第62話 零華と秋穂

「わぁっ、おねーたん、お絵かきすっごくじょうずなの!」

「ふふ、ありがとう」

「ねぇ、次はこれ、これかいてっ!」

「…………」


 なんでこうなった……。

 今日オレは秋穂の代わりにチビ共を迎えに行っただけのはずだ。

 それがなんで青嵐寺を家に招くことになる。さっさと追い返そうにも、千夏どころか冬也まで懐くとはな。

 というか案外面倒見がいいというか……。

 千夏も冬也はあれで案外人見知りだ。初見に奴にそうそう懐くことはない。それなのにここまで懐くのは流石に予想外だ。


「って、オレは何をボケっと見てるんだ。ったく、はぁ……」

「どうかしたの紅咲君」

「うおっ! きゅ、急に声かけてくるんじゃねぇよ!」

「ふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃない。ねぇ千夏ちゃん」

「うおっ、って言ったの、にぃ、うおっって言ったの!」

「びっくりしてたー!」

「ぐっ……千夏も冬也も笑ってんじゃねぇ!」


 千夏と冬也がいる手前、下手なことも言えねぇし。くそ、面倒だな。

 チビ共には悪いが、これ以上青嵐寺の奴を家に置いとく理由もねぇ。さっさと帰らせるとするか。


「おい青嵐寺、こうなったら話だけは聞いてやるから、さっさ話してさっさと帰れ」

「あら、どういう心境の変化なのかしら」

「このままお前にいつまでも家に居座られるわけにはいかねぇからだよ」

「はぁ、冷たいのね」

「つめたいのねー」

「こら千夏、青嵐寺の真似なんかすんな」

「きゃーっ、にぃがおこったー!」

「おこったー!」


 きゃっきゃと騒ぎながら千夏と冬也が走っていく。

 はぁ、まったく元気が良いっつーか、良すぎるっつーか。

 いったい誰に似たんだか……って、そんなことはどうでもいい。


「ほら、これでチビ共もいなくなった。話せるだろ」

「……そうね。それじゃあ——」


 青嵐寺が話しかけたその瞬間だった。


「ただいまー、お兄ちゃん、千夏、冬也も帰ってるー?」

「っ! 秋穂が帰ってきやがった!」


 玄関の方から聞こえてきた声に思わず焦る。

 だが、そんなオレの焦りなど知るはずも無い秋穂はそのままリビングへと入って来る。そして——。


「お兄ちゃんも千夏も冬也も、靴を脱いだらちゃんと片付けてっていつも言って……ってあれ、お客さん?」

「初めまして、紅咲君の妹さんよね」

「えっと、あ……初めまして、あなたは……」

「あぁ、そう言えばまだ名乗っていなかったわね。私は紅咲君のクラスメイトの青嵐寺零華よ。よろしくね」

「よろしくお願いします。あ、私は秋穂です。紅咲秋穂。兄がいつもお世話になってます」

「えぇ、会うのは初めてだけど知ってるわ。あなたの話は紅咲君からよく聞くもの」

「お、お兄ちゃんから!?」

「とっても可愛い妹だって。毎日のように自慢されるわ」

「え、そ、そんな、可愛いだなんて……」

「お、おい青嵐寺。お前いったいなに言ってんだ」


 青嵐寺のことを引っ張って耳元でささやく。

 言っとくがオレは断じて秋穂のことを可愛いとかそんな風に言った覚えはない。というかそもそも青嵐寺に秋穂の話をしたことなんざほとんどないだろうが!

 秋穂にいたってはなんか赤い顔してるし。青嵐寺のやつ、いったいどういうつもりなんだ。


「あの、ところで青嵐寺さんはお兄ちゃ——兄さんとはどういう関係なんですか?」

「紅咲君との関係? そうね……それはとても一言で言い表すことができるようなものではないけれど。まぁただのクラスメイトではないことは確かね」

「え、えぇっ!?」

「おい青嵐寺! 馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! っていうか秋穂もこいつの言うこと真に受けてんじゃねぇよ!」

「だ、だって……ホントに違うの?」

「違うに決まってるだろ! こいつはただのクラスメイトだ」

「で、でもただのクラスメイトだって言うならどうしてうちに呼んだりしてるの?」

「いや、それはこいつが勝手についてきただけで……」

「どうしてただのクラスメイトが家までついてくるのよ」

「だからそれは……」


 くそ、なんて説明したらいいんだ。こいつが勝手についてきただけなのは事実だけど、なんでついてきたのかってことにまで言及されると答えようがねぇ。


「あー、ねぇ!」

「ねぇたん!」

「千夏、冬也も」

「あのね、あのね、れいかちゃん、すっごく絵がじょうずなんだよ!」

「こーんなカッコいいロボットかけるんだ!」


 どう答えたもんかと悩んでいたタイミングで、千夏と冬也が戻って来て秋穂の抱き着く。その手に持ってるのはさっきまで青嵐寺と書いてた絵だ。


「あ、この子達と遊んでくださったんですね。ありがとうございます」

「気にしないで。私の方こそこの子達に癒してもらったし。可愛い子達ね」

「やんちゃすぎるのが玉に瑕ですけど。って、お兄ちゃんもしかして青嵐寺さんにお茶も出してないの?」

「え、あぁ……そう言われれば」

「もう、そういうのちゃんとしないとダメなんだからね。すみません青嵐寺さん。すぐに用意しますから」


 鞄を置いた秋穂はそのままキッチンへ向かってお茶の用意を始める。

 足音を聞けばわかる。完全に怒ってるな秋穂の奴。こりゃまた後でしっかり説教くらうやつだ……はぁ。


「ふふ、いい妹さんね」

「うっせぇ。お前がさっさと帰らねぇからこんなことになんだよ」

「そんなにカリカリしないで。私だって用件を話したら帰るわ。でもそうね……ここじゃ話しづらいし、あなたの部屋はどうかしら?」

「はぁっ?!」

「魔法少女のこと、妹さんにも話してないんでしょう? だったらそれしかないと思うけど」

「それは……ちっ、わかったよ」


 確かに秋穂に魔法少女のことを知られるわけにはいかねぇ。不本意だが部屋に連れていくしかないか……今日は不本意なことだらけだなホントに。全部青嵐寺のせいだ。話聞いたらさっさと叩きだしてやる。

 

「秋穂、悪いけどそのお茶オレの部屋まで持ってきてくれるか?」

「え、あ……うん、わかった」


 そして、オレは青嵐寺を部屋に招くことになった。


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