第6話 エクレア市冒険者ギルド

(9月1日の夜です。)

  旅の初日の宿泊先は、隣村のアント村である。人口はハッシュ村と大差無いが、大きく違うところが一つある。それは宿泊できる施設、つまり旅館があるのだ。旅館名は『蟻の塚亭』。ハッシュ村にはない2階建ての建物で、1階部分に食堂と事務室、それに従業員の住居区画があり、客室は全て2階となっている。


  宿泊料金は食事別で一人部屋が大銅貨8枚、二人部屋ダブルベッドが銀貨1枚、二人部屋ツインベッドが銀貨1枚大銅貨4枚となっている。僕達が泊まるのは1人部屋が2部屋か、ツイン部屋1部屋とする予定だった。でも、シェルさんが暫く考えたあと、


  「やっぱりダブルにして下さい。」


  とお願いしていた。


  僕は、シェルさんの方を見ながら顔が赤くなるのを感じた。未だ男女の営みがどういうものか良く知らない僕であったが、1つのベッドに若い男女2人が一緒に寝るのは、きっといけない事だと思ったのだ。


  旅館の従業員は、こんな小さな男の子に、何をするつもりなんだと、批難するような眼をシェルに向けながら、鍵をシェルさんに渡した。このカップル、年上の方はエルフだし、男の子の方は、女の子と間違うほどの美形少年なので、絶対に姉弟ではないと思ったからだ。男の子の方は顔を真っ赤にして、エルフの後に付いて行ったが、端から見ても意地らしいくらいに、素直な子に見えるのだった。


  部屋は、道路に面した南部屋で、はるか南にマキンロウ山脈が見える見晴らしの良い部屋だった。僕は部屋に入るなり、なぜダブルの部屋を予約したのか聞きたかったが、少し長い文章になるので、諦めて要点だけを言うことにした。


  「ここ、ベッド1つ。」


  僕が、何を言いたいか直ぐに理解したのか、シェルさんは、僕に説明した。


 「ダブルが、一番コスパが良いの。お1人様、大銅貨5枚で泊まれるのよ。これを利用しない奴は、お金の価値を知らないとしか言いようが無いわ。」


  僕はコスパとは何か知らないが、シェルさんのケチ臭さを実感したのである。お金は、今、使いきれないほどあるし、稼ごうと思えば薬草を採集して簡単に稼ぐことができるのに、今さら何を言っているんだろうと思ってしまう。


  きっと今夜も床で寝るんだろうな。これで2夜連続かと思ったのだった。でも文句を言える立場ではない。僕一人では絶対に部屋を予約できる訳無いからだ。


  「さあ、ゴロタ君、食事まで時間があるからお風呂入ってきなさいよ。私は部屋でシャワーを浴びているから。」


  と言って、僕を部屋から追い出した。


  この旅館には女性用の大浴場もあるのだが、シェルさんは他の女性とお風呂に入るのは嫌いなようだ。自分の体の色々な部分が未発達なところを、同じ女性に見られるのは我慢ができなかったからだが、そんなことを僕は当然知らなかった。


  僕が出て行ってから、シェルさんは窓のカーテンを閉じ、部屋で上着やキュロットを脱いで、シャワーを浴びる準備をした。下着もベッドの上に脱ぎすぎてからシャワー室の扉を開けた。ここのシャワーはお湯が出るので嬉しい。大抵の旅館は水シャワーだからだ。


  シェルさんはシャワーを浴び始めたが大切なことを忘れていた。そう、部屋のドアの鍵を締めることを。


  シェルさんは、シャワーを浴び終えてから、火照った体を冷ますため、簡単に体を拭いた後でベッドの上に大の字になって横たわった。『郷』の家では婆やがうるさくて絶対にできないことだったが、ここでは誰にも注意されない。


  「ふう、気持ちいい。」


  火照った体が冷えていくときの、清涼感を堪能したら何だか眠くなって来た。


  「いけない。起きなくっちゃ。」


  そう思っている内に意識が飛んでしまい、ハッ気が付いた時には、体の上にタオルケットがかかっており、薄暗くなった部屋には誰もいなかった。


  慌てて服を着て廊下に出て見たら、階段の踊り場にあるソファに座っている僕を見つけた。何があったのか、すぐ理解したシェルさんは、僕に会ってから2回目の


 「見たなあ!」


  しかし、今回は大して恥ずかしくなかった。何故なら、自分が寝ていて見られたことの意識がなかったからだ。


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  さっき、僕がお風呂を上がって、部屋に戻ってみると、部屋の鍵はかかっていなかった。部屋に入って見ると、シェルさんが全裸で、大の字になって寝ていたのだ。さすがに僕の位置からは、シェルさんを横から見ている形になるので、大事なところは全然見えない。でも、シェルさんのまっ平らな胸は、ちゃんと見えていた。


