第9話 樫の棒とゴブリンナイト
(まだ9月5日です。)
しばらく行くと、ゴブリンが2匹現れた。今度は、ちゃんと闘うつもりで、樫の棒を左手に構え、右足を前にして3m位の間合いで相手と対峙した。先手必勝。相手が動き出す前に、右斜め前に飛び込み、右側のゴブリンの横をすり抜ける時に、構わずに樫の棒を横に薙ぎ払った。
ボギャブッ!
変な音がして、1匹目のゴブリンが白眼を向いて気絶した。すり抜けざま、体を左回転させて、もう1匹のゴブリンの背面から上段に振り被った樫の棒を思いっきり振り下ろした。
ゴボッ!
樫の棒が、完全にゴブリンの頭にめり込んでいるのを確認した。闘いは終わった。シェルさんは、ロングソードを両手で持って、一応構えてはいるが、「へっぴり腰」過ぎて笑えてしまう。
それより、ゴブリン2匹の内、頭を砕かれた奴は、絶対死んでるだろうが、もう一匹の方は、左腕骨折と内臓破裂はしているだろうが、致命傷にはなっていなかった。
「こいつ、どうするの?」
シェルさんは、ウンウン唸っているゴブリンを見て、
「ゴロタ君、トドメをさせる?」
と、聞いて来た。僕には、絶対に無理だと思ったが、このまま放置すると、いつまでも苦しがるだろうから、なんとかしないといけない。
「剣を貸して。」
「えーっ、私の剣を使うの?」
「僕のこの棒よりも、痛くない。」
渋々、抜き身のままのロングソードを手渡して来たので、受け取って両手で構えた。『ベルの剣』のような短剣は、別名、『ショートソード』または『片手剣』と言い、盾と一緒に持って戦うのだが、ロングソードは両手剣と言って、両手で振り回して戦うのだと、昨日、ガチンコさんに教わっていた。確かに、シェルさんのロングソードは、刃体の長さだけでも80センチはあるので、かなり重いのだが、僕には、片手でも振れるような気がした。
ほとんど重さは感じなかったが、折ったら大変なので、刃筋に気を付けながら、ゴブリンの首に振り下ろした。全く抵抗なく、ゴブリンの首が飛ばされ大量の血が吹き出して来たが、赤い血ではなかったので、それほど罪悪感は感じなかった。ロングソードにも、あまり血が付かなかったので、そのままシェルさんに返したが、シェルさんは刃体に何か光る石を当てていた。
「それ、何?」
「洗濯石よ。汚れを分解してくれるの。とりあえず気持ちの悪い物は取り除いたわ。」
洗濯というから、布地のみにしか効果がないと思ったけど、結構使える便利アイテムのようだ。
シェルさんは、ソードを収めると、小さなナイフを取り出しゴブリンの左耳を切り取った。
左右バラバラに切ってはダメだそうで、ズルをしないように1匹ずつ同じ方向の耳でなければ討伐証明にならないそうだ。
シェルさんは、切り取った左耳2個を僕に渡した。ポーターとしての役割だと思い、油紙で包んでザックの中にしまった。耳からは、あまり血が出ていなかったので、そういうもんだと理解した。
小高い岩の丘に近づいた所、強い腐敗臭と血の匂い、そしてとても嫌な臭いが強くした。ゴブリンの巣だ。灌木に隠れるように、洞窟の入口があった。洞窟の前には、ゴブリンがかなりいて、座り込んだり、何かをモグモグ食べている。
シェルさんに、「魔法、使える?」と聞いたら、ウインドカッターが使えるとのことだった。しかし、そよ風のように優しいウインドカッターだそうだ。それって、何を切り裂くのですか?
