第13話 少しだけ残念なお姫様

(9月14日です。)

  王都への出発は、昼前と言う事になっていた。本当なら、夜明け頃が、次の宿場街までの距離を考えても一番良いのだが、どうやらお姫様は朝が苦手のようだ。


  朝早くから、3日分の食料や、野宿に必要な細々とした物を買い集めていた。これ位でいいだろうとなってから、ギルドに向かうことにした。今日買った荷物のほとんどを、ベルのザックに入れたが、入らなかった分はシェルさんの大型ザックに詰め込んだ。大型ザックの中にあったシェルさんのドレスがグチャグチャになったが、構うものかと無理矢理に押し込む僕であった。


  そんな事より、今日、これから着る僕の服が問題だ。ガチンコさんの店で、女の子用の冒険者服を買ったのだが、ピンク色の冒険者服と襟にヒラヒラしたレースが巻かれているシャツのセットだ。帽子も、真っ赤な防止にしていた。今まで来ていた冒険者服と帽子は、ベルのザックの奥底にしまっておいた。


  ギルドに行ったら、セレナさんが大笑いをしていた。僕は、少し悲しくなってしまった。そのまま応接室で待っていると、これからの警護の依頼人が現れた。


  僕は、その服装を見て驚いた。ガチンコさんの店で、店頭に飾られている人形が着ていた王国騎士団標準仕様のまんまの軽鎧を装備していたのだ。しかし、上半身は、左胸と両肩のみを防護するミスリル製のブレストガード、左腕にはアダマンタイト鋼のガントレット、両足にミスリル製のレガース。素材は、標準品とは比較するのも恐ろしい程の超々高級素材だ。


  腰の剣帯には、短めのレイピアを下げており、魔物相手では攻撃力不足なのではないかと思ってしまう。しかし、防具のレベルから考えても、このレイピアはきっとすごい物だろう。


  お姫様は、身長165センチ位(シェルさんに比べると随分大きい)のスレンダーボディで、それでいながら胸はツンと前に突き出しており、本当のナイスバディだった。鎧の下には、赤く丈の短いチェニックを着ており、太腿の半分以上が露わになっていて、目のやり場に困ってしまう僕だった。


  髪の色は綺麗な金髪で、三つ編みにして、頭の後ろで丸くしている。顔付きは貴人にしては目がクリクリっとしてお茶目で可愛らしい感じがした。シェルさんと比べると、超絶美少女とそれなり美少女という感じだが、個人の好みもあるので、これ以上は言わないことにしよう。お姫様のほっぺたにソバカスがあるところから、未だ若そうだが、年齢については僕にわかる筈がない。


  立ち上がってお姫様を出迎え、シェルさんはカーテシを綺麗に決め、僕は90度の最敬礼をした。僕達は、自己紹介をしたが、当然、シェルさんだけが喋っての紹介だ。僕は、シェルさんの妹で、「シル」と名乗ることにしている。


  お姫様は、吃驚した様子で


  「あ、貴女達が警護の方ですの。私が警護しなければいけないようですが。」


   同席していたアレンさんが、


  「姫様、ご心配には及びません。この者達は、当ギルドでも期待の新人ですが、腕は確かです。西の辺境の村からここまでの間にも盗賊や狼の群れを蹴散らし、ここでも悪質冒険者を捕まえたり、ゴブリンナイトの特殊個体を討伐するなど、今回の任務にはきっとご期待に沿えるものと確信しております。」


