第15話 水竜って鮫じゃね
(9月21日です。)
旅も7日目を迎えた。一行も、長い旅で疲れもたまってきたが、この先に、この旅の最大の難所が待ち構えていた。
グレーテル王国を東西に二分するグレート・グレーテル大渓谷である。王都は、大渓谷の東側にあり、ほぼ東エリアの中心に位置している。周辺の貴族領との往来も賑やかで、1日に何便も駅馬車が出ており、王都の文化はすぐに周辺領に広まっている。
しかし、大渓谷の西側は、エクレア辺境伯領とブリンク伯爵領、それに、それぞれの麾下の子爵領、男爵領のみで、王都との往復便も数日に1回あればよい方である。その最たる原因が、この大渓谷である。北の大雪山脈からの雪解け水と、南のマキンロウ山脈に降る熱帯性の豪雨による流れが、低地であるこの辺に流れ込み、地殻変動で大きく割れた大地を削り続けてできた大渓谷である。
この大渓谷を渡るには、200m以上も谷底に向けて降りていかなければならず、九十九(つづら)折になっている馬車道をゆっくり降りて行くことになる。降り切ったところは、幅2キロほどの湿地帯になっていて、馬車は木の板を並べて作られた簡易道路をすすむこととなるのだ。
河の辺(ほとり)にはリザードマンが住むカフェ村があった。リザードマンとは、亜人の中でも唯一の爬虫類系で、水辺での生活に適合している身体を持っていた。主な産業は、水産業と水生動物の飼育それに水生植物の採取である。
今日は、大渓谷を渡る前に、カフェ村で一泊することにした。村の建物は、1階部分は柱のみで、生活スペースはすべて2階である。川が氾濫しても被害を最小限にするための工夫らしい。僕達は村で唯一の旅館に泊まり、明日一番に、筏をオーダーして向こう岸に渡るつもりだった。川には橋はなく、向こう岸に渡るには馬も馬車も、筏に載せて渡らなければならないのだ。
しかし、現在、大渓谷を渡ることはできない状況であった。 『河止め』である。何らかの理由により、渡河が出来なくなっているらしいのだ。宿の主に、河止めの理由を聞いたところ、水竜が発生し、渡河しようとする筏を襲うそうだ。村人達も、自分達の命を懸けてまで渡河するつもりもなく、水竜がいなくなるまで川止めを続けるみたいだ。
河止めにより、旅人の多くが足止めを食っているわけだが、不思議と旅館は空室があった。多くの旅人は、安い民宿に泊まるそうだ。もともと、村人の多くは、釣り宿などを生業としていることもあり、宿泊場所が不足するということはないらしい。
今日はもう遅いので、明日、打開策を検討しようということになり、まあ郷土料理の川魚料理を楽しむことになった。
川海老のシュリンプサラダ
ナマズの刺身とカラス貝の酒蒸し
鯉のソテーの水草ムース掛け
ウナギの白焼きに辛子ソース添え
あと、ゲテモノではないが、
カエルの卵入りクリームあんみつ
が、食後に出された。
料理のほかに、白ワインがあったが、最近シェルさんはアルコールを控えめにしている。警護任務があるから、当然と言えば当然である。
お姫様たちは、奥のスイーツルームに泊まり、僕達はいつものように銀貨1枚のダブルに二人で泊ることにした。最近、シェルさんがぴったりくっついて来るが、全く気にせずに眠ることにしている。
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(9月22日です。)
翌朝、まだ朝霧が晴れ上がる前に起きだし、宿の裏で、『黒の剣』で剣の型の稽古をする。
湿地帯のため、足場が悪く、泥と草の混じった地面は、とても滑りやすい。しかし、足の裏に神経を集中し、つま先だけで体重移動と足さばきをしていると、段々、慣れてきて全く滑ることなく、いつもの剣の型ができるようになった。
最後に、大きく剣を振り上げて、気を込めてから振り下ろした。
ズバン
小さな音とともに、光が剣先から真正面の川面にむけて放たれた。
型の稽古を続けるうちに、魔剣や宝剣でもない普通の『黒の剣』でも気を込めることができるようになってきたのだ。しかし、その効果がどれくらいあるのかは、試したことがないので分からない。
朝食後、僕達は船着き場に行ってみた。水竜というものがいるのかを確認するためだ。桟橋から水面を見てみると、三角形の大きなヒレを水面から出しながら泳いでいる大型魚がいた。あれが水竜らしい。全長は10m以上あり、泳ぐ速度はかなり速い。また、水中で活動していることから、討伐はかなり難しいと思われた。
水竜が現れたのは3日位前で、既に3人の犠牲者が出ているそうだ。村でも討伐隊を出したが、失敗に終わったらしい。討伐方法は、鶏の肉を餌に誘き寄せ、水面付近に来たところを、銛で突くのだが、水竜の表皮が固く、跳ね返されてしまうそうだ。
前回も、怒った水竜が、逆に漁師の乗った船に襲いかかり、ほうほうの体で逃げ帰って来たとの事であった。漁師の使った銛を見せて貰った。全体の長さが3m位、1m位の金属の銛を2m位の木の棒に取り付けた物で、かなり重そうな代物だった。僕が、銛を持とうとしたら、漁師が笑いながら、手を振って、
「お嬢ちゃんには持てないよ。」
と、相手にしてくれなかった。シェルさんが、試しに貸してやってくれと頼んでくれたので、笑いながら、柄尻を下にして地面に立てたまま貸してくれた。僕は、銛を左手で持って持ち上げて見たが、ずっしりと重く、女の子では絶対に扱えないだろうと思った。しかし、僕はその辺の女の子とは違う。(男だから)銛を頭上に掲げ、ビュンビュンと回転させたかと思うと、ピタッと制止させ、左脇に構えて正面突き、右払いからの上段打ちと一連の形をしてみた。
誰に習った訳でもないが、毎日練習している剣の形の応用である。顎を目一杯落として驚いている漁師のおじさん(リザードマンの年は見た目では分からないが)に、投げてみて良いかを聞いてみた。勿論、シェルさんを通じてである。
漁師さんが、投げて見てくれと言ったので、30m位先の松の木に向けて、助走なしで投げた。
ビュッ!