『なんて使えないんだ』と思ったが、面倒臭くなりそうなので、ニッコリ愛想笑いをしてから、近くに落ちている石を何個か拾った。シェルさんには、出来るだけ一杯に小石を集めてくれるように頼んだ。
僕は、ゴブリン目掛けて、左手で思いっきり石を投げてやった。
石は、ほぼ直線的に空中をつき進み、ゴブリンの上向きの鼻にグシャっと炸裂した。いわゆるレーザービームというところだ。7〜8匹もやっつけたかも知れない。すべてのゴブリンを殲滅した。もう、大丈夫かなと思った時、シェルさんは禁断のワードを言ってしまった。
「やっつけたかな?」
あ、地雷を踏んだ。洞窟の中から、異様な気配が溢れて来た。シェルさんは、呑気に、倒れて動かなくなっているゴブリンの方に近づこうとしていた。
「シェルさん、危ない。下がって。」
と叫んだが、その時には、洞窟から4〜5m位の位置まで進んでいたので、もう間に合わなかった。出て来たのは、通常のゴブリンよりもふた回りも大きく、ゴブリンの癖に、金属製の鎧と兜を付けていた。持っている武器は、大きな斧、いわゆる戦斧だった。
そのゴブリンは、シェルさんを見つけて、大きな牙を見せて「ニター」と笑い、あっという間にシェルさんに飛び付いて、左脇に抱え上げた。
「キャーッ!」
シェルさんの悲鳴が周囲に響き渡ったが、僕は、シェルさんを人質に取られて、すぐには対応出来なかった。よく見ると、そのゴブリンは、シェルさんを人質にしようとしているわけでなく、単に獲物として捕まえたに過ぎないようだ。
その証拠に、シェルさんを抱えながら僕と闘う様子だった。僕は、右手に持っていた樫の棒を持ち替えて、相手に対して正眼で構えて、『威嚇』を最大限に発揮した。相手は、『威嚇』に吃驚したのか、シェルさんをボトリと落としてしまい、僕に対して戦斧を振り被って攻撃を仕掛けて来た。
樫の棒と言えども、ただの木には違いないので、直接受けたら、間違いなく切断されてしまう。僕は、すぐに行動を起こした。ゴブリンの足の間に潜り込んだのだ。ゴブリンは、上段に大きく振り被っていたので、身体全体が伸び上がっていた。そこに僕が滑り込みながら、ゴブリンの脛を思いっきり叩いたのだ。
ゴキュ
嫌な音を立てて、ゴブリンの足が変な方向を向いた。ゴブリンは、ギャアギャアと叫びながら、地面を転がり回ったが、持っている戦斧だけは離さない。僕は、すぐに起き上がり、ゴブリンの兜を狙って、渾身の力で樫の棒を振り下ろした。
パキン
という音がして、ゴブリンの兜は真っ二つに割れ、樫の棒は、その下にある、ゴブリンの頭蓋骨を粉々に砕いた。ついでに樫の棒も砕け散った。
激しい息遣いの僕と、ヒクヒク泣きベソをかいているシェルさん、2人は、困難をやり遂げた気持ちで、一杯だったが、シェルさんの場合は、完全に勘違いであった。
落ち着いてから、シェルさんはボスゴブリンの心臓付近を抉ろうとしたが、鎧が邪魔をして出来なかったので、僕に鎧を外すように命じた。僕だって、死んだ魔物に触るのは嫌だったが、仕方がないので、黙々と作業を続けた。戦果は、ボスゴブリンの心臓付近から取り出した紫色の大きな魔石と、着ていた鎧セット(兜は使いモノにならない)と、それとゴブリンの武器の戦斧である。
あと、耳の残っているゴブリンから、耳を切り落とすのも忘れなかった。
「何故、ほかのゴブリンから魔石を取らないんですか。」
「ああ、ゴブリンの魔石は小さいし、魔力も殆ど無いから、ギルドでも引き取ってくれないのよ。」
なるほど。1人納得する僕だった。
洞窟の中は、変な匂いが充満していたが、村の娘さんが誘拐されたということだったので、中を探してみることにした。僕は、絶対、自分にやらされるだろうと思っていたら、速攻で
「ゴロタ君、中を見てきて。」
と言われた。僕は、さっきの戦斧を持ち、魔光石に魔力をちょっとだけ注いで、洞窟の中に入って行ったら、奥から、女の人の啜り泣きが聴こえてきた。
そこに見えたのは、酷い有様の娘さんだった。素っ裸で、首に荒縄を巻かれ、顔は紫色に腫れ上がって、どんな顔だったか全く分からない。女の人の口の周りと、太腿の周りは大量の白濁した液体がへばりついており、何をされたか世間知らずの僕でも、すぐに分かった。
僕は、彼女を担ごうとしたが、自分が触ってはいけないような気がして、一旦、洞窟を出て、事情をシェルさんに報告した。
シェルさんは、すぐに洞窟に入っていき、彼女を救い出してきたが、その時には彼女の汚れは無くなっていた。きっと、洗濯石を使ったのだろう。しかし、陽の光の下で見ると、身体中、切り傷と打撲で人の肌の色をしているところはわずかであった。僕は、なるべく彼女の方を見ないようにして、後ろの方を向いていた。
