第4話 偽りの婚約と残念な人達

  シェルさんを『お姫様抱っこ』しながら歩き始めて30分位したところで、突然、左手のブッシュから狼が飛び出てきた。僕は、100m以上手前で気が付いていたが、魔物程の脅威を感じなかったので、そのまま歩き続けていたのである。


  全部で6頭だ。真ん中辺にいる少し大きめの狼から、強めの闘気が感じられたので、おそらく、この群のボスなのだろう。


  狼達は、僕が平然としているので、ちょっと勝手が違うように感じたのか、すぐに飛びかかろうとはしないでいた。奴らは、低く唸り声を上げながら、ジリジリと僕達の方に近づいていた。シェルさんは、細かく震えながらも、僕の右腰に差している自分のロングソードを抜こうとしたが、僕の否定の目線を感じて、手を引っ込めた。しかしながら、『抱っこ』そのものをやめる気は無いみたいで、右手はしっかりと僕の首に回したままだった。


 僕としては、素早く降りて、自分の後ろ側にでも隠れて貰った方が、とても楽だし、安心なのだが、それを言ったところで、言うことを聞きそうも無いようなので、黙って抱っこし続けていた。


  ボス狼と視線が合ったので、『睨み合い』を発展させた『威嚇』の技を使うことにした。この技は最近覚えた技だ。体の中心にある何かを練り上げて、身体中が温かくなったら、その何かを、相手にぶつけるように放射するのだ。


  最初の頃は、手の先から放射する感じだったが、最近では相手を見ているだけで、何かが相手に伝わるみたいで、一切の動作は不要となっている。今も、その何かを放射しようと思った瞬間、


    「キャッ!」


  とシェルさんが小さな悲鳴をあげた。それと同時にボス狼が脱兎 (脱狼?)のごとく尻尾を下に挟みながら逃げ出したのである。それに続いて、他の狼たちも、ボス狼の後に続いて逃げ出してしまった。


  「ゴロタ君、一体何をしたの?今、とても怖い何かを感じて身体中の力が抜けそうになったの。落ちそうになったので、思わず悲鳴が出てしまったのよ。あの技は何の技なの?」


  僕が、その質問に的確に答えられるようだったら、コミュ障卒業となるのであろうが、14年以上の実績を誇る僕である。当然のように、何も答えず右側に顔を向ける。


  まあ、左に顔を向けたら左顔面に迫っているシェルさんと、人生の初キッスをしてしまうので、絶対に左を向けない僕であった。


  それからは何事もなく村の近くまで行くことができた。


  衛士の番所から見えない場所でシェルさんを降ろしたが、残念そうなシェルさんの顔は、見なかったことにしよう。


  シェルさんの足は未だ痛そうだったので、片手を貸してシェルさんを支えながら番所に近づいた。他人から見ると、仲良く手を繋いで、歩いて来るように見えたのだろう。その証拠に、僕と顔馴染みとなっている衛士さんは、目を大きく見開き、口をあんぐりと開けて、僕達が近づくのを見つめていた。僕は、いつものように頭をペコリと下げて村に入ろうとしたが、シェルさんは違っていた。


  「こんにちは。衛士の方。私はシェルと申します。村長さん達に会いに来ました。」


  と、ニッコリ微笑みながら用件を告げたのである。慌てた衛士さんが、大声で叫びながら、村長の家の方に走って行った。


  「大変だーーーー! ゴロタが、嫁を連れて来たぞ!」


  その声を聞いて、村の奥さん連中が皆、家から出て来た。流石に男連中は仕事に出かけているので、圧倒的に女性が多いのは、仕方のないことであった。僕は、大きな荷物を背負い、シェルと手を繋ぎながら村の中を村長の家の方向に歩いて行った。


  家から出てきた人達の生暖かい視線を感じながら、これ以上、下を向くと前に歩くことができなくなるまで下を向いて歩いていた。シェルさんは、そんな僕の気持ちなど完全に無視して、左右に愛想笑いを振り向けながら歩いている。僕は、『足が痛いんじゃないんかい(怒)!』と思いながらも黙って歩く僕であった。


