第16話 お化け屋敷にて 後編
言ったものの、やっぱり怖い。
暗いし、おどろおどろしい。
作りがいいだけに、怖さが増す。
「前を歩こうか」
後ろから凪の声がする。
「いいよ」
断ったものの、強がりだ。
凪も分かっているのか、「あっそ」と言った声が笑いを含んでいた。
ガタガタ ピューピュー
襖が鳴る音、風の音がどこかにあるスピーカーから流れてくる。
と、その時、頬に何かがふれた。
「ひっ……」
のけぞると、薄明かりの中で見えたのは、凪の手だった。
怖がるのを面白がるような顔でこっちを見ている。
「ほら、遠慮するなって」
差し出された手を、ぺちっと叩いた。
「ほっとけ」
「じゃあ、前を歩いてやるよ」
「いいって」
断る颯真を無視して、凪が前に出た。
曲がり角を曲がると景色が変わり、襖はなくなり墓地になったところで、今度は肩をたたかれた。
「やめろって」
と、振り払おうとした、が――。
いや、まてよ。凪は目の前を歩いている。ということは、違う何かで……。
振り返ると、何もなかった。
暗闇があるだけだ。
上から下へと伸びてくる数本の白い手に悲鳴を上げた。
心拍数が上がる。
作り物だろう。
けれど、暗闇の中浮かび上がる手は怖かった。
ここから一刻も早く出たくて、走り出すと、がしっと腕を掴まれた。
腕を掴まれ、つんのめる。
急いた気持ちを落ち着かせるように、立ち止まった背中をトントンと叩かれた。
「無理やり連れてきて悪かった」
それだけ言うと、きゅっと腕に腕を絡ませて先を歩きだした。
「お、おい」
「暗いから見えてないって」
無理やり離そうかと思ったけれど、肌と肌が触れ合う温かさが上がった心拍数を落ち着かせていた。
急に出てくるモノや、お化けに扮した人にドキッとするものの、巻き付いた腕と隣り合う体に、怖さも半減していた。
暗闇であっても、さほど怖くはなかった。
『出口』と書かれた看板をみると、泣けてきた。
「やっと、外だ」
肩の力がようやく抜けた。
お化け屋敷からでると夜とはいえ、祭りの灯りが眩しくて目を細めた。
その先、出口付近で待っていた三人の友人たちの姿が見えた。
颯真が手を上げると、三人は手を上げながら、ぎょっとした顔になった。
なぜだろうと、首を傾げると三人が笑った。
「凪、お前、お化け屋敷怖かったのかよ」
「言い出しっぺだろ」
「……!」
そうだった、心地よすぎて凪と腕を組んでいたのを忘れていた。
なんて言い訳をしようかと口をもごもごさせていると、凪が言った。
「颯真と腕組めるなんて、うらましいだろ」
腕を絡ませたまま言う。
「なんだよ、それがしたくてお化け屋敷行こうって言ったのかよ」
「次、俺と組んでよ」
「颯真がいい」
「ハハハ、凪は颯真が好きだよな」
そう言って、三人は次どこ行くか相談し始めた。
まだ腕を組んだままの二人を、通りがかりの人がちらちら見ていく。
「離せって」
「いいじゃん。もうちょっとだけ」
呆れて、凪を見ると
「ほら、怖いって知られても大丈夫だろ」
と言った。
確かにそうだ。
腕に絡みついてでてきた凪を見ても、軽く突っ込んだだけ。
知られてもたいしたことがないことに、少し安堵した自分がいた。
怖いことを知られても平気だと凪が教えてくれた。
颯真に回した凪の腕に力が入るのがわかった。
「ん?」
「知られるって怖いよな。オレにだってあるからわかる」
と言う凪を見ると、思いつめた顔をしていた。
暗闇より知られて怖いものってなんだろう。そもそも、凪にそのようなものがあるのだろうか?
「怖いものってなんだよ」
颯真が聞くと
「オレの好きな人」
周りの雑音に紛れ込んでしまいそうな声で言った。
「……」
それは気になる。
「誰だよ」
「……、教えない」
「教えろって」
教えろ、いやだ、の応酬をしていると、
「置いてくぞ」
他の三人が手招きをしていた。
颯は凪が腕を離さないので組んだまま、合流すると三人に聞いた。
「凪に好きな人がいるって」
顔を三人で見合わせ、また、こちらを見て言った。
「……、颯真だろ」
「颯真だな」
「そうそう」
「……お、俺?」
本気で言っているのか、適当に言っているのか判断をつける前に、
「もう行くぞ」
と、三人は、さっさと人ごみに紛れて行ってしまった。
姿を見失わないうちに追いかけた。
絡ませた腕を外し、隣を歩く凪に声をかけた。
「どういうことだよ」
「友達としてだよ」
にっこりとして答えた。
こういう顔をして答える時は、本当のことと違うことを言っているって分かっている。もしかしたら、本気なのかもしれないし、そうでないかもしれない。けれど、それ以上追及をしなかった。
確かに、答えを明確にするということは怖さが伴う。あやふやでいい時もあるのかもしれない。グレーゾーンのままの方が居心地がいい。
将来、本当に向き合わないといけないときがくるまでは、今はこの関係を崩したくなかった。
けれど、本当なのかどうなのか知りたい気持ちもあった。
好きな人が本当のところ誰なのか気になってはいた。
だから、はぐらかされてもいいと思いながらも、こう言った。
「もし、次、お化け屋敷に入ることがあったら、その時教えてよ。今度は、俺が怖がるからさ」
すると、柔らかく笑んだ顔をした。
そして、言った。
「じゃあ、来年な」
おっと。
つんのめった颯真を見て、凪が笑った。
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