第131話 非常な現実

 晴輝と零華が教室を飛び出していった後のこと。

 徐々に現状への理解が広がりはじめた生徒達の間で、徐々に騒ぎが大きくなりつつあった。


「な、なぁおい。これヤバいんじゃねぇか?」

「早く、早く逃げねぇと!!」


 生徒達も怪人の存在はもちろん知っている。だが、その脅威を知ってはいても実際に見たことのある者はほとんどいないのが実情だ。日頃避難訓練をしていても、どこかそれを他人事のように感じてしまう。

 自分だけは大丈夫なはずだと、根拠の無い自信があったのだ。

 それがまさか急にこんな危機的状況に放り込まれるなど、誰が予想するだろうか。

 そして、突然そんな状況になってしまえば冷静に対応できる者などほとんどいないのが実情だ。


「ま、魔法少女達は何やってんだよ!」

「そうよ! すぐそこに怪人がいるのに!」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ! 俺達も早く避難しねぇと!」


 魔法少女に助けを求める者。避難訓練のセオリーも忘れて我先にと逃げだそうとする者。外部に連絡しようとする者など、動き方は様々だったが、共通していたのは一刻も早く怪人の脅威から逃れたいという思いだけだった。

 そんな中にあって、教室に残っていた亮平と空花は比較的冷静だった。


「な、なぁこれ、さすがにヤバくねぇか?」

「みんな冷静さを失ってる。それに、もしかしたら閉じ込められたかも」

「閉じ込められた?」

「これ見て」


 珍しく真面目な顔をしている空花が亮平に見せたのはスマートフォンの画面。そこには圏外の文字。普通ならあり得ない表記だった。


「なんで圏外になってんだよ」

「それはわからないけど。でも、あの怪人達が何かしたんじゃない?」


 そう言って空花が視線を向けたのはグラウンドにいる怪人達。離れた位置に居ても感じるほどの威圧感を放っていた。

 冷や汗を流しながら、空花は教室内を見回す。全員どうすればいいかわからないという顔をしていた。


「……あれ、そういえば委員長は?」

「? ほんとだ。さっきまで居たはずなのにな。って、今はそれどころじゃねぇだろ。俺らも早くどうするか決めねぇと」

「うん。でもこの状況じゃ……誰が何言っても耳貸しそうな感じしないし。せめて先生でも来れば話は別なんだろうけど」

「いや、この状況じゃ先生が来てもだろ。ってか、先生もどうするか対応に悩んでんじゃねぇのか?」

「いかにもありそう。でも問題はそれよりも――っ!」


 突然教室が揺れる。同時に響く破砕音に教室内に悲鳴が響く。


「な、なんだよこれ」

「おい、外見てみろよ!」

「魔法少女だ! 魔法少女達が怪人と戦ってるぞ!」

「あれ、最近話題になってるラブリィレッド達じゃない?」


 一人の男子が外を指さしながら叫ぶ。そこではラブリィレッドやブレイブブルー、ホープイエローが怪人達と戦っていた。

 魔法少女が助けに来てくれた。その事実に生徒達は希望を見いだす。しかし、すぐに様子がおかしいことに気づいた。


「な、なぁもしかして……押されてるのか?」

「嘘でも……」

「だ、大丈夫だろ。なぁ?」

「俺にそんなこと聞くなよ!」


 窓の外の戦いを見ていた生徒達はラブリィレッド達が防戦一方であることに徐々に焦りを感じだしていた。

 全員に共通していたのは、早く怪人を倒して助けてくれという思い。

 他力本願で無責任な思いだが、彼らに怪人と戦える力が無い以上そう願うのも無理はないことだった。

 祈るような気持ちで戦いを見つめる生徒達だが、現実は非情だ。

 正義の味方が勝つことが約束された漫画やアニメとは違う。

 ラブリィレッドが怪人――オウガの一撃で校舎に叩きつけられるのを見た生徒達は、今度こそ完全に冷静さを失って我先にと教室から逃げ出し始めた。

 

「まさか……ラブリィレッドが……」

「そんなこと言ってる場合じゃない。私達も早く逃げるぞ。って言っても、この状況じゃどこに居ても同じかもしれないけど。せめて他の魔法少女来るまでの間隠れれそうな場所くらい見つけないと」

「認めねぇ!」

「は? いきなり何言ってるの?」

「まだラブリィレッドは負けたわけじゃねぇ! それなのに俺だけおめおめと逃げ出せるかよ!」

「ちょっと、リョウ!」


 空花が呼び止めるのも聞かず、亮平は入り口に殺到している生徒達とは反対に窓側へと近づいた。そしてカーテンを無理矢理外して結び、縄のようにして窓から降り始めた。


「どこに行くつもりだ! バカなこと考えるな!」

「あいにく俺はバカなんだよ! 今行ったら助けられるかもしれねぇだろ!」

「っっ、あぁもう!! こんな時に限ってハルもまた居なくなってるし」


 悩んだのは一瞬、結局空花は亮平の作ったカーテンの縄を使って同じように下に向かった。


「なんだよ。結局お前も来たのか」

「バカを一人にするわけにもいかないでしょこのバカ、馬鹿!」

「へへ、心配だったなら心配って素直に言えよ」

「ふんっ!」

「ごばぁっ?! お、お前、この状況で殴るのは違うだろ……」

「こんな状況で頭の悪い行動してるリョウに言われたくない。それよりも助けるっていうなら早くしないと。もし怪人がここに来たりしたら」

「わかってるって。幸いラブリィレッドが突っ込んだ場所の近くに降りれたしな。早く見つけねぇと」


 一階の廊下、その壁の一部が壊れて外と繋がっていた。そこがラブリィレッドが飛ばされてきた場所だろうと当たりをつけて亮平は向かう。

 だが――。


「あ……」

「遅かったか」


 突き破られた壁から姿を見せたのは、さっきまでラブリィレッドと戦っていた怪人、オウガだった。

 息が詰まるような感覚。全身から汗が噴き出るのを亮平は感じていた。逃げ出したくなる気持ちを抑えてラブリィレッドの方へと走り出す。


「……なんだお前は」

「お、俺は秋永亮平! ラ、ラブリィレッドのファンだ!!」


 こうして亮平と空花はオウガと対峙した。


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