  村長の家に着くと、すでに知らせを受けたシスターと村長が、家の前に並んで立っていた。いつものように無言で頭をペコリと下げる僕と、ニコニコ笑いながら、二人の方に近づくシェル。この期に及んでも手を放そうとしない。


  「初めまして。私は『D』ランク冒険者のシェルナブール・アスコットと申します。本日は、ゴロタさんのことで、お二人にお願いがあって参りました。」


  と挨拶し、初めて僕の手を放して、履いていないスカートの両脇を持ち上げるような素振りで、綺麗なカーテシのお辞儀をした。その様子に一番ビックリしたのは、僕であった。この残念な女の子の名前が、姓のついている貴族風のものであることと、お辞儀の作法が見たことの無いものだったからだ。


  驚いたのは、村長達も同様で、慌てて


  「儂は、このハッシュ村の村長をしているジークじゃ。このシスターは、聖恵世教会のシスター・アリエールじゃ。よろしくな。まあ、立ち話もなんじゃから家の中に入らんか。」


  と言って、皆を家の中に案内してくれた。僕は、村長の家の玄関口までしか入ったことがなく、平素、村の事務も、玄関脇の土間でやっているので、家の奥まで入るのはこの時が初めてであった。


  案内された部屋は客間らしく、古めかしい大きな革張りのソファと分厚い板のテーブルがあり、僕たちは長い方のソファに、二人並んで座った。村長は、右側の1人用の肘掛ソファーに、シスターは、僕達の向かい側にある1人掛けソファーに腰掛けた。


  「儂とシスター・アリエールは、ゴロタが一人ぼっちになってしまってから、共同保護責任者をしておるのじゃが、まさかゴロタがこんな可愛い嫁さんを見つけてくるなんて、思いもしなかったわい。」


  「ええ、アスコットさんもご存じでしょうが、ゴロタちゃん、人と会話することが苦手なようで。それで、あんな遠い森の入り口の家に、独りで住んでいるでしょう。このままでは、絶対に結婚なんかできないと思っていたの。それが、今日、突然にお嫁さんを連れてくるなんて。ゴロタちゃんもやるときはやるのね。」


  ニコニコと2人を見比べていた。


  思わぬ展開に、僕はどうしていいかわからず、大きな声で


  「違います。この女の子とだけは結婚したくありません。」


  と言いたかったが、言おうと思えば思うほど、心臓がドキドキして、視界が狭くなってしまう僕であった。



  不味い。このまま、誤解されたままだったら、王都の向こう側、シェルさんの『郷(さと)』という所まで、行かなければならなくなってしまう。そうすると、また見も知らない人たちに囲まれて暮らしていかなければならない。


  そう考えると、悲しさと、はっきりモノを言えない自分自身の悔しさでジワッと涙が溢れて来るのだった。


  それに気づいたシスターが、


  「まあまあ、ゴロタちゃんったら、あんまり嬉しいものだから泣きたくなってしまったのね。」


  と自分もつられて貰い涙となり、ハンカチを取り出して目に当て始めたのであった。はっきり言って、このシスターも非常に残念な人であった。と、ここでシェルさんが爆弾発言をするのであった。


  「ゴロタ君の保護者である、お二人にお願いがあります。実は、私たちの結婚を認めてもらうために、私の郷であるイースト・フォレスト・ランドまでゴロタ君と一緒に、旅をしなければならないんです。その許可をもらうために、本日お伺いした訳です。」


  これには、僕も吃驚した。村長達二人の誤解は、そのうち何とかなるだろうと、あまり気にしていなかったが、シェルさん本人から結婚したいなど、『僕は聞いてないぞ!』と大声で叫びたかった。


