第92話 『グリモワール』で得た物

 オレの体の様子を確かめた後、教官とプレアナースは用事があるとかで医務室を出て行った。しばらくしたら体も動くようになるだろうから、そしたら勝手に帰っても構わないって話だった。

 確かに体の調子は起きた時よりも良くなってる。あと少ししたら動けるようにもなりそうだ。

 まぁ今はそれよりも……。


「ブルー、起きてるんでしょ?」

「……気付いてたのね」

「当たり前でしょ。ちょっと前から起きてたくせに。たぶんあの二人も気付いてたと思うけど」

「でしょうね。そして、それがわかったうえで出て行ったんでしょう」


 むくりと起き上がるブルー、もとい青嵐寺。どうやら今の様子を見る限り、オレよりも傷の治りは早いみたいだな。

 

「もう動けそうね。さすがプレアさんだわ」

「いつも世話になってるの?」

「えぇ。教官に教えてもらう時はだいたい怪我するもの。まぁ今日ほどの大怪我は滅多にないけど。今回は特別ね」

「あんなのが毎回だったらさすがに洒落になってない」

「ふふ、そうね。私もそう思うわ。教官は優秀だけど手加減というものを知らないのよ。口より先に手が出るタイプね」

「それって結構問題な気がするけど」

「それでも慕われてるのよ。教官の教えを受けた魔法少女はみんな強くなってるもの。実績はちゃんとある人なの」

「一番たちが悪いタイプだ」

「でもあなたも教官の教えを受けるんでしょう?」

「……それはまぁ、成り行きで」

「深くは聞かないわ。でも覚悟することね。教官は気に入った人は特にキツくしごくみたいだから」

「気に入ったって……別にそういうわけじゃないと思うけど」

「ううん。あなたは気に入られてるわ。まず教官から誘うことが珍しいもの。私なんて何度断られたか」

「そうなの?」

「えぇ。認めてもらうまで何日もかかったわ」

「ふーん」


 そう聞くと悪い気はしない。いや、まぁいいことなのかどうかもわからねぇけど。今回の怪我の具合を考える限り、いいことばっかりでもなさそうだしな。

 ん? 待てよ。オレなんか忘れてるような……。


「っ! あぁっ!? 時間!! い、今何時!?」

「時間?」


 すっかり忘れてた。元々ここには青嵐寺に会いに来ただけだ。それでちょっと話して帰るだけのつもりだったのに、この状況。

 何時間経ってんだって話だ。眠ってた時間も考えると数時間とかそんなレベルじゃねぇのか?

 もうとっくに秋穂達も家に帰ってるだろうし、あんまり遅くなったら心配させちまう。いや、もう今さらか。とにかく早く連絡しねぇと。

 そう思ってスマホを見たオレは、思わず目を丸くした。


「六時……過ぎ?」


 いや、そんなはずはねぇ。オレが学校から帰って家を出たのは大体四時半過ぎ。ここに着いたのが五時くらいだったはずだ。そっからたった一時間ちょっとしか経ってないってのか? 


「あぁ、そういえば『グリモワール』に来るのは初めてだったわね。それじゃあ知らなくても無理はないけど。ここは時間の流れが十分の一になるのよ。だから十時間経過しても、外では一時間程度しか経ってないわけ」

「な、なにそれ……」


 今までも常識外なことばっかだったが、いよいよ時間にまで干渉してきやがった。


「なんでもありだね、魔法って」

「なんでも、とはいかないけどね。まぁ色々なことができるのは確かよ。この場所の魔法がどんな仕組みかは知らないけど」

「はぁ、でもそっか。なら良かった」

「良かったじゃない。それで、あなたはどうしてここに来たの? まぁ魔法少女である以上ここを利用する権利はあるわけなのだけど」

「目的と言えばブルーに会いに来たってだけなんだけど。会いに来たっていうと語弊があるか。ちょっと聞きたいことがあったの」

「私に?」

「そう。最近放課後になるとずっとここに来てたんでしょ?」

「えぇ、そうね。理由は言わずもがなだと思うけど」

「なんとなくわかってる。聞きたいのは、最近フュンフが何してるかってことと……あの最近出た新しい魔法少女のこと」

「新しい魔法少女……確かホープイエローだったかしら」

「そう、その魔法少女。なにか知らない?」

「……なるほど。そういうことね。でも残念だけど私も何も知らないわ。ここ最近は私の所にも姿を見せてないし。あなたの所にいると思ってたもの」

「そっか……」

「期待に沿えなくて悪かったわね」

「別にそれは気にしてないけど。というかそうだろうなって思ってたし」

「ようはあなたと同じように、フュンフが誰かと契約してホープイエローを生み出したんじゃないかって言いたいのね」

「まぁ要はそういうこと」

「その可能性はあると思うわ。あなたっていう前例もあるわけだし」

「やっぱりそっか。別にいいんだけどさ」

「ホープイエロー……ね」

「どうかしたの?」

「いえ、もしかしたらって考えがあるだけ。そんなに気にしなくてもその内紹介してくると思うわよ」

「そうかな?」

「えぇ。それよりも今は教官との訓練をどう乗り越えるかを考えておくことね。死にたくなかったら」

「不穏なこと言わないでよ」


 冗談に聞こえないのがまたたちが悪いっつーか、いやもしかして冗談じゃねぇのか?


「わざわざここまで来たのに期待沿えなくて悪かったわね」

「それは別にいいんだけど。色々と新しい収穫はあったわけだし」


 ドワーフメイスとか教官とかな。

 この『グリモワール』に来た目的は青嵐寺に会うためだったけど、存外収穫はあった……気がする。


「そう。良かったじゃない」

「良かった……のかな?」


 その後も、体が完全に治るまで青嵐寺と他愛のない話をし続けた。

 珍しくというか、特に言い合いのような喧嘩をすることもないままに。

 こうしてオレの『グリモワール』初来訪は終わったのだった。

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