第1話 残念エルフとの出会い

  僕の鉱石の採取も無事終了した。採取したのは輝光石の原石が4つと、金剛石が混じっているかも知れない砂岩の塊が4つ、そして水晶の原石が2個であった。


  金剛石は、砂岩を崩してたらいの中で水洗いをすると泥の中から出てくることがある。ほとんどは空振りであったが、今まで4個ほど見つけたことがあり、1個で金貨2枚程度になることから、必ず何個かの砂岩は家に持ち帰ることにしている。


  鉱石を採取した時は、かなりの重量になるので、薬草の採取はしないことにしている。まっすぐ家に帰るだけだ。


  森の北の端から南の出口まで、僕の足では、たっぷり2時間はかかる。


  危険と思われる魔物が近づいてきたら、木の上に隠れて気配を消し、じっと魔物が遠ざかるのを待つのだ。だから、3時間以上かかる時もある。


  僕は、決して急がず、しかし結構、早足で歩いていた。間もなく森の出口(それでも1キロ以上はあるのだが)というところで変な匂いがした。


  その匂いは今まで嗅いだことがないような匂いで、甘いがちょっと鼻にツンとくる匂いだった。


  それと同時に魔物、それもかなり大型の魔物の匂いと気配がした。その方向に近づいてみると、魔物の匂いとともに人間の気配が強くした。


  人間の気配の方向からは、甘い匂いとともに、金属のキンとくる匂いもしてきた。きっと刃物を抜いている。僕は、急いで様子を見に行くことにした。


  現場に近づくにつれ、今までとは違う匂い、そう、人間の血の匂いが急に強くなった。僕は『怪我をしてる。』と思い、ほぼ全力疾走で森の中を進んだ。


  300mばかり行った先の、少しばかり開けた場所で、一人の人間と体長2mほどの豚顔の魔物が向き合っているのが見えた。


  人間の方は、大きく肩で息をしながら剣を魔物に向けており、魔物の方は、大きな骨を持って相手の様子を窺っているようだ。


  僕からは、人間の背中しか見えなかったが、女の子の匂いがした。


  服装は、村では見たことがないような服装で、体中に何か黒い革のようなものを巻き付けており、右手で剣を持っているが、左腕はダランと垂れ下がり、その腕からはポタポタと血が流れていた。


  『このままではその子がやられてしまう。』と思った瞬間、背負っていたザックをその場で降ろした。直ぐに、腰のナイフ、それは肉捌き用ではなく冒険者用のものだったが、左手で抜いて構えた。そう、僕は左利きだ。


  僕は、思いっきりその子の前に飛び込んでいった。僕としては普通に走っていったのだが、魔物とその人間にとっては、突然目の前に現れたように感じられたようだった。魔物は、自分の前に何が飛び込んで来たのか確認できなかったので、とりあえず1m位飛び下がり、持っていた骨を僕に向け様子を見ていた。


  魔物にとって、飛び込んで来た相手はほんの小さな子供であり、とても強そうには見えなかったことから、魔物は、食後のデザートが現れた位にしか思わず、絶対勝利を確信していたようだ。


  僕は、そいつが自分にとって危険な魔物で、『睨み合い』が効かない相手だろうと感じていた。しかし、この豚面の魔物が飛び下がった時の速度がかなり遅く感じられたため、戦っても勝てるかも知れないと思った。


  その時、後ろから


  「お嬢ちゃん、危ない!下がって。」


  という女の子の声が聞こえて来た。


  僕は、女の子の声に『ドキッ』と胸が締め付けられ、一瞬、魔物からの注意がそれてしまった。その隙を敵は逃さなかった。手に持っていた骨を大きく振りかぶって僕を叩きつぶそうとしてきたのだ。すぐに魔物に対する集中を取り戻した僕は、魔物の左脇をかいくぐって後方に回り込んだ。その際、左手のナイフで魔物の左わき腹をえぐることも忘れなかった。


  女の子は『エッ!』と驚きの声を上げたが、その次の、僕の動作は、魔物の陰になってよく見えなかったようだ。僕は、魔物の後方に回り込んでから、魔物の背中越しに飛び上がり、首の後ろの凹んだところ、いわゆる『ぼんのくぼ』という所にナイフを刺し込んだのだ。


  飛び上がりながらのせいか、あまり力を入れられずに、ほんの5センチ位しか刺せなかったが、魔物に対しては急所であったようだ。魔物の動作が一瞬止まってしまい、その後、ゆっくりと膝を落として前のめりに倒れてしまった。


  後ろに飛び下がった僕は、警戒を緩めることなく、魔物に向かってナイフを構えていたが、もう二度とその魔物は動くことはなかった。


  僕は、ナイフを腰に戻し、ゆっくりと女の子の方に顔を向けた。その女の子はけっこう若いとは思うのだが、女の子に対しての観察眼など皆無の僕にとっては、相手は15歳から30歳位程度としか判らない。身長は自分より10センチ位大きく、髪が緑と紫の間と言うか、両方の色が別々に生えているような感じで、はっきり言って怖い。


  その髪を、後ろで一つに纏めたいわゆるポニーテールという髪型にしているのだが、当然に僕はそんな髪型の名前など知らない。彼女の艶のあるパートカラーの髪と、透き通るような空色の目はアーモンド型、肌の色は透き通るような白色で、女の子の顔を余り見たことがない僕でも、ついボーと見とれるような、いわゆる超絶美少女顔であった。