  「そう、それなら良いのですわ。でも、お連れの妹さんの方は、本当に大丈夫なのかしら。」


  お姫様は、僕のことを本当にシェルさんの妹だと思ったようだ。エルフと人間が姉妹な訳無いだろうことなど、ちっとも気づかない残念なお姫様だったのだ。


  「私は、グレーテル王国第三王女のエーデルワイス・フォンドボー・グレーテルと申しますの。エーデルと呼んでも宜しいのですわ。年はもうすぐ16ですの。」


  年まで聞いてないから。でも、もうすぐ16ということは、今は15。僕達と同い年ということになる。


  シェルさんは先程、スカートをつまむ振りの仮想カーテシをしたが、お姫様はチョコンと会釈をしただけであった。


 「それで、お姫様。その格好はどうしたのですか。私達二人は、お姫様を警護すると聞いていたのですが。」


 「これは、普段からの格好ですの。武人たる者、常在戦場ですの。」


  いや、絶対に違うから。そもそも武人じゃないから。


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  僕達の乗る馬車は4頭立てだった。御者が2名、馬車の御者席に座り、車内には、進行方向を向いて、お姫様とメイドさんが座り、シェルさんがメイドさんの向かい側に座った。メイドさんは、『ジェーン』と名乗った。まだ若そうな黒い髪とパッチリとした灰色の目が綺麗な人だった。胸もエーデル姫位大きいので、シェルさんが可哀そうだと思う僕だった。


  僕は、車外の後部張り出しの部分、本来なら随員が立つ場所に腰かけた。シェルさんに頼んで、外を見たいからと言う理由でこの場所にすわったのだ。シェルさんとお姫様は、すぐに仲良くなった。お互いに年も近いし、残念だし。


  メイドのジェーンさんは、あまりいい顔をしていなかった。


  『冒険者だしエルフだし。良い所のお嬢様だったら、絶対にこんな仕事などなさらないわ。きっと貧しい家の生まれだわ。顔は可愛らしいけど。』


  シェルさんは、当然、そんなジェーンさんの気持ちなど分からずに、楽しく旅を満喫していた。王都までは2週間の旅であった。駅馬車では、3週間以上掛かるが、さすが王女専用馬車だけあって、馬もキャビンも素晴らしく、高速で疾駆しても、あまり揺れを感じない快適な旅だった。


  出発が遅かったのか、夜遅くに隣のビギン村に到着した。事前に連絡をしていたらしく、今日、止まる旅館は既に決まっていた。この村は、エクレア市に隣接していることから、旅人も多く、旅館が数軒あった。お姫様一行は一番良い旅館の一番良い部屋に泊まるらしい。僕達は、その隣の普通旅館の普通部屋だ。当然ダブルの部屋で、銀貨1枚半だった。警護任務は、馬車代は掛からないが、食事と泊まる費用は自分持ちだった。僕達の泊まった部屋は、シャワーが無かったが洗面室があったので、お湯を貰って身体を拭くことができた。


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(9月15日です。)

  次の日の朝、未だ誰も起きていない黎明の時、僕はそっとベッドから起き出し、シャツだけを着てベルの剣を持って部屋の外に出た。旅館の裏庭に出て、剣の形を練習するのだ。やっているうちに、動きに違和感のある箇所に気づく。ガチンコさんはどうやっていたのかな?と思いながら何回も繰り返していると、納得の行く動きになってきた。


  ガチンコさんの剣術は、静の動きから溜めと気の解放、斬撃と言う一連の流れの中で、一切の無駄な動きをなくそうとするものだった。中段からの面、小手そして胴打ち、上段からの打ち込み、そして切り上げての突き。脇無双からの相手の剣を擦り上げての面など、踊りのようでいて、一つ一つの動きが合理的なのだ。


僕は、まだまだガチンコさんの動きなどできないと思ってしまった。


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(9月18日です。)

  事件は、3日目に起きた。馬車が野盗に襲われたのだ。僕は、大分前から気付いたので、シェルさんを通じて御者さんに、出来る限り早く走って貰ったのだが、道が狭くなっているところで、待ち伏せされていた。


  もう逃げられないと思ったお姫様は、馬車の外に出ようとしたが、シェルさんが引き止めて、馬車の扉の内側から、しっかり鍵をかけてしまった。外には、僕と御者さん達だけ。御者さん達は、ナイフを構えているが、御者席から降りてこない。


  盗賊の相手をするのは、僕だけとなった。お姫様についてきている後ろの騎士さん達は、ここから4キロ以上離れているので間に合わない。どうしようかと思いながら、シェルさんの指示を待っていた。


