第7話 ゴロタの秘密

  僕達は、ヘレナさんに奥の来客用の応接室に案内された。革製の豪華なソファが存在感を示す、いかにも威圧的な感じのする部屋だ。僕達が入口側のソファに座って待っていると、初老の男性が入ってきた。黒のフォーマルウエアを着て、大きな宝石の付いたステッキを右手に持っている。この男の人も、ヘレナさんと同じく左目にモノクルを掛けていた。


  彼は、僕達の向かい側にあるソファに深く腰掛け


  「お待たせしました。私は、このギルドを任せられているギルド・マスターのアレンと言います。本日は、せっかく冒険者登録をして頂こうと言うのに、こんな無粋な部屋にお越し頂き大変申し訳ございません。」


  と挨拶をしたてくれた。僕は、この部屋に入った時から、緊張で顔が真っ赤になり、下を向きっ放しだったため、出された紅茶にも全く手が出せなかった。そんな緊張状態でギルド・マスターの言葉を聞いても、返事などできるわけがなかった。やはり、この場はシェルさんに任せることにした。


  「それで登録の途中で、私達を呼び付けて一体、何の御用なんですか?」


  「ん、貴女はアスコットさんですね。」


  シェルさんは、自己紹介もしていないし、冒険者カードも見せていないのに、シェルさんのファミリーネームで呼ばれた。ということは、あのモノクルが怪しい。きっと、あれは魔道具ではないかと思ったが、残念エルフのシェルさんが、そんなことに気付く訳もなく、


  「どこかでお会いしましたか。あ、私って『D』ランクだけど、最近の活躍で有名になったのかしら。ウフフフフ!」


  思い切り勘違いしているし、一体、いつ活躍したのか記憶がない。でも、やはり何も言えずに目がヒクヒクしてしまう僕だった。アレンさんは、とても残念そうな顔をしたが、直ぐにスルーして


  「今回の件は、ゴロタ君だけに伝えたいので、アスコットさんは席を外してくれませんか。」


  「いえ、私はゴロタ君の婚約者であるとともに、保護者兼マネージャーですので、私抜きとなると、この話は無かったことになりますが、それでもよろしいいんですか。」


  なんか役割が増えてるし、一つとして同意した覚えが無いんですけど。アレンさんは大きくため息を吐いて


  「わかりました。では、アスコットさん。ここで聞いたことは他言無用ということで、ご了解願います。」


  「シェルと呼んで下さい。アスコットという名には未練はありませんから。」


  初対面から名前呼びかい。それに、シェルの深い話には誰も興味ないから。アレンさんは、完全スルーして、


  「ゴロタ君。能力検査で君の種族が不明だった筈だが。それは何故だと思うかね。」


  当然、無言でアレンさんの方をチラと見て、また下を向いた。下を向きながら、小さな声で


  「わかりません。」


  「初めて喋ってくれたね。話が出来ないかと心配したよ。」


  「先ほどの質問の答えだが、それは君の両親に関係するんだ。君は『魔族』と『妖精』の間に生まれたようだが。これはこれで、とても珍しい、いや、過去に例のないことなんじゃ。」


  それからのアレンさんの説明によると、異種族同士の結婚には相性があって、なんでもかんでも結婚できるというわけではないらしい。


  人間と結婚できるのは、エルフ族、ドワーフ族と獣人位で、エルフ族でも高位のハイ・エルフとは人間の男性だけが結婚できるようだ。また、他の亜人で結婚できるのはゴブリンの男と人間の女、オーガ族の女と 人間の男も結婚できるようだが、両方とも人間の方の意思を無視して、つまり無理矢理子供を作ろうとした結果の結婚で、子供ができたら後は栄養分として扱われるようだ。


  それで本題だが、魔族と妖精は絶対に結婚出来ないみたいだ。魔族は魔族以外と結婚しても、子供を作ろうとして相手を死んでしまうことが多いし、眷属はできても、子供が生まれたなど聞いたことがないそうだ。


  そもそも、魔族も妖精も普通にこの世界で人間のように生きていく事など不可能なはずだ。


  魔族と魔人との違いは、魔人が神より創造されし、亜人としての生物であるが、魔族は、神と同様な超自然的な存在が、この世界に具現化した存在なのだそうだ。魔人は、肌の色、髪の色も色々だが、大きな特徴は頭部に羊の角のようなものが生えているのが大きな特徴である。