  僕は入り口ドア脇のクローゼットからタオルケットを出し、自分の顔の前で大きく広げてベッドに近づいて行った。眼を瞑ったままで、シェルさんが寝ていると思われる場所に、タオルケットを掛けてやったのだ。僅かに眼を開けると、ちゃんと大事な部分に掛かっていたので、シェルさんに触れないように、胸の上までかけ直してから部屋を出たのだ。夕食の時間まで、階段の踊り場にあるソファに座っていることにした。勿論、部屋の鍵は外から掛けておいた。


  その日の夕食は、地元特産の川魚料理とフルーツのパイであった。僕は恥ずかしさの余り、ゆっくり味わうことが出来なかった。それに対してシェルさんは、何事も無かったようにモリモリ食べ続けていた。店の給仕が地元産のワインを勧めてきた。僕は水で十分だったのに、シェルさんはボトルで貰い、一人で飲み続けていた。僕は、まだ14歳だからお酒は飲めない。でも、お酒を飲み過ぎたらいけないことは知っていた。ハッシュ村でお酒に酔った人を何人も見ていたからだ。


  僕が、『そんなに飲んだら、具合が悪くなるのに。』と心配していたら、案の定、飲み過ぎたようで、最後は呂律も回らず、歩くことも出来なくなっていた。


  仕方がないので、片側から肩を入れ、ほとんど持ち上げる感じでシェルさんを浮かせたまま、2階の部屋に戻ることになってしまった。


  それからも大変だった。シェルさんの上着とキュロットを脱がせ、下着は余り見ないようにして、旅館備え付けの寝巻きに着替えさせてから、毛布を掛けてやったのだ。


  シェルさんがベッドの真ん中で大の字になって寝てしまったので、予想通り、僕は床で寝ることになったのである。


  翌朝、食堂からの記憶が飛んでいるシェルさんであったが、寝巻きを着ていることから、案外、しっかりしていたんだなと、自分を誉めるシェルさんであった。


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  2日目の旅は、ゴブリンの群れに襲われたが、ゴブリン程度、護衛隊の敵ではなく、あっという間に殲滅したので、僕達の出番はなかった。それどころかシェルさんは、二日酔いで気分が悪いのか、護衛隊が戦闘中も僕の肩にもたれ掛かったまま、一度も起きなかったことから、職人の奥さんに呆れられていたのは、僕だけが知っている秘密であった。


  そして何事もなく残りの旅を終え、9月4日、ついに領都であるエクレア市に到着した。


  エクレア市の入り口は、馬車がそのまま通れるような大きな門が二つあり、一つは鉄枠の門で、大勢の人が並んでいる。もう一つの門は、鉄枠に青銅の飾りが付いており、所々ではあるが金色の飾りも見える豪華な門で王族、貴族と高額納税の平民専用となっているそうだ。


  当然に、僕達は一般平民用の門の列に並ぶ。僕にとっては重くはないが、他から見たら、きっと吃驚するくらいの大きな荷物を背負いながら、唇を噛んでジッと我慢していた。大勢の人の中にいて皆から見られているのが嫌だったのだ。


  本当に、他人が自分を見る視線が怖いので、シェルさんの手の指を、ギュッとつまむように握った。


  そんな僕の方をチラチラと覗き見るように見ている男がいた。


  脂ぎった顔の中年男性で、大分前から、その男の視線を感じていた僕だったが、無視することにしていた。しかし、その男はニヤニヤしながら僕に近づいて来た。


  「お嬢ちゃん、並ぶの大変だね。この調子だといつ中に入れるか分からないよ。おじさんねえ、門番の人達と仲がいいんだ。そっと入れてあげるから、おじさんに付いて来な。」


  と、僕にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。この男、何を言っているのかと思ったが、じっと我慢していた。怖いのと恥ずかしいのがグチャグチャになって、なぜか涙がポロポロとこぼれてきた。それに気が付いたシェルさんが


