を楽しんでくれよな」


「あっ、竹中先輩、待ってくださいよぉ!?」

「もう、お兄ちゃんたら……久しぶりに一緒に花火がしたかったのに……」



 はぁ……ようやく二人から離れられたけど、本音を言えば俺だって久しぶりに花火をしたいなぁとは思っているんだ。でも仕事中だから仕方が無いんだよ。


 あれ? 一人で線香花火をしているのは乃恵瑠さんじゃないのか?


 ほんと詩音が言っていたように元気が無い感じがするな。


 よし、俺から声をかけてみようかな……


「の、乃恵瑠さん?」


「え? ああ、颯君……」


「一人で線香花火をされているんですね? そう言えば今回、乃恵瑠さんだけ自分のグループの人達を呼ばれていませんけど構わなかったんですか? 何かお一人で寂しそうですし、元気も無い様な気がするんですが大丈夫ですか?」


「フフフ、心配してくれてありがとう、颯君。でも私は一人でも平気よ。まぁ、平手さんだけでも呼ぼうかなって思ったけど、夏休みの間は受験勉強頑張るって言っていたから邪魔をしてもいけないしね、呼ぶのは止めたのよ」


「そうだったんですか。ただ詩音のやつも昨日の夕方位から乃恵瑠さんが元気が無いって心配していたものですから……」


「あら、詩音ちゃんにも心配させてしまっていたのね? なんか申し訳なかったわねぇ……でも私は御覧の通り、凄く元気だから!!」


 乃恵瑠さんは両腕を上げて元気アピールしていたけど、表情はどことなく暗く思えた。


「颯君はお仕事中だから一緒に花火はできないんだよねぇ?」


「そ、そうなんです。すみません……」


「それじゃさぁ? 私、今から線香花火をもう一度やるから、花火が消えるまで一緒にいてくれないかなぁ?」


「はい、分かりました」


 パチ パチ パチ


「線香花火、とても綺麗ですね?」


「だよねぇ……私、花火の中で線香花火が一番好きなんだぁ……」


「え? 意外ですね? 乃恵瑠さんはロケット花火とかの方が好きなイメージがありますけど」


「ハハハ、どんなイメージなのよぉ? でも、颯君からすれば私は学園内でも目立つ存在だし、まして現生徒会長だしねぇ。ロケット花火の様な派手なイメージがあるんだろうね?」


「す、すみません。別に俺は乃恵瑠さんが派手だとは思っていなくて……どちらかと言えば華やかというか華麗というか……雲の上にいる手の届かない存在というか……」


「フフフ……颯君って本当に『褒め上手』だねぇ?」


「い、いや……そんな褒め上手ってわけでは……俺の本心を言っただけで……」


「ありがとね? 嬉しいわ。でもね、颯君も私からすれば雲の上にいる存在なんだよ。私が初めて好きになった人であり、これからもずっと好きな人……それだけは分かって欲しいなぁ……」


「え? ま、まさか、そんな……ハハハ……」


 いくら昔、助けたからといって、今は陰キャの俺なんかが乃恵瑠さんにとって雲の上の人だなんてあり得るはずが無いじゃないか。


「ああ、その表情……もう、冗談だと思っているんでしょう? でもこれだけは紛れもなく私の本心だから……颯君、お願いだから忘れないで欲しいなぁ……」


「わ、分かりました。覚えておきます……あっ、線香花火消えちゃいましたね?」


「うん、消えちゃったねぇ……悲しいねぇ……」


「線香花火、もう一本やりますか? 俺、取ってきますよ」


「ありがとう、それじゃぁ、もう一本だけ線香花火やろうかな……」


「じゃぁ、急いで取りに行ってきますね!?」


「颯君、夜だし危ないから急がなくてもいいから」


「はい、分かりました!!」


 この時の二人での会話が……

 乃恵瑠さんとの最後の会話になるなんて俺は知る由もなかった。

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