  しかし僕が最も注意を引いたのは彼女の耳であった。少し上が尖って伸びており、シルと同じ耳であった。じっと見つめている僕の視線を感じたのか、少し顔を赤くして、


  「ありがと。あのままだったら、あのオークに叩きのめされ、あんなことやこんなことをされた挙げ句、あいつの夕食にされるとこだったわ。」


  僕は、視線を少し下げ、彼女の胸を見た。僕の知っている年頃の女の子の胸は、二つの丸い形が前に飛び出しているのに、この子には、そのような兆候はほとんど見られなかった。


  それで、この子は、本当は男の子なのではないかと思い、視線を相手の顔に戻すことができた。


  「あなた、そんなに小さいのに強いのね。とても女の子とは思えないわ。」


  と、その子が言ったことから、初めて自分を『女の子』と勘違いをしていることに気が付いた。そう思ったら、何かとても恥ずかしくなり、真下をむいたまま極めて小さな声で


    「男」


  と言った。それを聞いた相手は、顔を真っ赤にして


  「えーっ、違うわよ。私は女の子、女性よ。この美少女顔とナイスバディから、どうやったら男に見えるのよ。あんた馬鹿じゃない!」


  と僕に強く抗議をして来た。僕は、もうすぐ15歳、ある程度の常識はあるつつもりだ。思ったことをすぐに相手に伝えたら、相手に対して失礼に当たることも知っている。だから、この相手が男だと思っても、決して『貴方は男ですか?』と口にすることはない。


  今、僕が『男』と言ったのは、自分が男であることを主張したかったのだ。相手の胸のあたりを見ながらだったので、その子は自分のことを言われたと思ってしまったのだろう。


  女の子から大声で怒鳴られたのが初めての僕は、顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまった。


  「まあ、いいわ!私の名前はシェル、『D』ランクの冒険者よ。あなたの名前は?」


  僕は、肺の底から息を絞るようにして、極めて小さな声で


  「ゴロタ」


  と名乗った。


  「え?ゴウタ?変な名前。男の子の名前みたいね。」


  僕は思った。性別ばかりでなく、名前まで間違えている。きっとこのシェルさんはとっても残念な人なんだ。早く別れてしまおう。


  しかし、ふと気が付くとシェルさんの左腕からは、まだ血が流れている。きっと、さっきの魔物の武器で左腕を打たれたとき、皮膚が裂けてしまったのだろう。もしかしたら、骨が折れているかも知れない。


  僕は、先ほど置いたザックのところに戻り、中から薬草を何種類か出した。それらの葉や根などを手でもみほぐし、じっと見つめていると、手の上の物が紫色に光り、ドロッとした液体になった。


  僕は、その液体を手の平に乗せたまま、シェルさんの前に差し出した。シェルさんは、この得体の知れない液体が、薬草なのだろうと思い、手を差し出した。


  自分の人差し指の先に薬を付けようとしたので、僕は顔を左右に振って、シェルさんの顔の前、ちょうど口のあたりに手の平を差し出した。


    「え?これを飲むの?」


  さすがのシェルさんも、得体の知れない物を、他人の手の平から飲むのは気が引けるようだ。一旦は嫌がる様子を見せたが、僕の強い?目線と目力??に負け、目を瞑ってその液体を、舌を出して舐め始めた。


  舐め始めてすぐにシェルさんは驚いた顔になっていた。顔が火照り、全身に力が漲って、きっと折れているだろう左腕の痛みがなくなってきたのだろう。僕の手の平の液体を、すべて舐め切ったシェルさんは、体中の痛みが無くなったばかりでなく、森の中を彷徨った疲れも、どこかに飛んで無くなってしまっていた。


  「なあに、これ? こんな薬、王都でも売ってないわ。伝承の神薬エリクサーじゃない。」


  僕は、このエリクサーと言うものを知らない。父さんのベルから、いくつかの薬草を混ぜて、どんな傷も治してしまう『秘伝の薬』の作り方を教えてもらっただけだ。


  しかし、その薬は、北の大雪山脈に登るための崖を200mも登ったところの、岩が張り出した下のわずかな土の部分に生えている『蛍の光』という薬草の花が必要であった。


  その薬草は7月の雨季が終わった直後の、新月の時にしか白い花を咲かせない。そのため、年に数人分しか作れないのである。僕はそんな薬草を非常用にと、いくつかザックの中にしまっていたのだ。


  「ありがとう。左腕もすっかり良くなったわ。このお礼は必ずするから期待していてね。」


  そうニッコリ微笑んで感謝されると、僕は、心臓がドキドキして、相手の顔を真っすぐ見られなくなってしまうのであった。


  「あ、そうだ。ちょっと待ってて。」


  彼女は、そういうとうつぶせに倒れているオークのところに近づき、背中からちょうど心臓のあたりにナイフを突き立てた。


  すでに死んでいるので血は噴き出さなかったが、そのナイフをゴリゴリとかき回していると、何かに当たったようで、そのナイフをゴキュとテコの原理で抉り出した。


  ナイフの刃とともに、暗赤色の石のような物が飛び出てきた。血まみれの石を、その辺の葉っぱで軽くぬぐった後、僕にその石を渡そうとした。


  思わず後ずさりする僕を見て、


  「遠慮しなくてもいいわよ。戦闘中の魔物を横取りするのは、冒険者としてあるまじきマナー違反なんだけど、今回の場合、この魔石の権利はあなたのものよ。受け取って。」


  先ほどの血まみれの石を見ているだけに、絶対に受け取りたくないと思った僕は、激しく首を左右に振った。そして思わず涙目になってしまって、相手に拒否の意思表示をしたのである。


  「そんなに欲しくないの。もったいないわね。この大きさなら銀貨5枚にはなるわよ。」


  と言って、その石を自分の道具袋にポイと入れたのである。


  「さあ、お嬢ちゃん、この森の出口まで案内してくれる。」


  さも、当然のように上から目線で、僕に案内を頼むシェルさんであった。

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