第10話 シェルの初討伐

(まだ9月5日です。)

  僕達は、ギルドの中に併設されている酒場を兼ねた食堂で、軽い夕食をとることにした。小麦のミルク粥にタラの干物を軽くあぶったものを食べたが、普通においしかった。食後に食べたリンゴの砂糖煮、コンポートというらしいのだが、僕の家で食べたものの方が数倍おいしいと思うシェルさんは思っていたようだ。


  「アスコット様、アスコット様。いらっしゃいましたらカウンターまで。」


  ヘレナさんの呼び声が聞こえたので、二人揃っていくと、査定が終わったそうだ。戦利品やゴブリン討伐報酬及び魔石や鎧の買取りで金貨1枚、大銀貨5枚と銀貨9枚になるそうだ。二人は、口をポカンと開けて、ヘレナさんの顔を見ていた。


  「お二人とも、私の顔に何かついていますか?」


  「いえ、あまりにも金額が多くて吃驚してしまって。」


  「はい、アスコット様達が倒したゴブリンナイトは、レベルCの魔物で、討伐報酬が大銀貨2枚、魔石が、あの大きさと色で高評価となり銀貨7枚、ミスリル鎧が素材評価で大銀貨3枚、その他のゴブリンの討伐報酬が銀貨2枚、今回の依頼の報酬が金貨1枚となります。」


  シェルさんは、ニコッと笑って報酬を受け取ると、僕に渡した。どうやら会計係も僕の役割のようだ。


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(9月6日です。)

  次の日、僕達はガチンコさんの店にいた。僕のために、武器を買いに来たのだ。昨日の経験から、ある程度攻撃力のある武器が必要だと思ったのだ。


  色々な武器が、棚の上に飾られていたが、上段になるほど値段が高い武器が並んでいる。一番上の段は、最低でも金貨5枚以上だった。


  僕は、下から3段目に雑然と置かれているショートソードいわゆる短剣の中から、1本の鋼の剣を選んだ。刃渡は50センチ、刃体が厚く、凌ぎも幅のあるもので、ズッシリとした重さの感じられるものであった。見た目は全て黒色で、全く飾り気のないものだった。


  「これが良いと思う。刃が欠けても直せる。」


  とシェルさんに伝えた。僕は、シェルさんには普通に話せるようになったが、ガチンコさんに対しては、やはりコミュ障全開だ。直接は、怖くて話せない。


  「おっ、この剣はあんちゃんには、ちと重いんじゃないかい。こっちの細身の方が良いんじゃないか。」


  僕は、右横に立っているシェルさんに向かって


  「問題ない。この細身の剣だと折れるかも知れないから。」


  と伝えた。ガチンコさんは、僕の会話形式に大笑いしながら、


  「分かった、分かった。じゃあ、裏で試し切りしてみるかい?」


  ということで、僕達は、ガチンコさんの店の裏で試し切りをする事になった。


  僕は、短剣を抜いて左手に持ち、思い切り素振りをしてみた。


    ブン、ブン、 ブン、ブン


  大きな風切音がしていたが、ガチンコさんは渋い顔をしていた。


  「ダメダメ、それじゃ直ぐ刃を折ってしまうよ。まず、持ち方だが、親指と小指でしっかり持って、他の指は軽く添えるだけ。それで、必ず小指の方に向かって振る事。やってみな。」


  言われた通りに振ってみたら、ヒュンという小さな風切音がしたと思ったら、短剣が手から離れ飛んで行ってしまった。


  「ゴメン、ゴメン。肝心のことを忘れていた。振り終わりの瞬間、ギュッと柄を握るんだ。相手を切る感覚で、手首を上手く使うんだ。あと、振り切るんじゃなく切った後、ピタと止める感じも大切だ。」


  なんか凄く面倒臭そうだが、慣れると、感覚で出来るようになるそうだ。


  僕は、何回も何回も練習した。練習の最中、昨日の娘さんの姿を思い出した。悲しそうな母親の顔も思い出した。知らない間に、流れて来た涙が止まらなかった。そのうち、風切音が「ヒュンヒュン」から「ピュッ ピュッ」と変わった。


  「よし、もう良いだろう。今度はこれを切ってみな。」


  と言って、かなり太めの丸太を立ててくれた。


  「これを横に切ってくれ。上手くできれば、丸太は真っ二つだ。」


  僕は、静かに丸太の前に立つ。短剣は左手に下げたままだ。瞬間、大きく右に振りかぶってから、斜め袈裟斬りに丸太を切った。


  丸太の上半分は、ゴトリと右下に落ちたが、下半分は立ったままだった。それよりも、『ズバン』とか『ガツン』という、丸太が切られる時の音が全くしなかったのだ。


  ガチンコさんは、不思議なものを見たような顔をしたが、直ぐに気を取り直して、


  「次は、これを縦に切ってみな。」


  と言って、新しい丸太を立ててくれた。


  僕は、右上段に構え、一瞬の溜めの後、ピッと短剣を振り下ろした。


  シェルさんには、僕の振った短剣は全く見えなかったが、何か光る線が綺麗な孤を描いているのが見えた気がした。


  今度も、何も音がしないまま、大きな丸太が縦に真っ二つに離れていた。


  「あんちゃん、どこかで剣術を習ったかい?」


  「今日、初めて剣を振った。」


  と、シェルさんに伝えた僕。この剣を買う事にしたが、簡単な砥石セットと刀油も買う事にした。


  大銀貨7枚と剣としては安い方だが、手入れさえ怠らなければ、Aクラスまでの魔物にも対応できるという事だった。


  ただ、見た目が地味過ぎて売れ残ってしまったそうだ。しかし、作った職人が、


  『剣は、切れてなんぼじゃ。』


  と、訳のわかんない信念で、絶対に手直ししなかったそうだ。商売人として、どうかと思ったが、自慢げに話すガチンコさんを見ていて、その職人が誰か分かってしまった僕達であった。