  「ちょっと、うちの可愛い弟に何するのよ。可哀そうに、こんなに泣いているじゃない。衛士を呼ぶわよ。」


  と、辺り中に聞こえるような大きな声で叫び始めた。その男は、吃驚して


  「俺は何もしていないじゃないか。そもそも、この子は男の子なのか?」


  と言って逃げ出そうとしたが、シェルさんが男の腕を逆に取り


  「逃げようたって駄目よ。ちょっと誰か、衛士を呼んでください。」


  と、さらに大きな声で叫んだ。まもなく駆け付けた3人の衛士により男は捕縛され、詰め所まで連行されて行った。


  1人の衛士が、僕に対し優しい口調で


  「お嬢ちゃん怖かったね。もう大丈夫だよ。お嬢ちゃんから詳しい話を聞きたいので、ちょっと詰め所まで来てくれるかな。」


  と言われた。僕は、『詰め所』という言葉に激しく動揺してしまった。僕にとって『詰め所』は、悪いことをした人が連れていかれるところで、必ず牢屋に入らなければいけない場所であると聞いたことがある。ハッシュ村にも小さいが門番さんのいる詰め所があった。僕は、このまま牢屋に入れられるのかと思い、本格的に涙が流れてきた。


  ヒクヒク声をしゃくりながら泣き続ける僕に対し、衛士は困ってしまって、シェルさんに助けを求めた。シェルさんは、僕の肩をポンポン叩きながら、


  「ゴロタ君、大丈夫よ。悪いことをしていなければ、詰め所に行ってもすぐ帰してくれるから。」


  と、慰めながら、詰め所に向かうことになった。詰め所では、簡単な事情聴取をされたが、僕が男の子であること、もうすぐ15歳になることを話したら、衛士の人達が吃驚した様子に、シェルさんが、つい笑いをこぼしてしまった。


  衛士さんの話では、あの男は、行列に並んでいる可愛い女の子を言葉巧みにだまして、塀の陰などに連れ込み卑猥な悪戯をする常習犯で、今回捕まったのが3回目だそうである。軽微犯罪も3回目ともなると奴隷落ち間違いなしだろう。


  事情聴取はすぐに終わり、『もう中に入ってもいいよ」と言われて、詰所の城内側の出口から出して貰った。2時間以上並ぶ時間を節約できたことになる。


  場内に入ったところで、シェルさんはすぐに冒険者ギルドに向かった。もう夕方なのに、何か用事があるのかなと思って、黙ってついて行ったが、途中はぐれると絶対に迷子になってしまうので、シェルさんの左腕をしっかりと握って離さない僕だった。


  冒険者ギルド前には、小さな、と言っても、見た目には僕よりも大きい子が、大勢、屯していた。殆どの子が、自分の身体よりも大きな荷物を持っていたり、担いでいた。


  「あの子達は、ポーターと言って、冒険者の荷物を持ったり、道案内をしてお金を貰っているの。この時間だと、中に入っている契約相手が出て来るのを待っているのね。」


  僕は、『荷物を持つだけで、お金を貰えるんなら、僕もシェルさんから貰いたいのに。』と、思ったが、言ってはいけないと、すぐ思い直した。


  冒険者ギルドの中は、夕方の時間のため、非常に混雑していたが、新規登録窓口カウンターには人が並んでいなかった。シェルさんがそこに行って、女性の係員に声をかけようとしたところ


  「いらっしゃいませ。ようこそエクレア市冒険者ギルドへ。私はへレナと申します。本日はどのようなご用件でしょうか。」


  と先に声をかけられてしまった。ヘレナさんは、年齢30歳くらいのいかにも仕事できますタイプで、女性には珍しくモノクルをかけており、より一層理知的な印象を与えるのであった。


  「この子、冒険者登録したいんだけど。」


  と僕を前に押し出そうとするが、背負っている荷物が大きくて、うまく前に押し出せない。


  「ちょっと、一旦荷物を置きなさいよ。」


  叱られた僕は、『この荷物はシェルさんのじゃないか!』と抗議したかったが、黙って部屋の隅の方に行って、荷物を降ろしてから戻ってきた。


  怖そうなヘレナさんの前でじっと立っていると、しびれを切らしたのか


  「それでは、あなたが冒険者登録をしたいわけですね。」


  と質問された。僕は、『冒険者登録、なんだそれは。そんなこと頼んだ覚えなんかないぞ。』と思ったが、ここで拒否するとシェルさんに何をされるか分からないので、小さな声で


  「はい。」


  と、小さく答えた。


  「15歳未満の子は、冒険者登録が出来ません。15歳になってから来てください。」


  「いえ、この子は15歳になっているはずですが。」


  「それでは、この用紙に必要事項をお書きください。字は書けますか?」


  と聞かれたので、大きく頷いた。ヘレナさんが差し出した羽ペンで、羊皮紙でできた書類に必要事項を書き込んでいく。書類の中に家族の種族欄があり、両親と自分が人間族だと思って、そう書くと、ヘレナさんが、ジッとモノクル越しに僕を見て、少し首をかしげて、書き終えた書類を受け取り点検を始めた。そして年齢欄に『14歳』と書いていたので、


