第5話 宝剣と駅馬車強盗団

(9月1日、旅立ちの日です。)

  村の朝は早い。しかし、さすがに夜明け前となると動き回る人たちもそんなに多くない。


  ここは、村の停車場、今日は領都のエクレア市に向けての駅馬車が出発する日であった。


  これだけ辺境になると、領都に向かう駅馬車が毎日出ると言うことはなく、3日に1度、村々を回る巡回駅馬車が村に立ち寄ってくれるのだ。従って、コースも一直線という訳にはいかず、あっちの村、こっちの村とジグザクに進みながら領都を目指すことになる。


  僕達が乗る駅馬車もそんな馬車である。馬車は8人乗りで、馬4頭で引いている。御者と警乗者は馬車の前の御者席に乗るので、都合10人乗りの馬車というわけだ。馬4頭では、かなりきついので、時速15キロ位しか速度が出ない。


  乗客は、僕達のほかに、隣村まで行く商人1人と、領都まで行く夫婦連れの職人が2人の計5名である。


  途中で乗り込む乗客もいるだろうが、領都近くの村になると、領都との往復便もあるので、隣村で誰も乗らなければ、ほとんど今乗っている乗客だけとなる可能性が高いのである。


  この馬車のほかに警護隊の人達が乗る馬車が1台ある。


  警護隊は6名編成で、こちらの馬車の御者台に乗っている人の1名、あと空きがあれば車内に1名乗るので、後ろの馬車には4名の警護隊が乗車するわけである。警護隊の馬車も4頭立てとなっている。


  馬車代は、領都まで一人銀貨5枚になる。途中の宿泊と食事は、別途、乗客持ちとなるので、領都までは銀貨10枚程度はかかるようである。


  僕達は、進行方向に背中を向けて座った。本当は、進行方向に向かって座りたかったが、シェルさんは見たところ15歳程度のエルフ、僕に至っては10歳程度の人間の女の子に見えるのだから仕方がない。長幼の序である。


  同乗の警護隊の人は、がっしりした体の30歳代の男の人で、以前は王国騎士団に所属していた人だそうである。しかし、両親の面倒を見なければならないため、騎士団をやめて田舎に帰り、今は駅馬車の警護隊長をしているそうだ。


  名前をダンヒルさんといい、話してみると、すごく真面目そうな人だということが分かった。僕は、軽く会釈をしただけで、話の相手をするのは当然にシェルさんということになるのだが、僕はダンヒル隊長の視線が、右腰に下げている短剣ばかり見ていることが気になった。


  しかし、自分から『何ですか?』と聞くなど、絶対にできないので、居心地の悪さを我慢してジッとしていると、


  「お嬢さん、その短剣を見せてくれないか?」


と話しかけてきた。


  見せるだけならいいだろうと思い、短剣をベルトから外してダンカン隊長に渡すと、隊長は、まず柄と鞘を熱心に見ていた。特に銀色の部分には爪を立てたり、日光を反射させたりとしていたが、いよいよ鞘から刀身を抜くことになり、スラリと短剣を抜いた。


  最初、ちょっと吃驚した顔をしたが、刀身を日の光に当てて、反射した光を車内の壁に当ててみて、目を大きく見開いてしまった。直ぐに剣を鞘に納めてから、隊長は僕に対し


  「お嬢さん、この短剣はどうやって手にいれたのですか?また、この短剣がどういうものかご存じですか?」


  と聞いてきた。僕は、この短剣は父の遺品であり、短剣の由来がどうなのかは知らないと答えたかったが、初めて会う怖そうな隊長さんと話などできる訳なく、じっと黙っていた。


  そのうち涙がにじんで来てしまった。それを見た隊長さんは驚いて、短剣を僕に返し、


  「ごめんな、別に脅かすつもりはなかったんだ。この短剣がすごいものなので、そのことを知っているかなと思って聞いただけなんだ。」


  と謝ってくれた。それを聞いていたシェルさんが


  「この短剣は、この子のお父様から譲り受けたものなのよ。でも、使ったことがないから、どんな剣なのかゴロタ君もわからないらしいの。良かったら教えていただけませんか。」


