第132話 晴輝にとっての愛

 負けた……。

 オレは負けた。完膚なきまでに。言い訳のしようが無いくらいに。

 力も及ばず、魔法を通じず、オレが魔法少女として積み上げてきたものは一瞬で潰された。


「ちくしょう……」


 自分の情けなさに腹が立つ。オレがもっと強ければ、オレにもっと力があれば。

 そんな意味のない後悔ばかりが頭の中をグルグル回る。


「あぁくそっ!!」


 地面を蹴っても帰ってくるのは冷たい感触だけだ。


「って、オレ……今どこにいるんだ?」


 今更な疑問に行き着く。

 オレは確かあいつに負けて、意識を失ったはずなんだが……。


「はぁ、今更そこに気づくなんて。そうとう鈍いわね」

「っ! お前、フュンフ!!」


 気づけば、今までずっと姿の見えなかったフュンフがそこに居た。


「お前いままでどこに、いや、そうじゃねぇ、それよりここはなんなんだよ!」

「あーはいはい。説明してあげるから少しは落ち着きなさいな」

「逆になんでお前はそんなに落ち着きはらってんだよ」

「とりあえずここがどこかって話よね。簡単に言うならあなたの精神世界みたいなものよ。本当はもっと複雑なんだけど、説明するのも面倒だからそれで理解してくれたらいいわ」

「精神世界……」

「もちろんわかってると思うけど、現実のあなたはもうボロボロのズタズタね。あのオウガに完膚なきまでに敗れたわ」

「っ……」

「全力を出してもなお敵わなかった。小細工しても正面から突破された。そんなあなたの今の気分は最悪ってところかしら?」

「わかってんなら黙ってろ」

「別に黙っててもいいけど、あなたこのままじゃ死ぬわよ」

「は?」

「当然でしょ。敵を目前にして意識を失った状態。死ぬに決まってるじゃない」

「…………」


 そうか考えりゃ当然の話だ。現実のオレはオウガの前で無様に意識を失ってんだからな。今こうしてる次の瞬間に殺されてもおかしくねぇ。


「あら、ずいぶんと潔く受け入れるのね。もっと慌てるかと思ったけど」

「慌ててどうするってんだよ。今更どうすることもできねぇだろうが」

「……そう。まぁあなたがそれでいいならいいわ。彼らはどうなるか知らないけど」

「彼ら?」


 フュンフがトン、と軽く足下を叩くとぼんやりと何かが映り出す。そして、そこに映っていたのは……。


「っ!? 亮平、空花!!」


 なぜかオウガと対峙している亮平と空花の姿だった。


『死にたくなければどくがいい、人間』

『う、うるせぇ! お前こそどっかいきやがれ!』

『あぁもうバカリョウ! どうなっても知らないからな!』


 なんでだよ。なんで避難してるはずの亮平と空花がこんなところにいんだ!


「おいどういうことだフュンフ!」

「どうもこうもないわ。あなたを助けるために来たみたいよ」

「オレを……馬鹿野郎が。なんでそんなことを」

「理由は知らないけど。とにかく、あなたがここで諦めるなら、彼らも終わりね。ブルーも他の怪人と戦ってるし、イエローは間に合いそうにない。近くにいるのはあなただけ。でも、諦めるならそうね。一緒に死ぬしか無いんじゃ無い?」

「お前っ!」


 思わずフュンフのことを掴みあげる。だが、フュンフはすました表情のままだ。


「なに? 私は事実しか言ってないわよ。あなたがここで諦めるなら終わりなのは事実でしょ。言っとくけど、私に頼っても無駄だから。助けるつもりなんて無いし、助ける力もない」


 確かにこいつの言うとおりだ。ここでこいつに八つ当たりしたって何が変わるわけでもない。


「……じゃあどうしろってんだよ。今オレが目覚めたとして、あいつに勝てるわけじゃねぇのに」

「そうね。あなたがこのまま諦めるなら」

「このまま? どういうことだよ」

「そのままの意味よ。考えてみなさい。あなたに与えられた、私が与えた、魔法少女という力の意味を」

「力の……意味……」

「あなたにとって魔法少女ってなんなのかしら」

 

 オレにとって魔法少女は……。

 改めて突きつけられる。『魔法少女とは何か』ということを。

 オレにとって魔法少女は気に食わない存在だ。力を持ってるくせに、怪人を倒せる力があるくせに、怪人だけじゃなく、魔法少女同士でも争い続けてる。

 そんなことをしてるからあいつは……詩音は……。だが、じゃあ今は?

 オレ自身も魔法少女になった今は?

