第2話 初めてのお泊まり

 この世界は四人の神が作ったとされている。


   光と闇の神 ゼフィルス。

   創造と滅亡の神 センティア。

   誕生と死の神 ゼロス。

   愛と慈しみの神 アリエス。


  これらの神のうち、女性つまり女神はアリエスだけである。男性神は、それぞれ対語となっている事象を司っているが、アリエスだけは同類語の事象を司っている。愛の対語は「憎しみ」であるが、それは人間に与えられた性(さが)であり、神の手の及ばないものとされているからだ。


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(8月30日です。)

  僕は、シェルさんとともに、森の出口に向った。シェルさんは大きな荷物を背中に背負っているが、その中身がなんであるかは僕には関係ない。当然に『持ってあげよう。』などとは絶対に思わないし、思いたくない。


  僕は、いつもの速度で森の中を駆け抜けようとするのだが、シェルさんは荷物が邪魔になって、僕と同じ速度では歩けないようだ。


   「きゃっ、ちょっと待って。」 


  振り返ってみるとシェルさんの荷物が木の間に挟まって動けなくなってしまっていた。仕方なく、シェルさんのところまで戻り、荷物を持ち上げてシェルさんの身体から荷物を外した。


  引っかかっていた木の脇のブッシュの間を通って、通り抜ける。それから、荷物をシェルさんに渡そうとすると


  「ありがとう。あなた女の子の割にはすごく力があるのね。私だって、身体強化しなければ持てない位、重いのよ。」


  と言った。『シンタイキョウカ』とは何か、僕にはわからなかったが、きっと何かの呪文だろうと思い、深く追求しないこととした。僕を、未だに女の子だと思っているようだが、森を出るまでの付き合いであり、訂正するのも面倒なので放っておくことにした。


  その後、サーベルタイガーやロング・イヤー・キャットと遭遇したが、僕の『睨み合い』により、戦わずに相手を引き下がらせたのは、いつもの通りであった。


  しかし、シェルさんにとっては、僕が何をしたのか、皆目、見当もつかないようで、不思議そうに僕のしていることを見ていた。


  いつもの倍の時間をかけて、森を抜け出たころには、もう夕方近くであった。森を出たところで、僕は強い血の匂いを感じた。東の方からだ。


  その方角に行ってみると、キャンプした後のようなところで、鍋や何やらが散乱していた。人の姿は無かった。大きな血の跡が無数に付いていた。


  シェルさんは、ここで何が起きたか直ぐに分かったようで、大きな声で泣き始めた。シェルさんが泣き終わるまで、僕達は1時間以上そこにいた。


  遠く、西の空のかなたに太陽が沈みかかっており、これから村まで、女の子が一人で向かうのは、かなり危険だと思われた。村まで、約10キロ、僕なら普通に歩いて1時間程度しかかからないが、シェルさんの歩く速度を考えると、3時間以上かかりそうである。これ以上シェルさんに関わっていると、危険な気がしてきたので、僕は黙って自分の家の方向に歩き出した。


  シェルさんは、真っ直ぐ村の方への道を進んでくれるものとばかり思っていたが、何故か僕の後を付いてくるではないか。


  『これはちょっとおかしいぞ。』


  そう思ったが、振り向くのは怖いので、村の方を指さし、


  「村、あっちの方」


  と教えてあげた。しかし返ってきたのは僕の予想しない、いや予想したくない答えだった。


  「今日は、もう遅いからコウタちゃんの家に泊まってあげるわ。私が泊まったら心強い用心棒を雇ったようなもんだから、お礼は食事だけでいいわ。」


  ああ、完全にお泊りモードになっている。


  きっと、シェルさんにとっては、相手の気持ちを慮るなどという行為は、この世に存在しないのだろう。


  『忖度(そんたく)』という言葉が使われるようになるのは、この時代から400年後くらいになる筈なのであった。


  僕の家に着くと、シェルさんは、直ぐに家に入らず、一応、家の外で待機していたが、僕が


   「家の中、誰もいない。」


  と告げると、ちょっとびっくりした顔をした後、家の中に入ってきた。


  奥の部屋 (以前、両親の部屋だった)に案内すると、荷物を置いて、身に着けている革の衣装を外し始めた。僕はそれが鎧という防具であることは知らなかったが、村の衛士さんが付けている金属の衣装によく似ていると思った。


