第153話 憧れと現実の狭間

「ずいぶんあっさり終わったわね」


 リペアが怪人を連れて行った後、遠くから様子を見ていたブルーが近づいてきた。


「あっさり終わったというか期待外れだったというか……不完全燃焼なんだけど」

「ふふ、遠目から見ていてもわかるほどに弱かったものね」

「別に苦戦したかったとかそういうわけじゃないんだけどさー。もうちょっとあるじゃん。あんなあっさり諦めるとか根性無さ過ぎじゃない?」

「抗っても無駄だと思ってたのか、それともその程度の気持ちだったのか。何か話してたみたいだけど」

「あぁ、うん。実はね――」


 オレはあのエビ怪人から聞き出した情報をブルーにも話した。

 別に隠すようなことでもねぇし、あの感じだと近いうちに注意喚起みたいなのも出されそうだからな。


「薬? そんなもので怪人になったっていうの?」

「あの怪人の言葉をそのまま信用するなら、だけど。詳しいことは調べてみたいとわからないんじゃない?」

「そうね。その辺りの知識は専門外だからわからないけど。あの怪人を調べたら何かわかるかもしれないわね」

「それに期待するしかないよね。直接なんかしてくるならまだしも、ネット上のこととかなんにもわかんないし」

「……いえ、私達でも調べる方法はあるかもしれないわ」

「え?」

「こればかりは私達の身分が役に立つわね」

「身分? って、あぁ! そういうこと?」


 ブルーの言わんとすることがなんとなくわかった。

 自慢じゃねぇが、オレは全くと言っていいほどネットの知識がねぇ。でもオレらは今高校生だ。

 流行に聡い十代の若者が集まる場所、学校がある。

 もしかしたら何か知ってる奴がいても不思議じゃねぇ。


「せっかく部活なんてものまで立ち上げたわけだし、それを利用しない手はないでしょう?」

「確かにそうかもしれないけど。いや、でもそっか。せっかく与えられた使えるものなわけだしね」

「えぇ。この高校生という立場、利用しないのはあまりにももったいないわ」

「というか、やっぱり調べる気満々なんだ」

「もちろんよ。怪人が関わってる可能性がある以上見過ごすわけにもいかないし。タイミング的にもあの『ウバウンデス』の関与だって十分に疑える。彼女にも話す必要はあるでしょうけど、私達『魔法少女研究部』の最初の活動はとりあえず決まりそうね」

「そういうことになるのかな」


 どのみちオレらのやっていくことはかわらねぇ。魔法少女の仕事が怪人を捕まえたり、細々した依頼を片付けることである以上はいつかはかち合うだろうしな。


「さて、それじゃあ今日のところのは帰りましょうか」

「え、もう? 私まだ全然疲れてないんだけど。さっきの戦いも不完全燃焼だし。中途半端に動こうとした分、余計にモヤモヤしてるというか」

「確かにそうかもしれなけど。復帰初日から無理することないでしょう?」

「別に無理なんかしてないんだけどなー」

「今日は諦めなさい。明日以降なら模擬戦でもなんでも付き合ってあげるわ。無茶して怪我して秋穂ちゃんをまた心配させるつもり?」

「それは……あぁもうわかった! わかったってば。とりあえず久しぶりに変身して動く感覚は掴めたし」


 とりあえず今日の目的は変身して動くことだしな。あのエビ怪人のところに行くまでの間にやったブルーとの競争。あれのおかげでだいぶ感覚を取り戻せた。

 その後のあいつとの戦いは……まぁ言うまでもないか。とりあえず魔力使って動く感覚ってのを取り戻せただけで満足するべきか。

 今の状態じゃこいつを出し抜けるとも思えねぇしな。今日のところは大人しく帰るとするか。






■□■□■□■□■□■□■□■□■


 同じ頃、学校にて。


「えー、この数式の解き方は――」


 先生の声が教室内に響く。聞こえてくるのはそれだけじゃない。

 ひそひそと話す生徒達の声。横に手紙を渡して交換する人もいれば、授業など一切聞かずに寝ている人までいる。

 そんな中で若葉は熱心にノートをとり続けていた。ペンを走らせ、教科書と黒板を見比べ内容の理解を深める。

 若葉は魔法少女になってからというもの、これまで以上に熱心に授業に取り組むようになっていた。理由は単純だ。今までなら家に帰って予習と復習に当てていた時間を魔法少女としての活動に当てるようになったからだ。

 それでも成績を落とすわけにはいかないと一度の授業で内容を完璧に理解できるように努めているのだ。


「…………」


 晴輝と零華が入院している間も若葉はホープイエローとして魔法少女の活動を続けていた。だがその間、一度も怪人とは戦って居なかった。オウガと戦って以降、僅かな恐れが若葉の中に芽生えていたのだ。

 そんな自分に対する怒りと苛立ちが若葉の心を締め付ける。


「わたしは……」


 憧れと現実の狭間に若葉は立っていた。その狭間でどうすればいいかわからず立ち尽くしていたのだ。


「とにかく今は授業に集中しよう」


 授業から逸れかけた思考を無理矢理元に戻す。

 そうすることで自分の悩みからも目を逸らすように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る