第154話 わたしと彼の違い

「ふぅ。こんなところかな」


 授業と授業の僅かな合間の時間、若葉は手早くノートをまとめていた。復習を兼ねて授業の内容を別のノートに書いていたのだ。


「今日もやってるね委員長」


 若葉に声をかけたのは眠たげにあくびをしている空花だった。


「あ、空花ちゃん。って、すごく眠たそうだね」

「だって五時間目だし。お昼ご飯食べた後は眠たくなるものだ」

「確かにそうだけど」


 昼休み後の授業。生徒としては一番ツラい時間帯だ。普段は真面目に授業を受けている生徒ですらうつらうつらとしているほどだ。

 実際、若葉自身も眠気に負けそうになったことはあるから人のことは言えなかった。


「それ、ハルと青嵐嬢のためのノートでしょ? 毎日よくやるよね」

「うん。でもちゃんとまとめておかないと戻ってきた時に大変だと思うから」

「真面目、あぁ真面目過ぎる。あたしにはその真面目さが眩しすぎる」

「そんなことないと思うけど」

「あたしにはそんなことできないから。やろうって気持ちにすらならない」

「あはは、でも復習になってちょうどいいよ? 要点とか纏めるのは自分のためにもなるし」

「考え方が根本から違い過ぎる。ホントに人の役に立つ魔法少女の鏡だね委員長は」

「ちょ、ちょっと空花ちゃん」


 誰かに聞かれたのではないかと心配してキョロキョロと周囲を見渡す若葉だが、他のクラスメイト達は各々雑談に興じていて、若葉達の方に意識を向けている様子は無かった。


「そんなに心配しなくても大丈夫だ。みんな自分のお喋りに夢中だからな。それよりも今日ハルが退院するみたいだけど。帰りにハルの家に寄って見るか?」

「うん、そのつもりだったよ。纏めてあったノートも渡さないといけなかったし。あ、そうだ。退院祝いの何かも買っていかないと」

「そこまで気にしなくていいと思うけど。それじゃあまた放課後に」

「うん、後でね」


 自分の席へ戻っていく空花の背を若葉は複雑な面持ちで見つめる。


「魔法少女の鏡……か。全然そんなことないんだけど」

『ずいぶん情けない顔をしてるじゃない若葉』


 突然頭の中に声が響く。その声の主は若葉の鞄の中にいるフュンフだ。さすがにこれだけの生徒がいる状況で出て来るわけにはいかなかった。

 妖精に対する認識阻害はあるものの、見える人間がいないとも限らない。だからこそ用心して鞄の中から出ないようにしているのだ。


「そんな顔してたかな」

『鏡でも見てみなさいよ。情けないなんてものじゃないわよ。最近は怪人ともまともに戦ってないじゃない』

「それは……」

『まぁ理由はわかるけど。いつまでもそのままじゃいられないのはわかってるでしょ』

「…………」


 フュンフの指摘することはもっともだった。空花の言っていたとおり、晴輝と零華はもう退院している。二人と同じ部活動に入っている以上、怪人との戦いは避けられないのだから。


「でも、あの二人も復帰したばかりだししばらくは怪人の対処は……」

『あぁ、言っとくけど。晴輝……ラブリィレッドは今日怪人を捕まえたみたいよ』

「え?」


 フュンフから伝えられたことに事実に若葉は驚きを隠せなかった。晴輝がどれだけ大きな怪我をしていたのかを若葉は知っている。だというのに、復帰した当日に怪人と戦うなど正気の沙汰とは思えなかった。


「そ、それで怪我とかは……」

『大丈夫だったみたいよ。ずっと体を動かしたかったんでしょうね。それで怪人と戦うのを選ぶ辺りあの子もだいぶ魔法少女に染まってきてるけど。ふふっ』

「もう怪人と……あんなことがあったのに……」


 あの圧倒的力の持ち主だったオウガと戦い、それでも怪人と戦えるほどの精神力。それは今の若葉が持ち合わせていないものだった。


「っ」


 ペンを握る手に力が入る。


(魔法少女に憧れ続けてきたわたしと、魔法少女を嫌っていた紅咲君。今は同じ魔法少女だけど……魔法少女として相応しいのは……)


 悔しさと情けなさが若葉の中に湧き上がり、そんな感情を自分が抱いたことを若葉は驚いていた。


「確かめないと……わたしが魔法少女であり続けるためにも……」


 そんな決意を胸に、若葉は次の授業へと臨むのだった。

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