  左利き用の剣帯も買った2人は、そのままギルドに向かった。


  ギルドの中は、相変わらず混んでいた。シェルさんが依頼ボードを物色していたため、僕は1人で食堂のテーブルに座り、ココアのようなものを飲んでいた。勿論、注文したのはシェルさんだ。


  ちまちま、ココアのようなものを飲んでいると、二人の男が近づいてきた。20歳位の冒険者2人組であった。1人は戦士風のヒョロッとした男で、もう1人は防具から見て軽戦士みたいだが、かなり太っていたため重戦士かも知れない。


  背の高い方の男が、


  「おい、ポーターのくせにいい剣を持っているじゃないか。ちょっと見せてみろ。」


  黙ったままの僕。もう1人の太った方は、ニヤニヤ笑っている。


  「黙ったままじゃ、分からないだろう。早くその剣を寄こせ。」


  「嫌だ。」


  「いいから寄こせ。」


  無理矢理、取り上げようとするが、僕はパッと椅子から飛び降りて、その手を躱した。男は、怒ったような目付きになって僕を捕まえようとするが、全く追い付いていない。


  「おい、お前も手伝え!」


  男が、もう1人にも参加させたが、太っている男の方が機敏で、動作に無駄が無かった。もう少しで捕まりそうになったが、ヘレナさんのいるカウンターまで逃げたので、なんとか捕まらずに済んだ。吃驚顔のヘレナさんが、僕の来た方を見たところ、平素からタチの良くない二人組が、こっちを見ている。ヘレナさんが見ているのに気付いたのか、諦めたように戻って行くのが見えた。


  「ゴロタ君、だいじょうぶだった? 困ったことがあれば直ぐ教えてね。」


  「はい。」


  ようやく、それだけ言って、ペコリと頭を下げたら、ヘレナさんは、とても優しそうな顔付きで微笑んでくれた。シェルさんが、依頼書を持ってカウンターにやって来た。北の森までの間の街道整備だ。ランクはEランクだ。


  僕は特に意見は無いが、ヘレナさんが怪訝そうな顔をしている。


  「こちらでよろしいんですか。」


  街道整備は、街道の周りの草刈りや、肉食性の動物の排除がメインの、ほぼ初心者向けの依頼だ。定期的にお役人が点検に来て、問題がなければ報酬が支払われると言う、その日暮らしが多い冒険者達からは人気のない依頼である。


  「はい、誰かがやらなければならない仕事なら、私達がやらなければいけないと思って。」


  絶対に違うから。シェルさんの全身オーラが、嘘臭くなっているので、直ぐ分かってしまった。きっとロクでも無い理由があるはずだと、嫌な気持ちになる僕だった。ギルドを出ると、そのまま北の門に向かった。


  エクレア市は、王国の西の街道の要になっていて、ここから四方に道別れしているのだ。門を出ると、草原が広がっており、街道は良く整備されていた。ただ、北の森に近づくにつれ、草原というよりも草薮のかたまりみたいになっており、所々、伸びて来た草で、街道が見えなくなっているところもあった。


  シェルはさん、草叢の方に向かって呪文を唱え始めたが、彼女の出来る魔法は、相手に殆どダメージを与えることが出来ないウインドカッターしか無かったはずだ。呪文の詠唱が終わり、手を上に伸ばしてから、


    「ウインドカッター」


  と唱えて、手を横に払ったら、小さなつむじ風が起き、草叢の根元付近がスパッと千切れてしまった。範囲はそれほどでも無いが、街道の両脇を綺麗にする位なら十分過ぎる威力だった。


  そうやっているうちに、草叢の中から1匹のウサギが出て来た。


  ウサギだからとバカにしてはいけない。このウサギは、牙が非常に危険なファング・ラビットだ。


  ホーン・ラビットより、少し危険度が高いが、僕にとっては普通のウサギと大差はない。


  シェルさんが、突然、


  「私に、任せて!」


  と言って、ロング・ソードを抜きながら前に飛び出した。ファング・ラビットは、後足で立ち上がり、大きな口を開けて威嚇する。


  シェルさんは、「えいっ!」と、ファング・ラビットに斬りかかるが、腰が引けているので、剣先がファング・ラビットに僅かに届かない。ファング・ラビットは、その隙にシェルさんに飛び掛かろうとするが、僕がピンポイントで『威嚇』を飛ばした。一瞬、怯んだ隙を逃さず、カウンター気味の突きが、ファング・ラビットの首を貫いた。


  シェルさんの初めての魔物討伐だった。

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