第3話 シェルのお願い

(8月31日です。)

  翌朝、遅く起きた2人は、夕べの残りスープと小麦をお粥にしたもので朝食を取った。僕達は、必要以外のことは喋らないようにしていた。はっきり言って気まずい雰囲気とでも言うのだろうか。


  僕は必死に我慢していた。朝食が終われば、シェルさんはこの家を出て行き、もう二度と会うことも無いのだからと。


  シェルさんは、いろいろ考えていた。いくら相手が子供だからといっても、やはり昨夜のことを思い出すと顔が熱くなってしまう。それにしても、この子は何て可愛い顔をしているのだろうか?王都のお貴族様の子女にだって、こんな綺麗な目鼻立ちの子なんかいやしない。私と同じエルフ族なら、そこそこいるかも知れないが。


  それにしても、昨日食べた林檎の煮付け? は美味しかったわ。もう無いのかしら。そこで、少し恥ずかしいけれど聞いてみることにした。


  「昨日食べた林檎。とても美味しかったけれどもう無いのかしら?」


  僕は下を向いたまま首を横に振った。駄目だ、会話が成立しない。でも、もう少し彼のことを聞いてみることにしよう。


  「あなた、随分お料理が上手だけれどお母さんに習ったの?」


  僕は首を横に振りながら「ベル」と呟いた。


  ベルって誰よ。女の子の名前のようだけど、この家の中からは、女の子のいる雰囲気が全くしないんですけど。


  「ベルって誰。あなたの彼女?」


  と聞いたら


  「僕の父さん。もう死んだ。」


  『しまった、地雷を踏んだ。』と思ったが、そんな気持ちはおくびにも出さずに


  「ふーん。じゃあ、お母さんと暮らしているのね。」


  しかし、なおも首を振って


  「母さんも死んだ。」


  「えーっ。じゃあ、あなた、誰と暮らしているの?」


  「僕、一人で暮らしている。他に誰もいない。」


  「ちょっと待って。それじゃあ、どうやって生活しているのよ。そもそも、あなた幾つなの?」


  「薬草採って暮らしている。僕、今14、もうすぐ15。」


  「ふーん。薬草か。えっ。今14って言った。?」


  首を縦に振る僕。


  「ちょっと待って。私、部屋に戻るから。」


  そう言って慌てて部屋に戻るシェルさんだった。


  部屋に戻ったシェルさんは、とんでもなく狼狽していた。


  14歳と言えば極めて成人に近い年。そんな男の子に、自分のあられもないナイスバディ? を真っ正面から見られたんじゃあ、もうお嫁にいけないわ。どうしようかしら?


 待って。


  彼と結婚すれば全ての問題が解決するじゃない。人間とエルフの結婚だって、最近は認められているんだし。


  こうなったら彼を郷に連れて行って、結婚の承諾を父上から貰わなくっちゃ。ちょうど、郷から一緒に来たパーティも全滅したし。エド、バン、ミル、御免ね。敵は私が討ったからね。


  彼、今は、体が随分小さいけれど、きっと大きくなるわ。ええ絶対になるわよ。きっと。たぶん。パーハップス。


  それになんと言っても強いし、料理は上手だし、美形だし。もしかしたら拾い物かも知れないわ。彼の気持ちなんか、私のナイスバディ? をもう一度見せればイチコロよ。


  そう考えたら、恥ずかしかった気持ちが何処かに行ってしまったようになり、これからの計画を考えて『ニター』と笑みが零れてくるのであった。


  ついでに涎が零れていることには全く気が付かないシェルさんであった。


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  シェルさんは、携行ザックの中から、一番お気に入りの上着を出して着替えた後、髪を手櫛で直しながら部屋から出てきて、僕の正面の椅子、まあ、それしか無いのだが、そこに座った。


  僕は、待っていろと言われたから、大人しく座って待っていたのだが、もう随分と日も高くなったことだし、早く用事を済まして出ていってくれないかなあと、思っていた。


  シェルさんは、顔を少し下向きにし、上目使いで僕を見つめた。口許はやや上唇を尖らせて前の方につきだし、あざとく可愛らしさをアピールしようとしていた。


  400年後の世界で、この唇の形がある鳥類 (世界的に有名なネズミとお友達らしい)のくちばしに似ていることから、ア●●口と呼ばれていることを、未だゴロタ達は知らない。


  「ねえ、ゴロタ君。」


  それまで僕のことを『あなた』と呼んでいたシェルさんが、急に鼻に掛かった甘え声で『ゴロタ君』と呼び始めた。只今絶賛非常識推進中の僕は、そんな事を全く気にすることなく、シェルさんの方に目線を上げた。


  「お願いがあるの。私は、これから王都の東にある郷まで帰らなくちゃいけないんだけど、女性一人の長旅は、ほら、危ないじゃない。それでゴロタ君に、一緒に付いて来てもらいたいの。駄目?」


  最後の「駄目? 」は、見る人が見ればシェルさんの周りにピンクのハートマークが飛び交っているのだが、当然、僕は気が付かない。


  僕は、死んでも嫌だと思ったのだが、今まで女性から頼み事などされたことはないし、ましてや断るなど余りにもハードルが高く、どう答えて良いのか皆目、見当も付かなかった。


