第204話 ギリギリと決着
ホープイエローの放った無数の矢がブレイブブルーに襲いかかる。
襲いかかる矢はまさしく雨の如く。すでに逃げ場など存在しなかった。
「ふぅ……」
だがブレイブブルーは焦らない。逃げない。逃げる必要などない。
ブレイブブルーは迫る矢から目を逸らさずに呼吸を整え、確実に自分の命中するであろう矢にだけ焦点を絞る。
「私の剣は矢よりも速い――『水月』!!」
円を描くようにして振られる剣が迫る矢を斬り落とす。だがホープイエローも負けてはいない。質でダメならば量で押し切ると言わんばかりに矢を放ち続ける。最低限の動きで矢を躱しながら、自分に命中するものだけを斬り落とすという離れ業をやってのけるブレイブブルーに、傍目で勝負の行方を見守っていたラブリィレッドは思わず舌を巻いた。
(ブルーのやつ、前にオレと戦った時よりもずっと強くなってやがる。剣の腕も魔力も磨きがかかってる。だがそれを抑えてるイエローもイエローだな。物量で押し切るって感じなのかもしれねぇが。あれだけの速さを持つブルーを押しとどめておけるのはそうそうできることじゃねぇ。だが――)
傍目から見れば拮抗状態。だが、それもホープイエローが物量で押しているからこその拮抗だ。魔力が尽きれば矢の雨も止む。対するブルーは押されてはいるものの、無駄な動きは一切せずにただ防ぐことにのみ集中している。もちろん無傷とはいかないが、それでも致命傷にはほど遠いだろう。
(このままじゃいくら攻撃しても押し切れないのは明白だ。イエローもその程度のことはわかってるはずだが。何か考えがあんのか? あるとしたらさっきの動きだが)
ブレイブブルーの背後を取ったホープイエローの技。それはラブリィレッドの目から見ても本当に一瞬のことで何が起こったのかまるでわからなかった。まるでドラマのワンシーンはいきなり飛んだかのような感覚。
どうやってあんな超移動を行ったのか。ラブリィレッドはある程度の予想は立てながらも答えは出ていなかった。
「はぁ、はぁ……っぅ」
矢を打ち続けるホープイエローの額に汗が流れる。湯水の如く魔力が消費されていく。それはホープイエローにとって並ならぬ負担だった。気を抜けば手元が狂いそうになる。意識すら飛びそうになる。だがそれでも弓を打ち続ける手を止めるわけにはいかなかった。
ブレイブブルーをあの場所に留め続けること。それがホープイエローが勝つための絶対条件だったからだ。
(負けられない。負けるわけにはいかない。この一戦だけは。どんなに無様でも、どんなに泥臭くたって勝利にしがみついてみせる!)
その思いはホープイエロー自身のためのものであり、そしてブレイブブルーのためのものでもあった。
もしここでホープイエローが敗れるようなことになればもう二度とブレイブブルーは心を開いてくれることはないだろうと、そう直感していた。だからこそこれが最初で最後のチャンスなのだと。
ブレイブブルーは内面に触れられることを望んでいないかもしれない。しかし、そのことが原因でブレイブブルーが苦しんでいるのならばホープイエローは遠慮無く踏み込む。そう決めたのだ。それが何よりもホープイエローの憧れた魔法少女の姿だったから。
(あと少し……もう少しで……)
ホープイエローは何も無計画に矢を打ち続けているわけではない。周到に、気づかれないように。そしてその仕込みは少しで終わろうとしていた。
あと少しで終わる。それが気の緩みになってしまった。降り注ぐ矢の雨の中、そのタイミングをずっと耐え忍んできたブレイブブルーは見逃さなかった。
「攻撃の手を緩めたわね」
「っ、しまった!?」
それは本当に僅かな隙だった。しかしその隙を見逃すことなくブレイブブルーは一気に動き始めた。
「今度こそ終わらせるわ」
「速い?! でもまだ……ううん。こうなったら――」
ホープイエローは弓を降ろして地面に手をついた。その行動を訝しんだブレイブブルーだったが、何をされても斬り抜ける。その自信を持ってホープイエローに肉薄する。
「『招雷針』!!」
「っ!?」
バチリという音に気づいたブレイブブルーは、すぐさま何が起きたのかを理解した。
ホープイエローに向かって肉薄するブレイブブルー。そのブレイブブルーを中心に地面に突き刺さる矢の存在に。
(あの矢の雨はフェイク! 私の視線を地面に向けない、気づかせないための!)
「そこです――『チェインサンダーアロー』!!」
ホープイエローが放った矢が一番近くにあった『招雷針』に辺り、そこから一気に他の『招雷針』へと広がる。そして作り上げられるのは雷の描く魔方陣。その中心にいるのはブレイブブルーだ。
「誘われたっ!?」
「これがわたしの全力です――降臨せよ『霹靂神』!!」
目を焼かんばかりの極光が魔方陣から昇る。これこそがホープイエローの一撃必殺。当たればどんな相手だろうと沈めることができる。
そう、当たれば、の話だ。
「あと少し足りなかったわね」
「…………」
スッと差し出された剣がホープイエローの首に添えられる。
それはいつの間にかホープイエローの後ろへと回り込んでいたブレイブブルーだった。
『水連歩』。先ほども使った移動技。もし後少しホープイエローの企みに気づくのが遅ければブレイブブルーは地面に倒れ伏していただろう。
「強かったことは認めるわ。あなたを侮っていたことも。それでもこの勝負は私の――」
「いいえ、わたしの勝ちです」
「え――がはっ!?」
ビリッと全身に走る衝撃。背後から走ったその衝撃に、ブレイブブルーは思わず膝を着く。
痺れが全身を襲い、立ち上がることすらできない。
それでもなんとか顔を動かして後ろを見れば、そこに立っていたのはホープイエローだった。
弓を構えるホープイエロー。完全なる詰みの状況だった。
状況を打開する策を考え、考え、考え尽くして――その果てにブレイブブルーは悔しげに顔を歪めて絞り出すような声で言った。
「私の……負けね」
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