  しかし、当然のようにそんなことはできない僕であった。


  それから、シェルさんと村長達でいろいろな話をした。村長は、僕の両親が死んだこと。僕が今までどうやって暮らしてきたかを話してくれた。


  シェルさんの方は、森の中で、貴重な薬草や鉱石を採取しようとして、失敗したことや、パーティーが魔物に襲われ全滅したこと等を話していた。そこで、僕に助けられ、お互いに好きになってしまったこと。結婚後、どこに住むかは二人でよく相談して決めたいことなどである。


  僕は、シェルさんが『郷』に帰るのに、なぜ自分が、護衛で付くのか理由が分からなかった。それよりも何故、結婚することになってしまったのか。自分としては、あの家でずっと静かに暮らして行きたかったし、いくらシェルさんが可愛いといっても、あの残念な性格では


  『結婚なんかしたくない!!!!!』


  というのが正直な気持ちだった。しかし、そんなことをシェルさんにハッキリ言える位なら、こんな状況になんかなる訳ないのである。


  結局、村を出て東に向かい、旅に出るのは、明日ということになった。村から出る駅馬車に乗って、ひとまず、領都に向かうこととなったのである。領都とは、この土地の領主であるエクレア辺境伯の居城がある街で、名前をサン・ドロア・エクレア市というのが正式らしい。


 領民たちは単にエクレア市と省略して読んでいる。エクレア市までは途中、3つの村で宿泊する3泊4日の行程らしい。勿論、僕は行ったことが無かった。と言うか、このハッシュ村を出たことが無かったのである。駅馬車は、エクレア辺境伯が運営する公共交通機関であり、途中、山賊や魔物から守るために護衛隊が同行することになっている。


  今、シェルさんは、持ち物すべてを持って来ているが、僕は、今日中に家に帰れると思って、何も荷物を持ってきていない。そこで、僕だけ、一旦家に帰り、荷物を持って、また村長の家に戻ることになった。


  本当は、村長の家なんかに泊まりたくはないのだが、明日の駅馬車の出発時刻が、日の出前ということなので、仕方なく泊まることにした。シェルさんに、小声で夕飯前までには戻るからと言ったら、皆が吃驚していた。しかし、僕にとっては、すごく普通のことだったので、皆が驚く理由が分からなかった。


  少し急いで家に向かい、30分後、自宅に戻ってみると、特に持ち出さなければならない物も見つからなかった。父親のベルが残してくれたザックに、洗面道具と着替えと簡単な調理セット、そして薬草類を詰め込んだら、もう終わりであった。


  その時、ふとベルが残してくれた短剣のことを思い出した。リビングの、椅子兼用のスツールの中に入っているのを、ベルが死んだ後に見つけたのである。自分には使い方が分からなかったので、そのまましまいっぱなしにしていた。


  スツールの上蓋を開けてみると、紺色の上等な布に包まれて、その短剣が横たわっていた。布を外してみると、黒色の地色に銀色の透かし彫りの入った飾り付きの鞘と短剣の柄が見えた。


  短剣の柄は赤色のザラザラした革で巻かれており、やはり握りやすいように銀色の金属で手の形に合うような飾りがついていた。


  また、柄の先には緑色の宝石がとり付けれていたが、何の宝石なのかは全く分からなかった。


  剣を抜いてみると、刃渡りおよそ50センチ位で、刀身は少し赤みがかったような鋼でできており、刃体の鎬には見たことのない文字が刻まれていた。


  ベルが死んでから、まったく手入れをせず、しまいっぱなしだった。にも関わらず、刀身はもちろんのこと、柄や鞘にも一点の曇りもなく、銀ならば黒ずんでくる筈なのに、なぜそうならないのか不思議だった。


  まあ、この短剣を使うことはないだろうが、ベルのザックには入らないため、仕方なく右腰に差し込んで持ち歩くことにした。紫色の布もなぜか捨てるのが悪いような気がしてザックに一緒に入れることにした。


  あと、家の四方にある魔物除けの石板だが、そのままでは持って歩けないので、石板にはめ込まれている、綺麗な石だけ、ナイフで外して、同じくザックの中に入れておいた。


  これで終わりである。物心付いた時から、住み続けた家。楽しかったこともあるが、悲しいことが多かったような気がする家。もう、この家に帰ってくることは、ないかも知れないと思うと、少し寂しい気がしたが、この家を出ると、自分が少し変われるような気がして、寂しさを振り払うことができた。