と、隊長さんにお願いした。


  隊長は、シェルさんが「ゴロタ君」と男性呼称で呼んだことで、この小さな女の子が、実は男の子だということを初めて知った。また何でこんな小さな男の子がこんな立派な短剣を持っているのか不思議に思いながら


  「この短剣は、今は失われた技術で作られたもののようです。刀身は、緋緋色金という伝説の金属で出来ており、彫られている文字はルーン文字、きっと魔法文だと思います。このように硬い刃体に文字を彫る技術はわが国にはない者です。」


  「また、柄に巻かれている赤い革は、遠い北海に生息すると言われている一角鮫の表皮をなめしたもの、柄頭にはめ込まれている石は、魔法貫通力を高めると言われている魔翠石でしょう。」


  「そして鞘の材質は伝説の魔獣アダマンタイト・タートルの甲羅から削りだしたもので、全体に飾られている銀色の金属は、白金かミスリル銀と思われます。」


 「このような剣は、王宮宝物殿にも無いと思われます。失礼ながら、どう見ても王侯貴族のようには見えませんが、このような宝剣をどうやって手に入れたのか教えていただきたいと思ったのです。」


  これを聞いていた同行の商人が、


  「隊長はん、ほなら、このお宝を売るとしたらどれくらいの価値になるんでっしゃろ?」


  と聞いてきた。隊長さんは、少し考えてから


  「おそらく大金貨50枚以上、いや100枚位はするかと思われます。」


  といったので、車内は一瞬シーンとしてしまった。僕だけは、何を言ってるのか理解できなかったが、


  「えー、そら、えらい、ごっつうもんですなあ。」


  「坊や、そんな宝剣、普通に付けていちゃ危ないよ。護身用に使うのなら、もっと安いので十分なはずだから。」


  と隊長は諭してくれた。隊長は、僕が普通の少年であると思い、そんな少年が使う護身用の剣などは玩具程度のもので十分と考えたのである。しかし、僕はこの剣を使おうと思って下げているのではなく、しまうところがないので仕方なく腰に差しているだけなのである。


  ちょうどシェルさんが


  「隊長、ありがとうござました。でもしまう場所がないので王都に着くまではこのまま佩刀しておきますわ。」


  と微笑みながら答えた。隊長やほかの乗客達は、さっきからこの女性冒険者ばかり話しており、粗末な作業服を着た少年が一言もしゃべらずに下を向きっぱなしなことに違和感を持ったが、それ以上、追求するのも失礼に当たると思って黙っていることにした。それにしてもこの男の子はなんて泣き虫なんだと、シェルさん以外の全員が思ったことを僕は知らなかった。


  お昼休憩の後も馬車は隣村に向けて進み続け、森の中から開けた場所に近づいたとき、僕は顔を上げてシェルさんの方を見つめた。小さな声で、


  「だれかいる。危険。」


  とだけ言って、窓の外の方を見ている僕を見て、シェルさんは危険が迫ってきているのだとピンと来た。


  「隊長、馬車を止めてください。盗賊が潜んでいます。」


  「え、どうしてわかるんだ。窓の外には誰もいないようだよ。」


  「ゴロタ君は、勘がいいんです。まもなく盗賊が襲ってきます。」


  そういうシェルさんの真剣な眼差しに、隊長もふと不安になり、


  「馬車を止めろ。護衛団、全員降車。」


  と大声で叫んで馬車から飛び降りた。


  その時、ヒュンという風切音とともに、馬車の横っ腹に矢が突き刺さった。


    「敵襲。」


  と大声で叫ぶ隊長の声が響き渡る中、前方から槍や刀を持った男達が15人ほど近づいてきた。


  こちらは護衛団6人、後は戦力になりそうにない女の子の冒険者と、もっと小さな男の子、そして職人夫婦と商人の非戦闘員である。


  馬車の外では、6対15の混戦となっていたが、いかに技量に優れていようと多勢に無勢、段々と護衛団員の中に戦闘不能者が増えてきて、最後は隊長だけが戦っている状況になってしまったようだ。


