第3話 元貴族の冒険者
その日俺は街の中央にある冒険者会館を訪れていた。
朝方日が出て間もなく、まだ誰も来ていないようだった。
この場所は冒険者登録やギルドの作成手続き、クエスト管理など冒険者なら一度は訪れる事があるところだ。
俺も冒険者登録をしに一度来た事がある。
「新しく冒険者登録したいんですけど」
俺は眼鏡をかけた受付嬢に話しかける。
「でしたらこちらに名前の記入と身分証の提示をお願いします」
名前を記入し、身分証として元いたギルドの印証の入ったライセンスを出す。
「お願いします」
面倒なシステムだが、ギルドごとにこのライセンスは変えなくてはならない。
当然と言えば当然だ。依頼は一度この会館に通しギルドの選択が可能だからだ。もちろん選ばないこともできる。
五分ほど待たされ受付嬢は小さめの板を丁寧に前に出す。
「こちらがライセンスになります。どうぞお確かめください」
「ありがとうございます」
普通は半日程で完成するみたいだが元のライセンスがある人は早いようだ。
「まあ、印証消すだけだからな」
これで初めてあのギルドを正式に抜けたことになる。
ギルドに入る恩恵は大きい。パーティーメンバーの確保や、信頼あるギルドなら良いクエストを受けやすい。
まっさらなライセンスに目を落としため息を吐く。
が、あのギルドを抜けたからか少し体が軽い気がする。
「クエスト探すか」
勝手にそのライセンスを使ってクエストを受けた場合、ライセンスは永久に剥奪される。
それだけ罪が重い。
俺はスキップ混じりの足取りでクエストボードの前に立ち、クエストを吟味する。
「うーん。前のパーティーだったら確かいつもB以上だったけど難易度が分からない……」
俺は小さな声で独り言を呟く。
クエスト難度はFからあり、一番上はAまでの六段階である。
「あなた新入り?」
「はい!」
突然話しかけられて高い声を上げてしまった。
「あ、いいえ、新入りではないです。今年で二年目ですけど」
「二年目は新入り……ではないわね」
彼女は冒険者らしいしっかりとした鎧や小手を身に纏っているが下は赤いスカートで背中まで伸びる長い髪は紅く、ツインにテールしていて美しい。
腰には剣を持ち、冒険者で剣士だろうと推測できる。
彼女も俺と同じでクエストを探しているようだ。
途切れた会話に何か言ったほうがいいのだろうか。
「……いつもどれくらいの難易度のクエストをうけているんですか?」
「私はCがほとんどよ。……というかあなた私より年上よね。冒険者らしくタメ口で構わないわよ」
彼女は若く、まだ17か18といったところだろう。
俺は冒険者の普通を知らないことに今日気付く。
「一人でも出来るクエストはどういうのが良いとかあれば教えていただ……教えて欲しい」
俺は今日から真っ当な冒険者だ。荒くれ者で行くぜ。
「一人?一人だったらEかFが妥当ね。でもFのクエストには気をつけたほうがいいわよ」
「Fのクエストに何かあるのか?」
「そう。Fのクエストは薬草採取だったりで良い報酬が得られる。でも採取する薬草の数が異常だったりするの。誰でも出来るけど人数が必要ね。だから逆に一人だとEのクエストの方が良かったりするわ」
へーと俺は感心する。
「教えてくれてありがとう。俺はジグルス。今日からソロ冒険者だ。よろしく」
「分からないことがあったらまた教えてあげる、ジグルス。私は……サーサラ・ケルトール」
彼女は名前を名乗る時に下を向き、何かを怖がっているようだった。
だが、その理由は俺には分からなかった。
すると彼女は不思議そうにこちらの顔を伺う。
何だ?
「俺の顔に何かついてるか?」
俺はサーサラに尋ねる。
「いいえ、何でもないわ」
「……なら良いけど」
俺はこんな感じで返すが……
「私はもう行くわ。急に話しかけてごめんなさい」
「いや、話しかけられなかったらクエストのこと聞けなかったし、それにサーサラの名前も知れなかった。話しかけてくれてありがとう」
彼女は俺を新人に見えて話しかけてくれたのだろうが正直助かった。とりあえずFのクエストを受けようとしてたからな。
「ふん、何で一年も冒険者やっててこんなことも知らないのって感じよ。まったく」
彼女の頬が少し赤くなったような気がした。
「いやー、まあ、色々ありまして」
俺は頭をかきながら誤魔化す。
「まあいいわ。私は受けるクエスト決めたから行くわ。クエストは慎重に決めなさい」
「おう、ありがとう」
と俺はサーサラに返し、クエスト選びを進める。
えーと、村付近に現れた魔獣ダロールの討伐に川に生息する魔獣ワニラスの移動報告?なんだこの依頼。
他には蜂の巣の駆除などEのクエストは冒険者じゃなくてもいいものまであった。
ダロールとワニラスは魔獣としては低級で、俺ぐらいの冒険者でもなんとかなるレベルの依頼だ。
「これにするか」
俺が手にしたのは村に現れた魔獣ダロール討伐の依頼だった。
ギルドを抜けた開放感は継続していてスキップ混じりの足取りで受付嬢の元に向かう。
「ちょっと待ちなさい。ジグルス」
「え?」
急に腕を掴まれ俺の動きを止めた者はサーサラだった。
「クエスト見せて」
何だろうか。俺は手に持つクエストの紙を見せる。
「何かまずかったか?」
「間違ってたらごめんなさい。なんて言う村か分かって受けようとしてる?」
「え?……何も見てなかった。えーー、オイト村ってどこだ?」
クエスト内容をしっかり確認するとこの街周辺の村ではない。
「心配だったから、少し待ってみて正解だったわ。その村ここから五日はかかるわよ。……新人特有のオーラ凄かったのよね」
「新人特有……一応一年ちゃんと冒険者だったんだけどなぁ。でも心配してくれてたんだな」
「ちょっ、心配なんてしてないわよ。行く前にちょっと休んでたらスキップしてる新人が見えただけよ」
さっき言ってたことと違うが……。
「やっぱり俺ってダメなんだよなー」
俺は「はぁー」と大きくため息と共にうなだれる。
「今回は私のクエストに同行しても良いわよ」
「え?」
俺は当然の反応をする。
「ジグルスがクエストを受けたら冒険者の評判が下がりそうだもの。一人で行かせられないわよ」
「いっ、良いのか?」
俺はサーサラにバカにされていると言えばされているが、……親切な心にあてられ、昨日までのことを忘れているようだった。
「まあ、嫌と言っても一緒に来てもらうから」
なんとも強引だけど自分の不甲斐なさに折れそうな所にそう言われたら何はともあれ嬉しい。
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