  村長の家に帰ったのは、本当に夕飯前だった。村長の奥様に、今日泊まる部屋に案内してもらうと、なんとシェルさんと同じ部屋だった。しかもベッドも一つしかない。


  その部屋の中で、シェルさんは大きな荷物と格闘していた。


  初めてシェルさんの荷物の中身を確認したが、そのほとんどは衣類であった。しかも冒険とは全く関係なさそうな服ばかりであった。冒険に必要な飯盒とか魔法ランタン、発火石そして最重要な食糧や水などはほとんど入っていなかった。


    『一体、お前はこの服着て何処行くつもりなんじゃ。』


と思う僕であった。勿論、思うだけだった。僕は、シェルさんとともに急いで村長の家を出ると、夕飯前までに、旅に必要な品々を求めて、村の中を駆け回ることになってしまった。僕が必要な物を指さし、シェルさんが店の人と交渉して買うという、変な方法の買い物も一通り終えて、村長の家に帰った。


  家の中に入ると、奥さんから食事の前に風呂に入るように言われた。二人一緒に入ればよいと言われたが、それだけは勘弁してもらい、僕から先に入ることになった。


  実は、僕にとってこれが『風呂』初体験である。入り方をシェルさんに教わり、恐る恐る入ってみると、これが何と気持ちの良いものか。もし僕が家を建てるならば、絶対に家の中に『風呂』を作ろうと思ったのである。


  洗い場で、身体を洗おうとしたとき、突然シェルさんが下着姿で風呂場に乱入してきた。なんでも、一緒に風呂に入らないのなら、旦那さんの背中位流すのが、妻の務めだと言われたそうだ。僕は、膝を抱えて大事なところが見えないようにして、背中を洗ってもらったが、これも結構気持ちのいいものであった。


  シェルさんも、顔を真っ赤にしながら、流し終わるとすぐに出て行ったが、風呂場の中に残るシェルさんの匂いが僕の鼻孔をくすぐって、変な気持になったことは内緒である。


  食事の後、部屋に戻って、再度、荷造りである。買い物をしたために、どうしても入りきれない衣類は、村長のところで預かって貰い、なんとか荷造りを終える事ができた。さて寝ようかと思ったら、村長から居間に来るように言われた。


  居間には、村長とシスターが座っており、僕達が椅子に座ったら、村長が奥の部屋から小さな木箱を出してきた。木箱の中身は、お金であった。


  大金貨2枚、金貨5枚、銀貨16枚そして大銅貨7枚であった。


  村人の1年間の収入は、金貨4枚半程度であり、大金貨など普通は見ることはない。このお金は何だろうと思ったら


  「これはゴロタがこの5年間で稼いだものじゃ。特に輝光石や金剛石などは金貨2~3枚以上の価値があるらしくて、王都から代金が来るたびにビックリすることが多かったのじゃ。このお金すべてゴロタのものじゃ。ここにいるシスターが証人じゃ。受け取ってくれ。」


  僕は、大金貨1枚を今までの御礼として村長に渡し、あとは受け取ったが、大金貨1枚の理由については、はっきり言うことができなかったので、目で訴えたところ分かってくれたようだ。


  夜はシェルさんがベッド、僕が床で寝たことは言うまでもない。


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貨幣制度について(通貨単位と円換算)

 ここで貨幣制度について、ゴロタの国では紙幣はありません。すべて硬貨です。硬貨の単位は次の通りとなっています。

大金貨1枚=金貨10枚

金貨1枚=銀貨100枚

銀貨1枚=大銅貨10枚

大銅貨1枚=銅貨100枚

銅貨1枚=鉄貨10枚


日本円で換算すると

鉄貨        1円

銅貨       10円

大銅貨    1000円

銀貨    10000円

大銀貨 100000円

金貨  1000000円

大金貨10000000円

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