「何か、掛ける物ないかしら。」
と言われたが、野宿する予定もなかったので毛布など持ってきていなかった。仕方がないので、僕が裸の彼女を背負って、村まで戻ることになった。
彼女を背負おうために、シェルさんが彼女の体を離した瞬間、突然、彼女が、物凄い勢いで走り始めた。洞窟の後ろの丘の上に駆け上がって、その先の崖の上から飛び降りてしまったのだ。
一瞬の出来事である。崖から下までは20m以上あり、普通では助からないことはすぐ分かった。崖の下に行ってみると、彼女はもうこと切れていた。
このままにしていると、獣か何かに食べられてしまうと思い、僕が亡骸を背負って村まで戻ることにした。戻る途中、僕は涙が止まらなかった。
シルやベルが死んだ時は、悲しくはあったが、運命のようなものを感じて、涙もすぐ出なくなった。しかし、彼女の場合は、あまりにも悲惨で不条理で、こんな人生を送るために生まれてきたはずじゃ無いと思うと、悲しさでやりきれなくなってしまう。
「シェルさん。」
「うん?」
「僕、もっと強くなります。剣も使えるようになります。絶対に悪い魔物は許しません。それで、良いですか?」
「うん、そうだね。強くなろうね。」
村の近くまで来ると、シェルさんは、ここでしばらく待つようにと言って、村の方に走っていった。僕は、背中に背負った彼女を降ろし、柔らかそうな草の上に横たえると、来ていた上着を、腰のあたりに掛けてあげた。僕の上着は、丈が短いのであまり隠すことはできなかったが、大事なところだけは見えないようになった。
しばらくすると、シェルさんが、村のおばさんを連れて帰ってきた。おばさんは、変わり果てた彼女を見て、ハッとした様子だったが、すぐに泣き崩れて、彼女に縋りついた。
僕達は、何も言わずに、その場を離れてあげた。シェルさんは、おばさんが持ってきた洋服を彼女に着せるのを手伝ってあげてから、また村の方に走っていった。今度は、村の男の人達が数人やってきた。人が寝そべられるくらいの大きな板を持っていて、彼女の亡骸をその板に乗せ、白いシーツをかけてから村の方に戻っていった。みんな泣いていた。僕たちも泣いた。
村についてから、村長に事情を話し、依頼完了報告にサインを貰ってから、領都に帰ることにした。
帰りは、シェルさんも歩いたので、ゆっくり帰ることにした。
領都に戻ると、もう夕方だった。僕達がギルドに入ったら、ヘレナさんのカウンターが、ちょうど空いていたので、その前に行くことにした。
「完了報告したいのですけど。」
「それでは『依頼完了報告書』をお願いします。」
シェルさんが、依頼完了報告を提出した。
「はい、確認しました。お疲れさまでした。初討伐は、いかがでしたか。」
僕達は、黙って下を向いていた。何かあったことを察したヘレナさんは、そのことについては何も聞かずに、
「ゴブリンの群れの討伐でしたが、ボスゴブリンはいませんでしたか。」
「通常のゴブリンより二回り位大きなゴブリンがボスでした。これが討伐証明の耳です。」
ヘレナさんは、提出されたボスゴブリンの耳を見ると目を大きく瞠って
「魔石はありませんでしたか?」
僕は、ベルのザックの中にしまっていた、魔石や他のゴブリンの耳、そして戦利品として拾得したボスゴブリンの鎧と戦斧などを全てカウンターの上に置いた。
「ちょっとお待ち下さい。」
ヘレナさんは、モノクル越しにジッと見ていたが、
「これはゴブリンナイトの耳ですね。しかもかなり上位種の。戦利品の鎧は、ミスリル製のようですが、かなり傷んでいるので、素材としての価値しかありません。戦斧は普及品のようです。魔石や戦利品はギルドで引き取ることができますが、どうしますか。」
「お願いするわ。持っていても邪魔だし。もっと高値で引き取ってくれる店を探すのも面倒くさいし。」
「分かりました。少しお待ちください。」
僕とシェルさんは冒険者証を能力検査機の前に置き、魔力を注ぎ込んだ。
僕は、レベルが3から7に上がっていたが、体力などはほとんど変わりがなかった。今日、戦ったことが評価されたのだろうが、もともとのステータスがあまりにも高いため、それを上げるための経験値が全く足りないということだろう。
シェルさんも調べてみたが、レベルは全く上がっていなかった。ただ、体力が30から40に上がっていた。今日歩いたことが評価されたのだろう。
というか、『普段、どんだけ歩いていないんじゃ。』と思ったが、やはり、僕には人を叱ることなどできなかった。
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