第10話 弁当は爆発だ

 青嵐寺とかいう転校生がクラスにやって来た。

 なぜか隣の席までやってきて、急に睨まれた。

 今のオレの状況を整理するとこんな感じだけどわけわかんねぇ……。

 でも睨まれたのはそん時だけだ。それ以外……というか、今に至るまでまるでオレの方を見ようともしてねぇし。

 さっきのは気のせいだったか?


「まぁ気にしすぎてもしょうがねぇか」


 昼休みに入った今も青嵐寺の周囲には男女問わず、他のクラスの連中も含めて群がりまくってる。

 こんだけ群がられたらかなりウザそうだが……それでも笑顔で対応できるあたり、処世術は身に着けてるって感じだな。

 だがなんていうか……。


「空っぽって感じだな」


 笑顔で対応はしてる。でもそれだけだ。

 さっきから話してる内容も当たり障りないことばっかだし、確実にどっかで線を引いてる。

 あんまり近づきたくねぇタイプだな。


「どうしたハル。青嵐時のことが気になるのか?」

「空花か……なんの用だよ」


 さっさと弁当を広げて食べようとしたら空花の奴が来やがった。

 しかも片手には弁当を持って。


「何の用も何も、昼だからお弁当を食べるに決まってる。いつも一緒に食べてるミカとニコはそれぞれ生徒会と部活のミーティングに行ってしまったからな。今日も一人寂しくいるハルと一緒に食べようと思っただけだ」

「うっせぇ。余計なお世話だ。テメェも一人で食ってりゃいいだろ」

「つれないことを言うな。それよりも青嵐時の方を見ていたみたいだが? あれほどの美人だとお前でも気になるのか?」

「アホか。そんなわけねぇだろうが」

「ふむ? まぁそれもそうか。いつも私のような美人が傍にいるんだからな!」

「…………」

「おいなんだその目は」

「バカを見る目だよ。決まってんだろ」

「まさかハル……お前私の魅力に気付いていないのか?!」

「気づくも何も。無いもんには気付けねぇだろうが」

「ハル……バカだバカだとは思ってたけど、まさかここまで愚かだったとは」

「いやなんでオレが憐れむような目で見られんだよ。むしろテメェのそのツルペタボディのどこに魅力があるってんだよ」

「くっ……人が気にしていることを。だが、この体にも一定の需要はあるぞ」

「そんなあぶねぇ需要はいらねぇよ」

「それにまだ成長の見込みも残っている。私が成長してから魅力に気付いても手遅れなんだからな!」

「……はっ」

「鼻で笑ったなぁ。このっ」

「あ、おいテメェ人の弁当のおかず勝手に奪ってんじゃねぇぞ! しかも唐揚げ取りやがって!」

「ふん。私がナイスバディに成長するためにもらってやる……ふむ。しかしこれはなかなかの美味。誰が作ったんだ?」

「ちっ……妹だよ。いつも弁当は妹が作ってんだ」

「ほほう。前にあったあの子か。お前とは似ても似つかないあの可愛らしい」

「似ても似つかないってお前な……まぁ事実だけどよ」


 オレの妹は俺とは全然似てない。まぁそのさらに下の妹と弟もそうだが。

 

「料理もできて愛らしくて、しかも性格まで良いんだろう? なぜあんな子がお前の妹なんだ」

「知るか」

「はぁ。ハルには勿体ない存在だな。あむ」

「おいテメェ、なにしれっと玉子焼きまで奪ってんだ。いい加減ぶっ飛ばすぞ」

「あぁわかったわかった。ほら、好きなのを一つ持っていけ。それでおあいこだ」

「虫のいい話を……っておい、なんだよこれ」

「弁当だ」

「いやどう見たってただの炭……」

「弁当、だ!」


 これが弁当だと……いや、どう見ても炭の塊じゃねぇか。

 食えるのかこれ。


「何を止まっている。さっさと食べろ!」

「押し付けんな! わかった! わかったよ、食えばいいんだろ!」


 正直食いたくねぇけど。絶対食うまで納得しねぇだろう。

 こうなったら腹を括るしかねぇ。


「……ぶふぁっ!?」


 黒い塊の一つを口に運び、噛んだ瞬間だった。

 口の中で爆発し、独特の味と臭いがいっぱいに広がる。そして襲い来る刺激。

 っていうかいてぇ! なんだこれ、マジで食いもんじゃねぇだろ!