  「ゴロ、えっと、シルちゃん。殺さないでね。」


  シェルさんの指示が聞こえた。戦闘をしても良いという指示だ。僕は右の黒剣を抜き、左脇構えのまま、盗賊団の方へ走り出した。


  野盗たちは、いつもなら馬車を取り囲んでから、脅し文句を言う段取りだったのだろうが、そんな余裕はなかった。


  「野郎ども。ガキを捕まえろ。ただし殺すな。」


  相手は、年端もいかない美少女。捉えて奴隷にでも売ろうと思い、手荒なことはしないように怒鳴ったボス。この時点で、ボスは2つの間違いをした。


  部下に全力で戦わせなかったこと、もう1つは、自分がボスであることをバラしたことである。僕は、真っ直ぐボスのところに走り寄り、途中でかかってきた盗賊共には、小さな動きで剣を振っている。


  最初、何をされたか気付かなかった野盗たちも、カランと落ちる得物と、それを握っていた利き手の親指から吹き出す血を見て、自分の親指が切り落とされたことに初めて気づくのであった。


  あっという間にボスに近づいた僕は、ボスが剣を振りかぶろうとした瞬間、後ろに回り込んで、左首筋に黒剣を当て、『降参?』と呟いた。同時に『威嚇』を最大限に発揮した。


  カラン、カランと武器を捨てる野盗達。


  それを見て、馬車から降りたシェルさんが、御者さん達に、武器を回収して、全員を縛ってくれるようにお願いした。


  ゆっくりと降りてきたお姫様は、シェルさんに向かって


  「この者達をどうするのですか?」


  「縛り上げたら、この場に置きっぱなしです。私達だけでは、村まで連れて行けませんから。」


  「運が良ければ、巡回中の衛士に発見されるでしょうし、運が悪ければ、明日、村の衛士が来る前に、獣に食べられてしまうかも知れません。」


  と言った後、


  「あっ、そうだ。」


  突然、盗賊共に近づき、お金と貴重品を物色するシェルさん。


  「エヘヘ、エヘヘ。」


  変な笑いをしながら、男達のあんなところや、こんなところをまさぐるシェルさん。お姫様は、完全に引いてしまっていた。


  事件の後、エーデル姫が僕に対し馬車の中に乗るように命令をしたが、泣きながら嫌がる僕を見て、かわいそうになったお姫様は、今日の夕食を一緒にすることで、許すことにしてくれた。僕が男の子だと知ったら、どんな顔をするだろう。


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  エーデル姫は、不思議に思っていた。この子達って、一体何ですの。2人とも超絶美少女ですけど、お姉様がエルフで妹君が人間なんてあるのかしら。もしかして妹君は人間との不倫の子とか?キャッ!


  でも、あのシルって子、信じられないほど強いんですわ。うちの近衛団長とどちらが強いのかしら?でも、どうして何も喋らないのかしら。時々、顔を真っ赤にしているし。それに比べてシェルさんは、おしゃべりね。話し相手には丁度良いですわ。それに、育ちも良さそうだし。本当に謎の姉妹ね。

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  今日の宿泊は、ブリンク市だ。何とかと言う伯爵領だそうだ。さすが、伯爵領の領都。人は多いし、ホテルも多い。シェルさん達は自分達用のシャワー付きの部屋がある、それなりのホテルを予約してからシルのドレスを買いに行くことにした。


  僕は、ドレスを着ることを泣いて嫌がった。でも、もし男の子とバレたら、僕の大事なところをちょん切られて、首に縄をかけられて市内中を引き回され、それから奴隷に売られて、獣と決闘したり、戦車レースに出されるのよと脅されてしまった。


  シェルさんの頭の中では、僕にどんな格好をさせるかは決まっていた。色は冒険者服同様、ピンクだ。フリルの一杯着いたワンピースで青いリボンでベルトにして、レースのペチコートを着せてスカートを膨らませて、靴は絶対に赤いダンスシューズ。10歳の超可愛い子ちゃんをイメージして、涎を垂らしているシェルさんだった。

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