  沈黙の時間が流れ始めた。シェルさんは、直ぐに承諾してくれるものだと思っていたのに、思いがけない沈黙。何か間違ったかなと思ったが、自分の美貌とナイスバディ? だったら絶対に『うん」』と言ってくれるものと信じ、次の提案をした。


  「勿論、ただという訳じゃないのよ。護衛任務として依頼を出すから、正当な報酬は支払うわよ。でも、ゴロタ君は正規の冒険者じゃないから、冒険者初心者のFランクより高い報酬を支払えないけど。」


  これは、結構ズルい提案である。


  そもそもFランク冒険者は護衛任務を受けることなどできないし、片道、1か月以上掛かる護衛任務は冒険者ギルドとしては受け付けていない。


 優秀な冒険者チームが、往復で2ヶ月以上ギルドを留守にするのは、ギルドとしても利益が上がらないし、遠く離れすぎてしまうため、万が一の場合ギルドも保護できないからだ。


  つまり基本的に、依頼者と冒険者の個別契約であり、その場合正規料金より2割以上高い契約額になるのが普通である。勿論、契約額の一定割合を、ギルドが受領するのは当然であったが。


  僕の場合は冒険者では無いため、一切の制約無しに、自由に契約額を決めることができる。つまりシェルさんと僕の雇用契約のようなものである。


  『このままではいけない。何とかしなければ、王都の向こう側まで連れていかれてしまう。』


  焦った僕は、最後の切り札を切った。そう、村長、シスターカードだ。この二人なら、きっと上手く断ってくれるだろう。


  「村長とシスター。」


  ボソリとシェルさんに伝える。


  「何、村長とシスターの了解を貰えばいいのね。じゃ、早速、村に行きましょう。」


  シェルさんは、村長たちの了解は絶対に貰えるものと考えており、僕は絶対に反対してくれると考えていた。


  それから2時間後、僕達は村に向けて出発した。シェルさんは、大きな携行ザック(本当に中に何が入っているか全く分からない位大きいが)を背負い、腰にロングソード、黒い革と高級金属を張り合わせた胴巻き(鎧)と腕巻き(籠手)を装備している。


  靴は膝まである長靴だが、それがブーツというものだと言うことを知るのは、僕が領都についてからの話である。


  僕の服装は、いつものように木綿と麻を織り混ぜた灰色の作業服と作業ズボン、それと魔物の皮を底に張り付けたバックベルト付きのサンダル靴である。


  道中は僕の足で1時間程度、村人の男連中で2時間半程掛かる。何故、大人の人達が、そんなに遅いのか、よく分からない。


  シェルさんの足と荷物を考えると3時間位は掛かるだろうと思っていたが、直ぐにその考えが誤っていることに気付かされた。


  まだ1キロも歩かないうちに、シェルさんが根を上げ始めたのである。


  『暑い、疲れた、重い』までは我慢できたが、『休憩しよう。』、『もう歩けない。』とまで言われては、一体いつになったら村に着くのか、全く分からなくなってしまった。


  仕方がないので、立ち止まって『荷物』と言ってやったら、凄く嬉しそうな顔をして、直ぐに荷物を下ろしてしまった。

  『まだ、大丈夫」などと言う気持ちなど微塵も感じられないシェルさんの態度であった。


  僕が荷物を背負ってみると、大きさの割には大して重くない。これなら鉱石をザックに一杯の方が、数倍重いように感じる。僕は、いつだってそんな荷物を背負って崖を登り、森の中を走って駆け抜けていたのだった。


  そうやって歩き始めて、5キロ位歩いただろうか。今度は、『足が痛い。』と言い始めた。


  ブーツを脱がせて見ると、確かに足の裏にマメができていたが、僕にしてみれば、我慢できる程度と思われた。それでも、作業服のポケットの中から乾燥薬草を取り出し、ペッと唾を吐いてから揉みほぐして塗ろうとしたが、


    「エーッ」


  と、あからさまに嫌な顔をされた。僕は、何が嫌なのか分からなかったが、きっと薬が嫌いなんだろうと思い、諦めて折角柔らかくなった薬草は捨てることにした。


  しかし、このまま待っていても歩けるようになるとは思えないことから、最終手段に出る事にした。


  つまり『抱っこ』である。


  本当は背中に背負う方が楽なのだが、シェルさんの大きな荷物が邪魔をしているため、仕方なく『抱っこ』をすることにしたのだ。


  彼女の右側に立ち、僕の右腕をシェルさんの膝裏に、左腕を彼女の背中に回して左脇の下を持ち、ヒョイと持ち上げたのである。


  いわゆるお姫様抱っこである。


  抱くのに邪魔になるシェルさんのロングソードは僕の右腰に預かっておいた。


  シェルさんは、最初の内こそ恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、その内慣れてきたのか、右腕を僕の首に回して体を密着させてきた。


  僕は何も感じなかったが、シェルさんの顔が僕の顔の左半分とくっつきそうになってしまい、シェルさんはその事に気づいてまた顔を赤くするのであった。


  僕は、未だ普通に話す事はできないが、シェルさんに触れても、他の女性に対するような恥ずかしさは無くなっていた。


  やはり、昨日の経験がシェルさんに対する免疫となっているようであった。これは、シェルさんの幼女体型も効果を発揮しているようである。

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