  「坊ちゃん、本当に14歳ですか。10歳位にしか見えませんが。それに、生年月日欄が空欄となっていますが、自分の生年月日を知らないんですか?そもそも、14歳では、登録できませんよ。」


  と質問攻めにあってしまった。自分の生年月日は、9月の何日かだった気がしたが、よく覚えていない。それで、どう答えていいのかわからずに、じっとしていたら、ほんの少し、涙がにじんできた。涙が零れないように少し上を向いていたらシェルさんが助け舟を出してくれた。


  「この子は、ずっと一人暮らしだったので、自分の誕生日をハッキリとは覚えていないみたいなの。どっちみち能力検査をすれば、すべてが分るんでしょ。」


  といったので、ヘレナさんは頷きながら、見たこともない機械を机の引き出しから取り出してきた。


  「それではあなたの能力を検査しますので、この機械に手を差し出して置いてください。」


  と言われたので、僕は言われるとおりに手を差し出した。機械が動き始めると、手の指がチクンと何かに刺されたので、思わず手を引っ込めてしまった。


  「はい、結構です。これから能力が映し出されますので、しばらくお待ちください。」


  と言って水晶の板をカウンタの上に置いた。仕組みはわからないが、水晶板が青く光りはじめ、その中に白い文字が浮かびあがってきた。


******************************************

【ユニーク情報】

名前:僕

種族:????

生年月日:王国歴2005年9月3日(15歳)

性別:男

父の種族:魔族

母の種族:妖精|(シルフ)族

職業:無職

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【能力情報】

レベル     3

体力   4500

魔力  12300

スキル  6700

攻撃力  6300

防御力  9800

俊敏性  7200

魔法適性   不明

固有スキル

【威嚇】【念話×】【持久】【跳躍】【瞬動】

【探知】【遠見×】【暗視×】【嗅覚】

【聴覚】【熱感知×】

【雷撃×】【火炎×】【氷結×】【錬成】

【召喚×】【治癒×】【復元×】【飛翔×】

【??】【??】【??】【??】

【??】【??】【??】【??】

習得魔術 なし

習得武技 なし

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  映し出された能力を見て、ヘレナさんは息を飲み込んだ。今まで見たことのないような能力値とスキルの数だったのである。脂汗を流しながら、慌てた様子で


  「少しお待ちください。ギルドマスターに相談してまいります。」


  と言って、小走りに奥の方へ入っていった。


  「はあ、なんか変だなと思ったら、あなた人間族じゃないのね。本当に知らなかったの。それにしても何、この能力。チート過ぎるったらありゃしない。このスキル、全部使えるの?」


  と、ジト目で睨まれながら言われてしまった。


  「できない。」


  と小さな声で言ったが、シェルさんはよく聞こえなかったのか


  「はあ?」


  とすごく怒っているような様子で聞き直してきた。もう、怖くなってきたので黙っていると、


  「あなたねえ、これだけのスキルと能力があるんだったら王国だって滅ぼせるわよ。私の能力カード見てみなさい。」


   と言って右手に持った自分の能力カードに魔力を流し込んだ。


******************************************

【ユニーク情報】

名前:シェルナブール・アスコット

種族:ハイ・エルフ

生年月日:王国歴2005年4月23日(15歳)

性別:女

父の種族:エルフ族

母の種族:ハイ・エルフ族

職業:王族 冒険者ランク『D』

******************************************

【能力】

レベル     6

体力     30

魔力     70

スキル    36

攻撃力    20

防御力    18

俊敏性    10

魔法適性    風

固有スキル

【治癒】【能力強化】【遠距離射撃】【誘導射撃】

習得魔術  ウインド・カッター 

習得武技  なし

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  これはまた、見事に平均以下の能力である。一部固有スキルに特殊なものがあるが、後は平凡そのものの値である。ただ、母親の種族欄に「ハイ・エルフ」とあり、職業欄に「王族」と記載されていることに吃驚した。


   「王族って?」


  と小さな声で聞くと


  「ああ、ママがハイ・エルフで王族の一員だったの。私はそれが嫌で冒険者になったのよ。」


  と言った。


  「王族、王族、王族。」


  とブツブツ言っていると、突然、シェルさんに後頭部を殴られた。別に痛くなかったが、痛い振りをしないとさらに殴られそうだったので、痛い振りをしていたら自然に涙目になってしまった。


   『いけない。涙目症候群かも知れない。』


 と思い、右腕で涙を拭き取った。

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