不良少年が魔法少女になったら最強ですか？

第64話 怪人グロウ

「ウォオオオオオオオッッ！！」

　夜、山の頂上に満ちていた静寂を、一際大きな咆哮が破った。

　それは狼のような姿をした怪人。巨木を思わせるような太い両腕は軽く振っただけで風圧を生み出すほどのものだった。

　己の中で暴れ狂う、抑えきれぬほどの力。それを外に吐き出すかのようにその怪人は何度も吠える。

　強者を、強者を、己の力をぶつけられるだけの強者を！！

　そんな願いを込めて吠え続ける怪人の前に、一際大きな別の怪人が降り立った。

　その瞬間、ほとんど反射的に怪人は腕を振るった。しかし——。

「ガァッ！！」

「威勢がいいな。しかし相手は選べ。死にたくなければな」

「っ！？」

　怪人の巨腕はあっさりと受け止められた。押しても引いてもビクともしない。

「まぁいい。それだけの力があれば十分だろう」

「グルルゥ……なんだお前は」

「オウガだ。お前の名はなんという」

「……グロウだ」

「そうか。ではグロウ、お前に一つ依頼を持ってきた」

「依頼だと？」

「あぁ。と言っても俺からの依頼じゃない。あの研究者……スタビーといったか。あいつからの依頼だ」

「スタビーだと？」

　その名を聞いた瞬間、露骨に表情を歪めるグロウ。

　スタビーの名はグロウにとって禁句と言ってもいいほどのものだった。

　湧き上がる苛立ちを抑えきれず、近くにあった木を握力だけで握り潰した。

「なぜその名を……」

「そういきり立つな。とある魔法少女を生死問わず、捕まえて欲しいそうだ」

「ふざけるな。なぜ俺があいつの命令を聞かなければいけない」

「命令ではない。依頼だ。つまり報酬もある」

「報酬だと？」

「あぁ。もしうまくいけばお前の破壊衝動を抑えれるようにしてくれるそうだ」

「なんだと？」

　その報酬を聞いたグロウは顔色を変える。

　破壊衝動の抑制。それはグロウが願ってやまないことの一つだ。そもそも、スタビーの手によって強制的に植え付けられたものではあるのだが、それでも無くなるというのであれば願ってもないことだった。

「それは本当か」

「知らん。俺はただ依頼を伝えに来ただけだ。俺が来た理由はそうだな、ただの興味本位だ。お前がこの依頼に相応しいだけの力量を持っているのかどうかを確かめたくてな。ふむ……だがどうやら問題はなさそうだな」

「なぜわかる」

「俺は戦士だ。相手の立ち振る舞い、そして一撃を見ればお前の力量は把握できる。最初の一撃、悪くなかった。それだけの力があれば十分だろう」

　もっとも、容易く受け止められたうえでの言葉なので、グロウとしては複雑ではあるのだが。

「まぁいい。それが本当なら俺に引き受けない選択肢はない。それで、そのどんな魔法少女だ」

「こいつらだ」

　オウガが手にした端末から空中に映像が投射される。

「『ラブリィレッド』に『ブレイブブルー』。これが今回の標的だ」

「グルルゥ……『ラブリィレッド』そして『ブレイブブルー』か。まぁいい。誰が相手だろうと俺のやることは変わらない。生死は問わないと言ったな」

「あぁ。原型さえ留めていればいい」

「なら十分だ。壊して、壊して、壊し尽くしてやる」

「お前の力量、期待させてもらうぞ」

　それだけ言うと、オウガがその場から音もなく姿を消した。

「ふん、気に喰わん奴だ。あいつも、スタビーも。俺を組織という鎖に括りつけたあの首領も……いずれ全員壊してやる」

「見つけたわよ、怪人グロウ！」

「捕縛させてもらうわ！」

「む？」

　入れ代わるようにして現れたのは二人の魔法少女。赤の装いを見て、一瞬『ラブリィレッド』が現れたかと思ったグロウだったが、映像と違う姿を見て落胆する。

　グロウの前に現れたのは『アップルレッド』そして『レモンイエロー』という、魔法少女歴二年の実力派の魔法少女だ。

「あなたのこと、捕まえさせてもらうから！」

「大人しく捕まってください！」

「まぁ肩慣らしにはちょうど良いか」

　迫りくる魔法少女を見たグロウはニヤリと笑う。そして——。

「ウォオオオオオオオッッ！！！」

　湧き上がる破壊衝動に己の身を任せた。