と、一直線に松の木に向かって飛んで行き、『ドゴオン』と言う音とともに松の木に深々と突き刺さった。漁師のおじさんが、銛を抜きに行ったが、銛の返しが邪魔をしてなかなか抜けなかったようだ。僕が抜いてあげても良かったが、おじさんの立場もあるだろうと思い、黙って抜く作業を見ているだけだった。
僕の力を知った漁師のおじさん達は、急遽、討伐隊を組むことになった。勿論、メインの討伐員は僕だった。出船は朝食後と言うことになった。
話を聞いた旅館の主人が、朝食に大きいモズクガニを茹でて出してくれた。何か、これから帰らぬ戦いに行くみたいで変な気持ちになってしまう。ご主人、泣かないで下さい。
桟橋に行ってみると、既に討伐隊の皆さんは集合していた。隊長以下8人。6人がかりで艪を漕ぎ、舵を切る人が鞆に立ち、僕が舳先から水竜を狙うことになった。銛は、全部で5本。隊長が、僕の後ろにいて皆に指示を出すようだ。
シェルさんには、川岸で見ていて貰いたかったが、折角のチャンスだから、一緒に戦うと言う。また、あれですか。役立たず攻撃のレベル稼ぎ!
シェルさんは、僕とは反対の鞆の方にいることにした。本当は、僕に替わりの銛を渡す役をしたかったが、非力なシェルさんでは、銛を持上げられなかったので、隊長がその役を受け持ち、シェルさんは鞆の方で応援することになった。
お姫様や村の人達は、川岸で見守ることになったが、何故か高い観覧席が組み上げられていた。何でも花火大会用の観覧席らしい。このリザードマンさん達も、結構残念な気がした僕であった。当然、お姫様は最上段で、周りは村の衛士さん達で固めている。
いよいよ、討伐隊の出発です。村長さんと皆さん、水杯でお別れをしていましたが、どこの国の風習ですか?船に乗り込むと、全員、腰に命綱を巻いた。うん、安全は絶対ですからね。
船が、川の中ほどまで来たところで、隊長が鶏の首を跳ねたのを川に投げ入れ始めた。船の上で締めている(はっきり言って、生きたまま頭を切っている)ので、頭の無い首からダラダラと血が滴っている。エグい。
暫くすると水竜が近づいてきた。狂ったように餌に食い付く。僕は、銛を構えて水竜を狙う。最初の銛には、太いロープが結わえ付けられ、舟と繋がれていた。逃がさないためである。
水竜は、餌に無しゃぶりついて、大きく水面にジャンプした。その瞬間、僕のロープ付き銛が投げられた。グサッと水竜のエラの後ろに刺さったが、致命傷にはならなかったようだ。隊長から次々に銛を手渡され、3本投げたが、刺さったのは1本だけで、それも背中の後ろの方であったため、ダメージはほとんど無いようだった。水竜は、銛を外そうと、底の方まで潜ったり、舟の方に向かってぶつかって来たりと死に物狂いで暴れていた。
シェルさんは、鞆の方から水竜に向けて、ウィンドカッターを放っているが、水面に綺麗な波紋を生じさせるだけで、全く役に立っていなかった。でも、これでも攻撃に参加したことになるので、レベル上げには有効だ。なんか、とても狡い気がする。
このまま水竜に暴れさせては、舟も危なくなってしまう。それに残った銛も1本だけになってしまった。仕方がない。最後の手段を使うことにした。
僕は、銛を構えて、体内の気を練り始め、銛の先端に気を集めた。銛の先端は青白く光り始め、段々、白っぽくなってきた。金属部分と木部分の境目付近の木の部分からプスプス煙が立ち始めた時、水竜が大きくジャンプして、僕達に白い腹を見せ付けた。その瞬間、一直線に白い光が水竜を貫いた。お腹の中程からエラを通って頭の上に銛の先が飛び出ていた。
水竜は、動かなくなってしまった。静かに、水面に浮いている。しかし、舟に引き寄せようとしても、舟の方が動くだけで水竜は波間に漂っているだけであった。重すぎるようだ。
そのまま、引き上げるのは諦めて、水竜に刺さっている銛のロープを伸ばしながら、舟だけ桟橋に戻った。そして、川岸からロープの端を村人全員で引き始めたのだ。
オーエス、オーエス
この国では聞いたことがない掛け声だったが、何か面白そうだったので、僕達も手伝った。勿論、お姫様やメイドのジェーンさんも一緒に引っ張った。
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