  これに対し、魔族は魔人の特徴にプラスして、背中に黒い羽が生えているのが特徴とされている。この羽は、蝙蝠のようだったり烏のようだったりと一定していないが、どうやら魔法と関係あるみたいだ。


  そして妖精、これは妖精の仲間とされているエルフ族とは違い、ほとんど意識的な存在とされている。ほとんどというのは、実体化することもできるが、それには依代が必要とされているのだ。依代とは何の事か、良く分からないが、そういうことだそうだ。


  妖精は、極めて神に近い存在であり、この世界を創造された4大神も妖精なのではないだろうかと研究されたこともあるそうだ。人間は、妖精の存在を感じることはできても、直接見ることは出来ず、妖精が姿を見せたいと思った時だけ、姿をあらわすそうだ。なんだか、勝手な、そして残念に思えて来たことは黙っていよう。


  僕の鑑定結果には、能力的にも異常値が出ており、詳しく調べないとランク認定が出来ないので、本日は仮冒険者証を交付するので、王都のギルド本部で再認定をして貰いたいとのことであった。


  ホッとした。『仮』なら初心者よりもランクが下だし、怖い冒険にも出なくて済むと思ったからだ。


  僕の最も得意な技は、薬草採取だし、薬草を見つけた時の嬉しさは誰だって認めるんじゃないだろうか。仮冒険者証を貰ってから、ギルドを出たら、シェルさんが武器屋に行くと言い始めた。


  もう、夜に近かったし、僕は、基本、武器を使えないので、全く行きたくなかったのだが、左腕をがっちりと取られ、全く無い胸と腕の間に挟まれてしまったので、逃げるに逃げられなかった。


  職人街に入って、最初の武器屋に入って行った。シェルさんの知っている店かと思ったら、単に近かったから入ったとのことだった。流石に店に入ってからは、腕を離してくれた。


  それから、店の中に並べられている武器や防具などは一切見ないで、スタスタと奧のカウンターまで行き、若い女性店員に声を掛けた。


  「すみません。剣にカバーを掛けて貰いたいんですけど。」


  「カバーは『雨天用』ですか、『保存用』ですか?」


  「形は『雨天用』のようにして、滑らない丈夫なものが欲しいんですが。」

 

  「それでしたら、オーダーメイドになってしまいます。素材にもよりますが、2週間位は掛かると思います。」


  「えー、そんなに?」


  「特別料金を追加していただければ、他の注文を中断して製作しますので、3日以内になんとかなりますが。どうなさいますか?」


 「それでは急ぎでお願いします。」


  ちょっと! 値段を確認しないで注文していいの。特別って言うくらいだから、本当に高いのでは。


  安い薬草だと、1株で銅貨2枚しかならず、大量に採取しなければ纏まったお金にならないことを知っているだけに、シェルさんの金銭感覚には付いて行けなかった。


  「ゴロタ君、採寸するから剣を出して。」


  そう言われて、腰ベルトから『ベルの剣』を外してカウンターの上にゴトリと置いた。


  店員は一目、それを見て、慌てて奥にある工房の方へ走っていった。


  奥から、所々シミのある前掛けをした男の人が出て来た。背はゴロタと同じ位だから、かなり小さいが、横幅は倍以上、いや3倍以上ありそうな感じで、顔の周り中に髭が生えているので、見た目では全く年齢が分からなかった。


  ゴロタは、あまりジロジロ見ると失礼になると思い、飾り棚にある武器を見ているフリをしていた。出てきた人は、この店の店長で、ガチンコさんという名前のドワーフだそうだ。彼は、ベルの剣を手に取ると、色々調べていた 。