「み、みずっ……」


 慌ててペットボトルを手に取り、流し込む。

 それでも口の中の痛みが取れねぇし。臭いもまだ残ってる気がする。

 

「っ! はぁ……はぁ……おいお前、これもう兵器だろ」

「……やっぱりそうか」

「やっぱりってお前……オレで試しやがったな」

「ちなみに今ハルが食べたのはミートボールだ」

「どこがミートボールだよ! 爆弾かと思ったぞ」

「おかしいな。ちゃんとレシピ通りに作ったというのに」

「どんなレシピ見たらこうなんだよ」

「私も不思議に思っているところだ。気が向いて料理に挑戦したみたはいいものの、まさか私がここまでできないとは」

「今までやったことねぇのかよ」

「ま、しょうがない。これは後でリョウに片付けさせるとしよう。これは人の食べ物じゃない」

「それを今テメェはオレに食わせたんだぞ。っていうか今ナチュラルに亮平を人以外として扱いやがったな」


 それでも亮平なら食ってる姿を想像できるあたりすえ恐ろしい。


「それじゃあ昼ごはんどうすんだよ。抜くのか? 午後は体育があるってのに」

「抜きはしない。まぁ遅くはなるけど、食堂でいいだろう」

「へぇ、じゃあさっさと行って来いよ。食う時間なくなるぞ」

「? 何を言ってるんだ。ハルも行くんだぞ」

「はぁ? オレには弁当があるんだから行く必要ねぇだろうが」

「……おいまさか朝の賭けを忘れたわけじゃないだろうな」

「朝の賭け? あっ!」


 空花との朝のやり取り。


『お前が転校生に興味も持たなかったとしても、私やリョウのようにその転校生が興味を持たないとは限らないって話だ』

『はっ、お前らみてぇな物好きがそうそういわるわけねーだろうが』

『ふふ、どうだか。世の中はお前が思っている以上に広いぞ』

『あり得ねぇよ。賭けてもいいぜ』

『ほぅ、言ったなハル。なら賭けるとしよう。そうだな……学食一週間分でどうだ?』

『いいじゃねぇか。オレの勝ちは見えきってるがな』

『賭け成立だ。ふふ、転校生が来るのが楽しみだな』


 あの賭けのことか!

 すっかり忘れてたが……くそ、覚えてやがったか。


「っておい待て。別のその賭けオレが負けたわけじゃねぇだろうが」

「いやどう考えても負けだろう。わざわざお前の隣の席を指名したんだぞ。これはもう明らかだろう」

「明らかってなぁ。偶然かもしれねぇだろうが」

「あれが偶然だと? 本気でそう思っているのかハル。青嵐時は明らかにお前を意識しているぞ。それがどんな理由かは知らないがな。善しにせよ悪しにせよ、あの転校生がハルに興味を示したのは事実。つまり私の勝ちだ」

「いや待て。向こうから明確に接触してきたわけでもねぇだろうが。だったらこの賭けはまだお前の勝ちって決まったわけじゃねぇ」

「強情な……男らしくないぞハル。素直に負けを認めろ」

「あのなぁ……はぁ、ちっ、わかったよ。ただし今日の分だけだ。それが妥協点だ」

「まぁそれが落としどころか。よし決まりだ。さぁ行くぞ」

「おい、服引っ張んな! 弁当落とすだろうが!」


 そしてオレは急かす空花に引っ張られ、食堂へと向かった。


「…………」


 背後から睨みつけてくる青嵐寺の視線に気づかないままに。

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