第203話 知らない者同士

 音も無く、本当に忽然とブレイブブルーはホープイエローの横に現れた。


(うそっ、いくらなんでも速すぎる!)


 ブレイブブルーの速さは知っているつもりだった。だがホープイエローの想定以上の速さでブレイブブルーは距離を詰めてきたのだ。それはホープイエローがブレイブブルーを本気にさせたという証左でもある。

 ブレイブブルーは本気で、この一撃でホープイエローのことを倒すつもりだった。そのために今まで見せたことの無かった移動技まで使ったのだ。

 『水連歩』。自分の体を一瞬水へと変化させ、水と水の間を一瞬で移動する技。事前に水を飛ばしておけば理論上どこにでも移動できる。そういう技だ。もちろん口で言うほど簡単な技ではないのだが。そんなある意味ブレイブブルーの奥の手の一つとも言える技。

 完全にホープイエローの不意を突く形となったブレイブブルーは確実に討ち取ったと、そう確信していた。

 しかし――。


「っ!?」


 今度はブレイブブルーは驚愕する番だった。剣を振り抜いた先にホープイエローの姿が無かったからだ。

 バチリと何かが走るような音と共に、その気配はブレイブブルーの背後に出現した。


(後ろを取られた!?)


 あり得ない、だがしかし現実としてホープイエローはブレイブブルーの後ろに居た。

 すかさず反転しようとするブレイブブルー。だがその時にはすでにホープイエローは弓を構えていた。


「『ツインホープアロー』!!」


 至近距離からの速射。二本の矢は身を翻したばかりのブレイブブルーに確実に命中し、その体を後方へと吹き飛ばした。

 ブルーはギリギリのところで急所を避け、ダメージを最低限に抑えた。着地したブレイブブルーは痛みに顔を顰めながらホープイエローの方へと向き直る。


「まさか……あなたからダメージを喰らうなんてね。驚いたわ。だけど、二度目はないわ」


 額に汗を滲ませながらホープイエローは悔やむ。急加速からの射撃。慣れない行動をしたせいで矢の狙いが僅かに逸れてしまったのだ。そのせいでブレイブブルーに矢を命中させることには成功したが、一撃で仕留めきることができなかった。


(もっと落ち着いて狙えば……ううん、ダメ。あれ以上構えてたら確実に反撃を喰らってた。撃つならあのタイミングしか無かった。あれで決着をつけれなかったのはわたしの実力不足)


「っぅ……」


 痺れるような痛みが体に走る。ブレイブブルーの技を避け、背後を取るために無茶な移動をしたせいだ。

 

(あの技はまだリスクが大きい。わたしの体にも確実にダメージが蓄積する。後二回くらいは使えるかもしれないけど、でもさっきみたいな使い方はできない。今度は確実に対応させる。まだタネは割れてないはずだけど……それでも使う場面は見極めないと。次に使う時は決着をつける時)


「……良かったです。ブルーがわたしのことを侮っていてくれたおかげで不意を突けました。どんな気持ちですか。侮っていた相手にダメージを負わされるのは。屈辱ですか?」

「あなたらしくないわね。そんな安い挑発に私が乗るとでも――」

「わたしらしくないってなんですか」

「え?」

「ブルー、あなたがわたしの何を知ってるんですか? ホープイエローとしてのわたし? それともクラスの委員長、黄嶋若葉としてのわたし? もしそれが『わたし』なら、確かにこんなことは言わないかもしれません。でもそれが本当のわたしだなんてどうして言い切れるんですか」


 その言葉はまさに先ほどブレイブブルーがホープイエローに言った言葉だった。

 魔法少女ホープイエロー、クラスの委員長黄嶋若葉。それらはあくまでブレイブブルーが青嵐寺零華が知る一部分でしか無い。


「わたしだって聖人君子じゃない。怒ることだってありますし、こんな風に侮られたら言い返したくもなります。そんなことすらあなたは知らなかった。でもそれはわたしも同じです。あなたのことを知った気になって、何も知らなかった。わたし達はお互いのことを何も知らない」

「…………」

「わたし達は仲間です。誰がなんと言ったって、あなたが否定したってわたしは言います。わたし達は仲間だって。でも、だけど、まだ本当の意味で仲間になれたわけじゃない。わたしも、ブルーも、レッドも、言ってないことがある。言えないことがある。誰かに頼る生き方をしてこなかったわたし達だから。誰かに頼る方法を知らなかったから」


 性格もなにもかも違う、似通わない三人。だが誰かに頼らない生き方をしてきたという点で三人は同じだった。


「でもそれじゃダメなんです。人は一人では生きていけないから。人が一人で背負える重さなんて限られてるから。それを助けるために仲間が必要なんです! だから教えてください、ブルー。あなたの本当を! 抱えているものを!」


 ブレイブブルーの本音を引き出すためにホープイエローは自分の本音をぶつけた。

 凍り付いたその心を溶かすために、まっすぐに自分の心をぶつけた。それ以外の方法をホープイエローは知らなかったから。

 

「うるさいわね……別に私はそんなことを望んでないわ」

「たとえ望んでいなくても、わたしは勝手に背負います。あなたの抱えたその重荷を。それが仲間だから。そのための力があるってことをその身で思い知らせてあげます。あなたをわたしが超えることで!」


 弓を構えるホープイエロー。ギリギリと弦を引き絞れば、ホープイエローの周囲に無数の矢が浮かび上がる。


「希望を紡ぐ雷光の矢、一撃百中、千撃万勝――穿て『ライトニングホープアロー』!!」


 

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