 変わらない。相変わらず魔法少女は気に食わない。だがその力は認められる。いろんな魔法少女に会って、いろんな魔法少女がいることを知った。

 少なくとも、多少は……前よりは、詩音が魔法少女に憧れてた理由がわかった……かもしれない。

 ドクン、と心臓が脈打つ。


「なんだ、今の……」

「……ふふ、それじゃあもう一つ。あなたにとって『愛』って何?」

「『愛』? なんでんなこと」

「いいから。大事なことよ。考えなさい」

「なんだよ……」


 愛だなんだとか……急にんなこと言われてもわかるわけ……。


『知らないのハル君、魔法少女はね――』


「……あ」


 そうだ。昔あいつは言ってた。

 思い出せ。あいつがなんて言ってたのかを。

 昔の記憶を探る。答えは思った以上にすぐ見つかった。


『魔法少女はね、愛の力で世界を救えるんだよ!!』

『……はぁ? なんだよそれ』

『だからね、魔法少女は愛の力で世界を救うの。みんなの心に愛の力で戦うんだよ!』

『いや、意味がわからん。愛とかじゃないだろ。もっと剣とか色々使ってんじゃねぇか』

『もー、だからそうじゃなくて。なんて言ったらいいかなー』

『だいたい愛だのなんだのってのが意味わからん』

『愛は簡単だよ。ほら、手を出して』

『っ、いきなり握ってくるんじゃねぇよ!』

『いいからいいから。ほら、私の手、温かいでしょ』

『あぁ……じゃねぇっ! だからなんなんだよ!』

『これが愛なんだよ』

『どういうことだよ』


 そうだ。その後あいつは言ったんだ。


「……熱だ」

「熱?」

「あぁ、そうだ。人は何かを愛する時、熱を持つ。人だけじゃない。趣味でも、部活でも、なんでもそうだ。本気で何かを愛する時に人は熱を抱く」

「それがあんたにとっての『愛』?」

「オレにとってのっつーか……いや、でもそうだな」


 詩音が昔語った『愛』。思い出したら自分でも思った以上にしっくり来たかもしれない。

 確かにそうだ。愛とは熱。単純でわかりやすい。

 また、心臓がドクンと跳ねた。

 なんだこの感覚……。


「それがなんだってんだよ」

「まだわからないの? というか忘れたの? あなたはラブリィレッド。愛の魔法少女なのよ。そのあんたが自分の使ってる力の意味も理解しないまま戦っても意味ないでしょ」

「オレの……力の意味」

「愛の魔法少女、ラブリィレッド。あんたは今……何を愛してるの」

「愛……オレが愛してるもの。いや、オレが何に対して熱を抱いてるのか……」


 不思議な感じだ。普段ならそんなこと考えない。

 愛だのなんだのなんて考える気にもならねぇ。でも今だけは素直に考えることはできた。

 オレが愛してるのは……まずは家族だ。秋穂や千夏や冬也。あいつらのことは間違いなく愛してる。

 

「後は……ダチだ。愛してるなんて大仰な言い方をする気はねぇけど、あいつらはオレにとって数少ない、ダチなんだ」


 あいつらが危険に晒されてる。そう考えるだけで頭が沸騰しそうになる。

 心が燃えたぎるように熱くなる。


「その熱を、想いを、力に変えなさい。男だろうと女だろうと、魔法少女だろうとそうじゃなかろうと、あんたにとっての『愛』の形は変わらないはずよ。小難しいことは考えず、囚われず、あんただけの力をつかみ取ってみなさい」

「オレだけの……力……」


 気づけばオレの姿は『ラブリィレッド』へと変身していた。

 そうだ……そうだな。どんな姿でも、そこは変わらない。

 オレにとってあいつらはダチで、今そのダチのピンチを救えるのは……。


「オレだけだっ!」






 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「お、俺はどかねぇからな!」

「たかが人の分際で……いいだろう。ならその愚かしさを悔いながら死ね」


 ラブリィレッドのことを庇い立てるようにその前に立つ亮平。空花はラブリィレッドの隣にいたが、どうすることもできずに立ち尽くしていた。


「リョウ!」

「お前は逃げろ!」

「あーもう、リョウに何かあったらハルになんて言えばいいの!」

「魔法少女への愛に殉じたとでも言っといてくれ」

「言えるかこのバカっ! 大馬鹿! 自分に酔ってじゃない!」


 オウガへの恐怖で死への感覚すら麻痺してしまったのか、亮平は本気で言っていた。そんな亮平のことをオウガは心底あきれたような目で見つめ、障害物を退けるために大剣を振り上げた。

 

「その愚かさを悔いて死ね」

「っ!」

「リョウッッ!!」


 その次の瞬間だった。

 オウガが大剣を振り下ろすよりも速く、炎が走った。


「むっ!?」

「ど、らぁああああああああああっっ!!」

「っ!! この力はっ!」


 とっさに大剣で防御したオウガだったが、想像以上の力に押し返され、外へと弾き飛ばされた。


「ククク……あはははははははっっ!! そうか、まだ立ち上がるかラブリィレッドォッ!!」


 歓喜の声を上げるオウガ。その視界の先には倒れていたはずのラブリィレッドが立っていた。


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