第93話 希望の矢

 晴輝と零華が『グリモワール』で話をしていた頃、件の魔法少女——ホープイエローは怪人との戦いを繰り広げていた。


「くそ、こんな所でやられてたまるか!」

「逃がさない!」


 追い詰めていたカメレオン型の怪人が逃げ出したのを見て、ホープイエローはすかさずその後を追いかける。

 今ホープイエローが追っているのは、最近巷を騒がせていた切り裂き魔の怪人だ。老若男女問わず、目についた人を襲う非常に悪質な怪人。その犯行手口は巧妙で、被害者が一人の時に、死角から襲いかかるのだ。逃げ足も速く、通報があってから駆けつけても、その時にはすでに逃げていなくなっている。

 そのせいでどんな怪人なのかも判然としていなかった。多くの魔法少女がその行方を捜す中で、ホープイエローはこれまでの事件の傾向を洗い出し、今までの犯行地点がどこだったかを調べることで次の犯行地点がどこになるかという予測を立てたのだ。

 そしてその予測は見事に当たり、被害者が襲われる直前でなんとか駆けつけることができたのだ。


「っ、速い……」


 事前にわかっていた通り、逃げ足だけは速かった。ホープイエローの姿を見るやいなや脇目もふらずに逃げ出し、そこからずっと追いかけている。何度も追い詰め、ダメージを与えはしたが一向に戦う素振りは見せず、次で仕留めると決めたタイミングで怪人はここ一番の逃げ足を見せたのだ。


「ほらほら、早く追いかけないと逃げられちゃうわよ?」

「わかってる。でも絶対に逃がさない。あんな非道な怪人、ここで逃がしたらきっともっと被害者が出るもの」


 被害者となった人がいったいどれほどの恐怖を感じたか、それを考えるだけでホープイエローの心には怒りが燃え上がる。絶対に逃がしはしないと、その決意を胸にホープイエローは武器を構えた。

 その手に握るのは弓だ。その名と同じ、黄色の弓。矢となるのはホープイエロー自身の魔力だ。


「そこっ!」


 ホープイエローは事前に街の地図を頭に叩き込んでいる。こうして追いかけながらも自分がどこを走っているのかちゃんと把握していた。だからこそ、今走っている道の先が行き止まりで、その手前で曲がらなければならないことはわかっていた。

 曲がる瞬間の減速。その瞬間を狙ってホープイエローは矢を放ったのだ。


「あがっ?!」

「あ、ズレた。でも当たりはしたはず」


 本当なら足を射貫いて動きを止めるつもりだったが、ホープイエロー自身も動きながらの狙撃だったために僅かに狙いが逸れたのだ。

 それでも確実に足には当てた。逃げる速度は確実に落ちたはずだと判断したホープイエローはすぐに追いかけた。狙撃した地点から血が点々と続いていため、追うのは簡単だった。

 そしていくつかの角を曲がった先で、ホープイエローはようやく再び怪人の姿を視認することができた。


「見つけた!」


 予想通りと言うべきか、狙撃された足を若干引きずるようにしながら逃げていた。その怪人はホープイエローの姿を見ると、恐怖に慄いたような顔をした。しかしそこで、ホープイエローにとっても怪人にとっても予想外の出来事があった。

 子供が現れたのだ。小さな女の子。何も気づかずに出てきてしまったのだろう、女の子は怪人の姿を見て怯えて動けなくなってしまっていた。

 その子を見た怪人はツイていると言わんばかりに笑みを浮かべる。そしてホープイエローが弓を構えたのと、怪人が女の子を捕まえたのはほぼ同時だった。


「動くな!」

「っ!」


 女の子の首に手をやり、ホープイエローのことを脅迫する怪人。いつでも殺せると、暗にそう言っているのだ。


「へへへ、それでいい。なぁに。安心しろって。すぐに殺したりしないからな。俺が無事に逃げきれたら解放してやるよ」

「まぁ、清々しいくらいのクズっぷりね」


 ホープイエローの後ろにいた妖精——フュンフがクスクスと笑いながら言う。

 しかしホープイエローにはそんな言葉に耳を貸している余裕はなかった。


「動くなよ? 何もするな。オレが少しでもおかしいと感じたらこいつに首を圧し折るからな」

「お、おねえちゃん……」


 へへへ、と笑いながら少しずつ距離を取る怪人。このまま逃げるつもりなのは明白だった。

 女の子は恐怖し、涙を流しながらホープイエローに助けを求める。

 そんな女の子を安心させるように、ホープイエローは笑顔を浮かべた。


「大丈夫だよ。私がすぐに助けてあげるから」

「おい、何言ってんだてめぇ。妙な真似したらすぐにこいつの首を——」

「私は悪を許さない」


 怪人の言葉を遮るようにホープイエローは言う。


「この世界に悪が、怪人が蔓延ると言うなら……私がみんなの希望の光になってみせる。そう決めたから私はこの力を手にした。私の力で、みんな助けてみせる!」

「だから妙な真似すんなって言ってんだろうが!」

 

怪人が手に力を込めるよりも、ホープイエローの方が速かった。


「『サンダーアロー』!!」


 音よりも早く放たれた矢が怪人の肩を射貫く。


「あがぁっ!?」


 驚きを顔に浮かべる怪人。その隙に肉薄したホープイエローが怪人の手から子供を奪い返す。


「もう大丈夫だからね」

「うわぁあああんっ」


 声を上げて泣く子供を優しく抱きしめるホープイエロー。一方、子供という切り札を奪われた怪人はいよいよ後が無くなっていた。


「くそっ!」

「無駄。絶対に逃がさない! ——貫いて、希望の光! 『ホープアロー』!!」

「ぐぁああああっっ!」


 背を向けて逃げ出した怪人をホープイエローの矢が射貫く。


「希望の光がある限り、この世に悪は栄えない!!」





 その後、捕まえた怪人を魔法少女統括協会に引き渡したホープイエローは怪人に捕まった子供を家まで送り届けていた。


「バイバイお姉ちゃん! またね! ありがとねー!」

「うん、バイバイ。元気でね」


 笑顔で子供を見送ったホープイエローは、その子の姿が見えなくなった後キョロキョロと周囲を見回して建物の影へと隠れる。

 そして、壁にもたれ掛かると同時に変身を解いた。


「っ、はぁあああああああ。緊張した。すっごく緊張したぁ……」

「フフン、頑張ったじゃない若葉」

「フュンフちゃん……」


 ホープイエロー——黄嶋若葉は声をかけてきたフュンフに泣きそうな顔を向ける。

 そこにさっきまでのホープイエローとしての凛とした姿は無かった。


「怖かったよぉ。なんで子供なんて人質にするのかなぁ」

「あぁもう、泣きつかないでよ鬱陶しい。なんで変身してる時は平気なのに、変身解除したらこうなるんだか」

「だってホープイエローは……理想の私だから」

「ふぅん。ま、いいわ。魔法少女として活動してくるなら問題ないし。それより、そろそろいい機会だと思うのよね」

「いい機会?」

「あなたの仲間に会わせてあげる」

「……仲間?」


 首を傾げる若葉と、ニヤニヤと笑うフュンフ。

 零音に言っていた機会は、晴輝達が考えていたよりも早く訪れようとしていた。

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