第170話 紫の魔法少女

「どーん」


 気の抜けたような声と共に怪人ミノの頭上から振り降ろされたのは、ラブリィレッドの身の丈よりも大きいハンマーだった。

 そしてそれを成したのは、紫色を基調とした服に身を包んだ魔法少女だった。


「う……ぐ……な、なんだ貴様……」


 紫の魔法少女が振り降ろしたハンマーを持ち上げると、その下にいたミノが呻きながらも体を起こそうとしていた。

 さすがは怪人の耐久力と言うべきか。普通の人間であればまず即死。二目と見れない姿になっていたであろう。さすがに無傷というわけでは無かったが、それでもまだ動くことはできる状態だった。

 起き上がろうとするミノのことを無感情な目で見つめていた紫の魔法少女は、再びハンマー振り上げ――。


「どーん」

「あがぁっ!」

「どーん」

「ま、まてっ!」

「どーん」

「やめ、やめろっ!」

「どーん」

「負け、負けだ! 俺の――」

「どーん」

「…………」

「ど――」

「ストップストォオオップ!!」


 完全に気を失ったミノに対してさらに追撃を加えようとする紫の魔法少女を見てラブリィレッドは慌てて止めに入った。これ以上は確実にミノを殺すと思ったからだ。

 やむなしであれば怪人を殺すことを厭わないラブリィレッドだが、生かして捕まえれるのであればその方が良いとは思っている。

 だがこの紫の魔法少女はそんな考えなどまるで無いかのようだった。確実に殺そうと、いや処理しようとしているかのようなその様にラブリィレッドは空恐ろしいものを感じていた。


「……なんで止めるの?」

「そしゃ止めるでしょ! もう完全に意識失ってるし!」

「でもまだ生きてる。思ったよりしぶとい」

「思ったよりしぶとい、じゃないから!」


 全く感情の読めない瞳で呟く紫の魔法少女。あまりにも話が通じていないような気がしてラブリィレッドは思わず頭を抱えそうになった。

 

(なんなんだよこいつ。マジで何考えてるかわかんねぇぞ)


「とにかく、その怪人は生かしたまま捕まえる。やむを得ない場合意外は殺さないようにって協会からも言われてるでしょ」


 生かして捕らえた方が報酬が高いのはもちろんそれが難しいからだ。生かしてないと情報も引き出せない。今は『ウバウンデス』のこともあって、できるだけ捕らえるようにと魔法少女統括協会から通達も出されていた。


「……忘れてた」

「~~~~~っ、やりづらいこの子……まぁいいや。とにかく殺しちゃダメだから」

「じゃあ生かして捕らえる」

「わかってくれたならそれでいいや。思いっきり横取りだったけどそれもどうでもよくなっちゃった」


 普段なら怪人を横取りされたことに腹を立てている所だが、それすら面倒なほどに紫の魔法少女との会話を面倒だと感じていた。


「パッションパープル」

「え?」

「わたしの名前。あなたはラブリィレッドだよね」

「うん、そうだけど。えっと……じゃあパープルでいいかな」

「構わない。ん」

「?」


 急に差し出された手にラブリィレッドは頭を傾げる。


「挨拶。初めて会う人にはちゃんと挨拶しなさいって」

「あー、なるほど。そういうこと。そうだね。知ってたみたいだけど一応名乗っておくね。私はラブリィレッドだよ。」

「あなたは有名。会えて嬉しい」

「嬉しいんだ。その顔で」

「もちろん。こんなに笑顔なのに」

「笑顔なんだ」


 ラブリィレッドから見てパッションパープルの表情は全く動いていなかったのだが、本人的には笑顔のつもりらしい。


「よろしく」

「うん、よろしくね。って力強っ」

「あ、ごめん。いつも力加減間違えちゃって。魔力で強化してるわけじゃないんだけど」

「え、強化してないの?」


 強化を解き忘れているのだと思っていたラブリィレッドは、素でこの力なのだと知って驚いた。

 パッションパープルは握っていた手を離すと、逆の手に持っていたハンマーを軽く振る。それだけで身の丈よりも大きかったハンマーが急速に縮み、腰に付けられるほどのサイズになる。


「それじゃあわたしは怪人を連れて行く」

「連れて行くって、協会の人呼ばないの?」

「呼ぶのめんどい。来るまで時間かかるし。直接連れて行った方が早い」

「それはそうかもしれないけど。あの怪人かなり大きいし、一人で連れて行くのはさすがに無理なんじゃ」

「問題ない」


 パッションパープルはそう言うと、完全に気絶しているミノのことを縛り上げ、頭の角を掴んで持ち上げた。ミノの体を軽く振り回し、動かせることを確認したパッションパープルはそのままミノの体を引きずり始めた。


「これで大丈夫。それじゃあ、また」

「あ、うん。またね……って、もう行っちゃったし」


 ラブリィレッドの返事も待たず、地面を踏み砕くほどの勢いで蹴ってパッションパープルは去って行った。

 これがラブリィレッドとパッションパープルの初めての邂逅だった。


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