第2話 才能紋
才能紋。この世界には才能を示す紋章が存在する。魔法の才能、武器を扱う才能、身体的才能。この紋は手首に刻まれている。
生まれつきあるその紋が刻まれた腕が利き手と言われている。
子供の頃はそんなの気にも留めなかった。……街に出て現実を知った。
自分の腕には何も刻まれていない。自分の利き手も分からない。そんなの嫌われるに決まってる。だから両手を使えるようにしたというのは内緒だ。
俺はいつものように家に帰る前にリンベルの街の南にある噴水広場にいた。
噴水広場というには広場要素は少ない。
噴水の中央にある女神像は崩れ、八時だというのに人は誰もいない。デートスポットではないらしい。
「俺としては好都合」
腰に刺した剣を抜き、素振りを始める。
前のパーティーではタンクとして使われていたが……
「無理矢理タンクをやらされてたからこれで解放される」
素振りをしながらブツブツと呟きながら時間は過ぎていく。
素振りに筋トレ、この日課は五年も続けている。
「そろそろ帰るか」
「……」
独り言が鮮明に聞こえた気がした。
何だ?
辺りから音が消え、風の音も噴水の水の流れる音も聞こえない。
耳が聞こえなくなったのか?
「あー。……聞こえる」
俺は何かが強く光るのを感じる。
まっ、眩しい。
光る方向を薄目で確認する。
こっ、これは!
噴水の中央にある崩れかけの女神像から神々しい光があたりを照らしている。
『力が欲しいか?』
力強くしっかりとした男の人の声が耳に響いてくる。
「力?一体どういうことだ!」
俺は異様な状況に頭が働いていなかった。
『私の力を君に与えたい』
言っている事が分からないわけではない。でも言葉が出ない。
『深く考えなくて良い。私はここで君の努力を見てきた。君がしたいことも分かっているよ』
俺のしたい事。それは、確かにあった。でも現実を知った今、どうしようも無い。
「俺には才能が無い。ここで努力をしていたのも日課が辞められなかっただけだし」
『そう。だから君に力、君の言い方では才能を与えたい。そして今日、君の新たな人生が始まる』
女神像は俺の今の状況、追放されたことを知ってか知らずか、俺が今欲しい言葉を言った気がした。
「才能……いや、俺に力をくれ!」
女神像と話しているという異様な状況も忘れ、俺は叫ぶ。
『良かろう。だがその前に、言わねばならない事がある』
「言わねばならないこと?」
『力のことだ』
「……分かった。聞かせて欲しい」
何でこんなにも冷静になれたのかは分からない。女神像からは暖かいものを感じるからだろうか。
『私の力は不安定で使い方を間違えれば多くの人を不幸にする。それに力に依存し、努力を怠ってはいけない。そして慢心はもっての外だ。良いな?』
不安定?よく分からない。でも
「分かった。でももう努力が癖になってるかもな」
何の為にこんな奇跡が起こっているのか、俺は勝手に解釈する。
『そうだ。そう言うと思っていたよ』
俺の思いに気付いていたのだろうと思う。
『私の力、「導き」と「召喚」を与えよう。ジグルス、手を伸ばせ』
俺はゆっくりと光に向けて右手を伸ばす。辺りを照らしていた光は俺の掌から身体に入っていく。
『「導き」は悪意と善意を見極める能力。「召喚」は力を使役する能力。使い方は自分で学べ』
何かが身体を侵食する感覚。
光は左手に収束し、消えていく。
俺は眩しさに目を閉じる。
気づくと噴水広場の前で寝ていたようだ。女神像は崩れいた。
「夢だったのか?いや、でも」
身体からは強い力を感じる。たとえ夢だったとしても、俺は次にやるべき事、それを思い出させてくれた事は夢でもありがたい。
俺の左手首には二本の線がクロスしている。
「え? こんなの見た事ない。まさか本当に?」
才能紋なのか?
「考えたって仕方がないか、今は」
故郷の人のような悲しむ人を無くすために俺はこの場所に来たはずだ。
俺は拳に力を入れ、意思を固める。
俺はこの日、追放されたこの日、新たな人生が始まろうとしている。
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