  『フムフム。』とか『なるほど。』などと言いながら長い時間を掛けて調べているので、途中で飽きてしまったシェルさんは、防具売場にある洋服棚の方に行ってしまった。


  「お嬢ちゃん、この剣は、あんたのかい?」


  首を上下に振って頷く。


  「この剣は、普通の人じゃあ持てない剣だが、一体どうやって手に入れたんだい。おじさんに教えてくれないか。」


  何も言えなくて黙っているしか出来ない。その様子に気付いたシェルさんが飛んで来て、


  「すみません。この子、知らないおじさんと口を聞いたらいけないと思って、すぐ黙ってしまうんです。それで、何をお知りになりたいの?」


  「いや、こんな上等な剣は滅多に見ることができないから、色々と聞きたくなってしまったのよ。まあ、言いたくなければ無理には聞かないけれどもよ。」


  「この剣のことは、この子も良く知らないんです。いなくなったお父様が残した物らしいんですけど。」


  「フン、それで、この剣に何をして欲しいんじゃ。」


  慌てて、先程の店員がガチンコさんに小声で説明していた。


  「ハーン、大方、この剣をこのまま持ち歩くと、色々と面倒なんじゃろ。わかった。娘さん、予算はいくらじゃ。」


  「予算は、後で相談しますから、丈夫な魔物の皮で作って、雨天用のようにカバーを掛けたままでも抜けるようにしてもらいたいの。」


  ガチンコさんは、後ろの引き出しから色々な皮を取り出して来て、カウンターの上に並べ始めた。


  この素材の中では、この皮がおススメじゃ。これは水棲竜の腹の皮で、柔らかいのじゃが、半端な剣じゃ傷一つ付けることもできんじゃろ。ただし、値段もそれなりで特急料金込みで金貨4枚じゃ。」


  え、金貨4枚!たかがカバーに。このおじさん、僕達のことバカにしているんじゃないの。そう思った瞬間、


  「頂くわ。」


  はあ〜〜!なんだって?頂く?この残念エルフ。お金の価値が分からないんだろう?と思ったけど、黙っていた。


  「お嬢ちゃん、この剣を入れていた袋のような物はないかい?」


  僕は、捨てずに持っていた紫色の布をベルのザックから取り出した。ガチンコさんは、その袋も調べ始め、光を当てたり、虫眼鏡で表や裏を繰り返し見て、大きくため息を付いた。


  「この布には、魔力を遮断する力が込められている。きっと、この剣から漏れる魔力を封じていたんじゃろ。儂は、この布をカバーの内張にした方が良いと思うのじゃが、どうじゃ。」


  「それで良いわ。ちなみに、その布を売るとしたら、幾ら位かしら?」


  「そうじゃな、10センチ角で金貨1枚じゃ。」


  またまた、衝撃の事実。ベルいやお父さん。あなたの息子は、とんでもない金持ちになったようです。


  「ただ、こんな素材じゃと、最低でも1週間は貰いたい。今日は、もう遅いから、明日から1週間じゃ。あと、剣は預かる。寸法合わせしながら作らねばならないからな。」


  剣を預けて店を出ようとしたところ、


  「何、帰ろうとしているのよ。君の服を選ばなければならないでしょ!」


  と言って、無理やり冒険服売り場の方へ連れて行かれた。冒険服とは、色々な糸を使って織られた布地で作られた服で、素材によって色々な効果があるらしい。


  僕は、今、着ている麻と綿の混紡の作業服が一番気に入っているので、新しい服なんか買う必要がないと思っていた。でも、敢えてシェルさんに反対することは、僕にはとても出来なかった。


  シェルさんは、ピンク色のシャツと、紺色のオーバーオールズボン、それに緑色のチェック柄の丈の極端に短い上着を選んだ。


  特殊効果はそんなに無く、刃物では切れにくいアラミ●という素材が入っているらしい。最も、その他の効果の入った服は、子供用のサイズがないので特注になってしまうそうだ。


  あと、子供用の緑色のハンター帽を買った。これは、オシャレ用で、シェルさんの好みだそうだ。左横に綺麗な羽根飾りを付けて貰ったが、これはサービスということだった。帽子を買う時に、頭周りを測って貰ったのだが、店員さんが、頭の両横に手を触れながら、


  「最近、頭をぶつけました?頭に小さなコブが出来ていますよ。」


  と言われた。僕は、全く記憶がないので黙っていると、シェルさんが


  「どれどれ。」


  と言って、僕の髪の中に手を入れて調べ始めた。ちょうど頭の横の出っ張ったところに、シェルさんの手が触れた時、すごく変な気持ちになってしまった。目の中に星がチカチカして、周りの色が金色っぽくなったような気がしたのだ。


  「大丈夫みたいね。こいつ、石頭だから。」


  ついに『こいつ』になってしまった。まあ、良いけど。ということで、頭のコブはスルーされてしまった。


  帽子を被って、鏡の前に立ってみると、そこには見たことも無いような女の子が立っていた。ハッシュ村には、村長の家と教会にしか鏡がなかったので、自分の顔かたちなど、あまり見たことは無かった。こうやって見ると、大人のみんなが「女の子』と見間違えるのも仕方がないと自分でも思ってしまう。少し悲しい。


  帽子を被っても、シェルさんよりも背が低いままだった。帽子を被らないと10センチ以上の差があるみたいだ。靴の踵の中に、何か入れたくなった事は、内緒にしておこう。

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