第208話 俺らのこと舐めんな
ひとしきり話し終えた零華は知らず知らずのうちに手に入っていた力を緩め、カップを机の上に置く。
「これが私の事情。わかってくれたかしら?」
「「…………」」
零華の話を聞き終えた晴輝と若葉はなんとも言えない表情をしていた。それも無理はない。並々ならぬ事情があるとはわかっていたが、その事情が二人の想像していたものを超えていたからだ。
「その……ありがとうございます。聞かせてくれて。正直、零華さんの抱える苦しみはわたしなんかじゃ想像もできません。わたしはこうして魔法少女になるまで平凡な生活しか送ってきませんでしたから。だから零華さんの抱える苦しみに対して何か言えるわけでもありません。こういう時、気の利いたことの一つでも言えたら良かったんですけど。ごめんなさい」
「別に謝るようなことじゃないわ。それに話したのはあなたが私に勝ったことへの正当な対価。お礼を言われるようなことでもない。でも、これでわかったでしょ。私は絶対にスタビーを見つけなければいけないの。あの子に何があったのか、その真実を知るために。そしてこれは私自身の問題だから。私が片付けなければいけないことなの。こんな私情に二人を巻き込むわけにはいかないわ」
若葉に負けた零華ではあったが、その根本だけは変わっていなかった。零華はたとえ何をなげうったとしてもスタビーを見つけ出し、ぼたんの身に何があったのかを突き止める。そう決めていた。
「あの時スタビーと出会ってしまった以上、あいつがいることをこの目で確認してしまった以上、私はもう私自身を抑えられない」
スタビーを見た瞬間、零華は自身の中にあった様々な感情があふれ出すのが止められなかった。それは怒りや悲しみなどと言った様々な感情が混ざり合った一言では言いあらわせない感情。全身を支配したその激情が零華から冷静さを完全に奪ってしまった。
「ぼたんを失ったあの日、私は何を犠牲にしてでも真実を掴むと決めた。そのために家も出た。この問題だけはわたしが解決しないといけないの」
「零華さん……」
言いたいことはいくらでもあった。しかし何を言っても零華の心には届かない気がして、若葉は言葉を紡ぐのを躊躇ってしまった。
「それがわかったらあなた達は――」
「おい青嵐寺」
口を開いたのは、それまでずっと黙って話を聞いていた晴輝だった。その雰囲気はいつもとは違って真剣で、しかしどこか怒りを漂わせていた。
「てめぇの事情はわかった。たしかにそんな事情があんならあいつを追いかけたくもなるだろうよ。でもな、一つだけ言わせてもらうぞ」
まっすぐに零華のことを見据えて晴輝は言う。
「俺らのこと舐めんな」
「っ!」
「なんだかんだ事情つけて、結局てめぇは怖いだけなんだろうが。一人で居るのは親しい人を作りたくないから。遠ざけるのは誰かを失うのが怖いから。結局はそんだけだろうが。誰も大切な奴を作らなけりゃこれ以上自分が傷つく心配がねぇもんな」
「紅咲君?」
苛立ちを吐き出すように言ったその言葉は、零華自身に向けて言った言葉でありそれ以外の誰かに向かって言った言葉のように若葉は感じた。
「っ、あなたに何がわかるっていうの」
「阿呆か。表情でモロバレなんだよ。俺らのこと怒らせりゃ遠ざかると思ったか? もう一回言うぞ。あんまり俺らのこと舐めんなよ。少なくともてめぇは俺にもこいつにも負けてんだ。お前は俺らよりも弱いんだよ」
「それは……」
たとえどんな言い訳をした所で零華が若葉にも、そして晴輝にも負けたことは事実であり、覆しようの無い現実だった。
「それにてめぇ、この部活作った時に言ったこともう忘れたのかよ」
「え?」
「俺らは別に仲間になるわけじゃねぇ。互いの目的のために利用し合うだけだってな。んなことも忘れたのか? 別に今だってそれは変わってねぇはずだろうが。それとも何か? お前の中では相互利用の関係から仲間にアップデートされたってのか? はっ、そいつは光栄な話だな」
「あなた……」
「くらだらねぇことにこだわってんじゃねぇぞ。てめぇが本気でその問題を解決したいってなら使えるもんはなんでも使いやがれ」
「……ふふっ、ふふふ、あははははははははっ!」
そんな零斗の言葉に最初は目を丸くしていた零華だったが、今度は大きな声で笑い出す。
「何笑ってんだよ。ぶっ飛ばすぞ」
「気を悪くしたならごめんなさい。でもまさかあなたがそんなことを言ってくるなんて思っても無かったんだもの。そうね……そうだったわね。私達は仲間じゃない。相互利用し合う関係だったわね」
「わたしとしては素直に仲間の方がいいんですけど……その方が魔法少女らしいですし」
若葉は少しだけ不満を滲ませた表情でそう言うが、本当のところはわかっていた。晴輝がなぜそんな言い方をしたのかを。
「だいいち『ウバウンデス』に関しては俺らだって無関係ってわけじゃねぇんだしな。だったらお前の問題もついでに片付けるくらいわけねぇだろ」
「零華さん。きっとわたし達も力になりますから。だからどうか一人で背負い込まないでください。わたしにも手助けさせてください。いえ、むしろ勝手に手伝わせてもらいます。今そう決めました」
「ふぅ、本当に勝手な人達。でも、それじゃあせいぜい役に立ってもらおうかしら」
晴輝と若葉の言葉に零華は諦めたようにため息を吐く。しかしその表情はどこか明るくなっていた。
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