第106話 気付けば案外お気に入り
学校へ向かう用意をしたオレはそのまま足早に家を出る。
だが向かうのは学校じゃない『グリモワール』だ。もちろんもう飛んでいくような面倒なことはしない。青嵐寺から教えてもらった転移石の魔道具があるからな。
「っと、その前に変身しとかねぇとな——ラブリィチェンジ」
建物の影に隠れて変身する。流石にもう手慣れたもんだ。周囲の目がなけりゃ変身の言葉すら恥ずかし気もなく言えるようになっちまった。
時々その事実を思い出して死にたくなるけどな。
「よし、問題無しと。そんじゃさっさと行こうかな」
取り出した転移石に魔力を込めれば、一瞬の浮遊感の後にはもうすでに『グリモワール』に到着だ。魔道具ってのは便利なもんだ。まぁ、便利なだけあってそこそこな値段するんだが。滅茶苦茶高いってわけでもねぇけど、使い捨ての割にはって感じの値段ではある。
まぁ最近はホープイエロー達と依頼を受けまくってたから、ある程度懐に余裕もあるんだが。
「……朝に来るのは久しぶりだけど、やっぱりこの時間でも結構多いな」
時間の流れが外の世界の十分の一になるらしいからな。ここで十分過ごしても外じゃ一分しか経ってない。それでも電話とかは普通に繋がるから不思議なんだが。
ま、そんな細かいことは考えてもしょうがねぇか。わかるわけねぇしな。できるもんはできる。それでいいだろ。
「って、こんなことしてる場合じゃなかった。早く行かないと」
今回の目的はドワーフメイスの工房に行くことだ。あれからもなんだかんだと世話になってる。今日の目的はいつも使ってる『ビュンビュンちゃん』のメンテナンスだ。
この名前だけなぁ、なんとかならねぇかなぁ。まぁ今さらな話か。
ドワーフメイスの工房に近づくと、槌で何かを打つようなカーン、カーンという甲高い音が外まで響いてきた。
今日も元気にやってるみたいだな。
「失礼しまーすってうわぁっ!」
気軽にドアを開けた瞬間、とんでもない熱気が肌を打った。一瞬で汗が噴き出るくらいの熱量だ。反射的に体を魔力で覆う。
これでマシになるはず……というか、滅茶苦茶煙たいな!
たぶん奥の鍛冶場の方にいるんだろうが、まだ音が途切れない当たりオレが入って来たことにも気付いてないな。ったく、あっちから朝しか時間がないから来てくれって言ってきたくせに。
「メイスー、来たよー!」
できるだけ大きな声を出す。あいつ一回集中すると他のこと全く気付かないからな。
「聞こえてるー! いるよねー!!」
声を張り上げてメイスのことを呼ぶ。だがやっぱり反応は無い。仕方ない、直接行くしかないか。
鍛冶場の中を覗くと、案の定というべきか一心不乱に槌を振り下ろしていた。よくもまぁこのクソ熱い中でここまで集中できるもんだ。
まぁオレみたいに魔法で体を守ってるんだろうがな。
「メイス、来たって言ってるでしょ!」
「へ?」
「へ? じゃないから。もう、さっきからずっと呼んでたのに気づきもしないんだから」
「あはは、ごめんごめん。ってもうそんな時間なの!?」
「そんな時間って、この通りだけど」
今の時間は七時半過ぎ。そんな時間と言えばそんな時間だ。
「あちゃー、全然気づかなかった。昨日からずっとやってたんだけど、なかなかうまくいかなくてさー」
「昨日の夜からって、何時間やってるの……」
「んー、まぁいつものことだから気にしないで」
いつものことなのかもしれねぇが、いくらなんでも無茶過ぎるだろ。
「そんなこと続けてたらいつか倒れると思うけど」
「大丈夫大丈夫。慣れてるからさ。あ、でもお風呂に入り忘れてたのは痛いかも……まぁいいか。女の子同士だもんね」
だから女の子同士じゃねぇんだよ。なんて言えるわけもねぇし。こいつが煤だらけになってるのもいつものことだからな。
「うーん、でもさすがに学校に行く前にはお風呂に入らないと。こういうときここの時間の流れがゆっくりなの嬉しいよねぇ。仮眠もとれるし」
「まぁそれはわかるけど。ってそれは今どうでもよくて。メンテナンスしてくれるんでしょ。はいこれ」
「うん、確かに受け取ったよ。明日の放課後までには終わらせるから。終わったら連絡するね。それにしても……ずいぶん気に入ってくれたんだね、『ビュンビュンちゃん』」
「うっ、べ、別に気にいったわけじゃ……」
「またまた、誤魔化さなくてもいいから。だってこーんなに使いこんでくれてるんだから。それぐらい見たらわかるよ」
ちっ、さすがに目敏いというか。まぁ確かにずっと使ってるからな。
名前はあれだが、実際使ってみるとかなり便利というか。空を飛ぶときだけじゃねぇ。地面を蹴って走る時もその補助をしてくれてる。初速から最高速で走れるし、その時の姿勢制御も手助けしてくれるからな。
「うんうん、なるほど。こういう風に摩耗してるんだ。ならここにあの素材を使って……」
「ダメだ。また自分の世界に入ってるし。あ、そうだ。ねぇメイス、一つ聞きたかったんだけど」
「ん? なに?」
「あのさー、転移石とかって作れたりしない?」
「あー、あれか。うーん、作れなくはないんだけど……」
「ないんだけど?」
「ちょっと苦手って言うか。作ってもいいけど、転移位置がちょっとズレるかも」
「ちょっとってどれくらい?」
「たとえばこの場所に転移しようとしたら、地面の中とか壁の中に転移することに」
「なにそれこわっ!!」
「あはは、苦手なんだよねー。練習しろって話なんだけどさ。あ、もしレッドちゃんが練習に付き合ってくれるなら——」
「遠慮します」
「ちぇっ、残念。まぁ仕方ないか」
転移石にかかる金を少しでも浮かせれねぇかと思ったんだが、そう上手くはいかねぇか。
さすがに転移して地面の中はゴメンだからな。ってかそういうリスクもあるのか。気を付けねぇとな。
「はいこれ、魔道具の予備ね。レッドちゃん用に調整してあるこっちとは違うから、使い勝手は変わるだろうけど」
「あ、ども。っていつの間に予備なんか」
「えへへ、用意しといたの。預かってる間不便な思いさせるのも申し訳ないし」
「そこまで気を使わなくても……でもまぁ、ありがたく受け取っときます」
「ついでにこれもどうぞ」
「? これは?」
「手甲だよ。ほら、レッドちゃんって近接攻撃はパンチとかキックでしょ? キックならこっちの『ビュンビュンちゃん』でなんとかできるけど、せっかくならパンチの方も威力増強させた方がいいかなって。ちなみに防御にも使えるから」
なるほど、そういうことか。確かにそれならありがてぇ話か。
足の奴とは違ってそんなに大きすぎるわけでもねぇし、使いやすそうだ。
「ちなみにそれもデータよろしくね」
「あ、やっぱり……あいあい、わかりましたー」
「よし、それじゃあ今から頑張っちゃおうかな!」
「お風呂とか入るんじゃ……ってもう人の話聞いてないし。ま、あんまり無理しないようにね。私はもう行くから」
そして手甲と呼びの『ビュンビュンちゃん』を受け取ったオレはドワーフメイスの工房を後にしたのだった。
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