  鎧を脱いだ後、シェルさんは上着を脱ぎ始めた。それを見ていた僕は、慌てて後ろを向き、部屋を出ようとしたところ、


  「ねえ、食事の前にお湯を使いたいのだけれど。」


  と注文を出してきた。僕は、後ろ向きのまま、顔を大きく上下させて頷いた後、台所に行って大鍋でお湯を沸かし始めた。


  当然のことながら、僕の家には風呂などはない。夏の暑い間は、井戸の脇で身体を洗い、秋から春までは裏の納屋の中で、タライにお湯を張って身体を拭く。


  大体、村のみんなも同様であり、家の中にお風呂があるのは村長の家位のものである。あと、教会の中にもあるようだが、今は誰も使っていないそうだ。


  準備ができてから、シェルさんを納屋まで案内しようと、部屋のドアをノックしたところ、シェルさんはシャツとパンツの下着姿のままドアを開けた。


  思わず息を飲み込んだ僕は、真下を向いたまま『お湯』と一言、シェルさんを案内しようとした。


  「コウタ、どうしたの。女性の下着姿、初めて見るの。ハーン、あなた女性用の下着持っていないのでしょう。」


  僕は、女性用の下着が、どのような物かよく知らなかったが、きっと知ってはいけない物だと思った。絶対にシェルさんを見てはいけないと心に強く念じながら、裏の納屋まで案内したのであった。


  悲劇はそれから、やってきた。僕が食事の支度をしている途中、背後から


  「コウタ、きれいなタオルないかしら。」


  という声がした。おもわず振り返った僕が目にしたのは、何も身に着けずにこちらを向いているシェルさんだった。


  「もう、ダメだ。このまま、きっと死んでしまうのだろう。」


  と考えたのもつかの間、視界がブラックアウトして意識を失ってしまった。


  ふと、気が付くと、居間の木のベンチの上で寝ていた。着ていた作業服と作業ズボンは脱がされており、パンツとシャツだけの姿で、毛布1枚が上から掛けられていた。


  「あれ、何でこんなところで寝ているのだろうか?」


  と思ったが、先ほどの光景が思い出され、どっと汗が吹き出してきた。あたりを見回すと、顔を真っ赤にしたシェルさんが、揺り椅子に座ってこちらを見ていた。


    「見たな~。」


  いつの時代の怪談だ。僕は何も言わずに、毛布を腰に巻いたまま起き上がり、自分の部屋に駆け込んだのだった。結局、その後、食事の用意は、やはり僕が継続してすることとなり、気まずい雰囲気の中、食事となった。食事の内容は、


  トウモロコシの粉を練って魔法の粉(イースト菌)? を練り込んでから暫く置いて焼いたパンの作り置きをオーブンで温め直したもの。


  干肉とカボチャのスープ。


  それに、これから収穫の時期を迎える林檎をスライスし、蜂蜜と一緒に煮込んだものにシナモンの葉っぱを干して、粉にしたものを振り掛けたものであった。


  この林檎の煮た物はシェルさんに好評だったようで、お代わりを要求され、保存用にもう少し煮込もうと思っていた分まで食べられてしまった。


  夜、僕はなかなか寝付けなかった。夕方の出来事が頭から離れないためだ。


  シェルさんの裸体を思い出してしまう。初めて見た女の子の胸。大人の女性と違って、自分の胸と余り変わらない真っ平らな胸。きっとこれから大きくなるのだろう。


  きっと。多分。


  もうシェルさんの前で胸の話は止めよう。何か危険な気がする。


  それとおヘソの下。足の付け根の部分。何もなかった。つるんとしていた。一瞬だったので良く分からなかったが、あれでは用を足すのはどうしているのだろうか。


  僕は女性、特に同年代の女の子がとても怖い。


  小さい時から自分とは違う匂いがするし、絶対的に、自分とは異なる存在のような気がしたからだ。今日、その違いが判った気がした。あんなに違うんだ。やはり、近づかないようにしよう。そう考えているうちにいつの間にか眠ってしまった。


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  シェルは、まだ胸の鼓動が収まらなかった。初めて、父親以外の男性に自分の裸を見られた。しかもタオル1枚すら身に付けない、いわゆるスッポンポンの姿を。


  幸いなことに、見られたのがゴロタと言う少年だったから良かったと思っていた。ゴロタ君は、どう見ても10歳くらいだ。まだ毛も生えていない子供だ。声だって女の子の声みたいだったし。これが15歳以上のいわゆる成人男性だったら責任を取ってもらわなければならない。


  責任? つまり結婚? キャッ!あり得ない。


  初めて会った男の子と結婚なんて。まあ、今回の相手は子供。無かったことにしよう。誰にも言わなければ、ばれないし。胸が無い秘密だって、バレないわ。


  そう考えると、胸の鼓動も収まり、瞬間、意識を失うように爆睡するシェルさんだった。

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