  「ゴロタ君、助けてあげて。でも殺さないでね。気持ち悪いから。」


  と、いつもと変わらない高飛車な物言いで僕に命令するシェルさん、このままではみんな殺されてしまうと思い僕は馬車を降りた。


  すぐに馬車の扉が閉められ、中からカギをかける音がした。僕は、戦況を確認したところ、隊長以外の護衛団の人達はすべて倒れていたが、まだ生きているようだ。盗賊団を見てみると、離れたところで偉そうにしている男がおり、どうやらそいつが首領のようだ。人を殴って、なんか気持ちの悪いものが手に付くのも嫌だったので、先ほど「宝剣」と言われた短剣を鞘ごとのまま、左手で持ち、盗賊団の首領の方に走っていった。


それに気付いた隊長が、


    「バカ、やめろ。」


  と叫んだが、すでに遅かった。僕は、首領の前まで全速力で近づき、首領の左脇を通り過ぎざま、首領の左腕の上からわき腹を短剣の鞘で思い切りたたきつけた。


    ボキッ


  という鈍い音とともに、首領は右後ろに吹っ飛びゴロゴロと転がったが、左腕が変な方向に曲がっていて、首領は右手でわき腹を抑えてうめいていた。


  次に、僕は隊長のそばに走り寄り、隊長を小脇に抱えて、盗賊の囲みのなかから救い出して、馬車の傍まで戻り、隊長を開放した。


  あとは、怪我をして倒れている隊員を一人一人救おうとしたのだが、面倒くさかったので、両脇にぶら下げて、盗賊どもの間をすり抜けて馬車の方まで逃げてきて、隊長の後ろにそっと寝かした。次の隊員を助けに行く途中、盗賊の3~4人のお腹を短剣の鞘で突いてやった。鞘のままでも、あまり力を入れるとお肉の中に入ってしまいそうなので、力を加減しながらだったが。


  そうしているうちに、なんか、首領が死にそうになっているのを見て、盗賊団の戦意が失われたようで、二人がかりで怪我人を抱えながら森の奥の方に逃げて行ってしまった。


  後に残された隊長は、信じられないものを見たという顔をして、僕の方をまじまじと見ていた。そしてすぐにハッと気が付いて、ポーションを怪我をした隊員達に飲ませ始めた。


  僕もザックの中から薬草を出し、今度は唾ではなく、飲料水に浸してから揉みほぐして怪我をしている場所に塗り込めたのである。僕の薬草は、僕の『錬成』(僕はそれがなんであるか知らなかったが、イメージした通りの効果が出せる不思議な力だ。)により効果が高められており、塗ると同時にみるみるうちに怪我の個所が直っていくのであった。隊長は、そんな塗薬など見たことも聞いたこともないため、じっと僕のやっていることを注視していたが、ふとシェルさんに


  「あの子は誰なんだ。というか何故あんな薬を作れるのだ。」


  と聞いたのだが、シェルさんの答えは


  「うん。ゴロタ君だから。」


  と答えるだけであった。


  僕は、注目されるのが非常に嫌だった。注目された後は、必ず話しかけられるし、それに答えないと、きっと怒りだすに決まっているからだ。だから、馬車の中には戻りたくなかった。この馬車の速度なら1日中でも後を付いていくことができそうだったので、シェルさんを手招きで呼び寄せた。


  「なあに、ゴロタ君。」


  シェルさんの鼻穴が拡がっていた。きっと、僕の活躍を自慢したかったのだろう。しかし、僕の提案は


  「僕、外を走る。馬車の中に戻るの絶対イヤ。隊長さん怖いし。」


  であった。珍しく、文章で気持ちを伝えることができた。しかし、その提案は、とても非常識であった。馬車は平均15キロの速度で走る。その馬車に走って付いてくるなんて、絶対に不可能だ。というか、お馬さんに失礼というものだ。しかし、僕の気持ちを考えると無碍にもできない。そこで、シェルさんが隊長に事情を説明し、絶対にさっきのことについて質問しないことを約束させて、ようやく僕を馬車に乗せることができたのであった。

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