第7話 完全な詰み状況
結局あれから騒がしいクソ妖精のせいでまともに勉強もできず、苛立ちを抱えながらオレは眠ることになった。
そして翌日。
いつものようにベッドで目を覚ましたのだが……。
「おいテメェ……」
「んむぅ……なによぅ」
「何よ、じゃねぇボケが! いいからさっさとオレの上から降りやがれ!」
「むぎゅっ! ったぁ……なによもう! 人がせっかく気持ち良く寝てたっていうのにぃ」
「気持ちよく寝てたじゃねぇよ!」
起きた途端に目に入ってきたのはクソ妖精の生意気な寝顔。
寝覚めから最悪の気分だ。
「どういうつもりだテメェ」
「どういうつもりもなにも、ここにしかベッドがないんだから仕方ないでしょう。それともこの私に床で寝ろとでも言うわけ?」
「そもそも家から出てけこのクソ妖精が!」
「いやよ。四月とはいえ、まだ夜は少し冷えるもの。こんないたいけで可愛い妖精を外に放りだそうってわけ?」
「何が可愛い妖精だ。人を騙すクソ妖精だろうが」
「あーもー、うっさいわね。あんたずっと変身しとけばいいんじゃない? そしたらその野暮な口調も少しはマシになるでしょ」
「誰が変身なんぞするか!」
魔法少女への変身、あんなのは二度とごめんだ。
昨日はわけもわからん間に魔法少女統括協会なんてもんに所属させられたが、考えてみれば真面目に活動する義理もねぇんだからな。
「あぁ、そういえばあんた昨日ちゃんと読んでなかったみたいだから伝えとくけど、魔法少女統括協会にはノルマあるわよ」
「は?」
「ノルマよノルマ。当たり前でしょ。昨日の修繕みたいな恩恵を受けるなら、当然その見返りは求められる。ノルマを満たせなかったらあっという間に脱退させられるわよ」
「はん、それこそ上等じゃねぇか。元々所属したくもなかった組織だ。あっちから脱退させてくれるってなら——」
「はい、これ」
「あ? ……はぁ!?」
差し出されたのは一枚の紙。そこに書かれていたことに目を通したオレは思わず目を疑った。
「おいどういうことだテメェ! “一年以内のノルマ未達成による脱退は違約金を伴う”って、しかも一千万だと!? んなもん払えるわけねぇだろうが!」
「当たり前でしょ。組織の維持にはお金がかかるもの。中途半端な魔法少女の面倒は見てられないってことじゃない?」
「だからってなぁ……」
違約金一千万だと?
そんなもんオレが払えるわけねぇだろうが。
クソが、だから魔法少女は嫌いなんだ。
「つまりあれか。最低でも一年は魔法少女として活動を続けろってことかよ」
「そういうことよ。はいこれ」
「あん?」
追加で差し出されたのは……ってオレのスマホじゃねぇか!
クソ妖精からぶんどって画面を確認したら、そこにはオレの見覚えのないアプリがインストールされていた。
「なんだこれ……『魔法少女掲示板』?」
「そ、魔法少女統括協会に所属する魔法少女同士が意見を交換するためのアプリ。そこに依頼なんかも載るらしいから、ちゃんと確認しておくことね。ちなみにちゃんと報酬も出るらしいから、それ目当てで頑張ってもいいかもね」
「報酬? ……っ!?」
な、なんだこの報酬額。
この依頼一件片付けるだけで一ヶ月分のバイト代くらいあるじゃねーか!
「ふふん、気付いたようね。魔法少女としての報酬が相当旨いってことに」
「ぐ……いや、だがこれは……ってちげぇよ!」
報酬に騙されんな! 確かに報酬に一瞬心揺らいじまったのは認める。
でもだからって魔法少女として働くなんて論外だ!
「なんと言われようがオレはなぁ——」
「これを見てもそんなことが言えるかしら」
クソ妖精が見せてきたのはスマホの画面。
オレのじゃないからたぶん自前のなんだろうが。
『ラ……ラブリィチェンジ! 愛と勇気と希望の力で悪を討つ! 私は愛を司る魔法少女——ラブリィレッド!!』
その画面に流れたのは、オレが魔法少女に変身する瞬間の映像。
いつ撮ってたとか、そんなことは問題じゃない。
その映像が残ってることが何よりも問題だった。
「おいテメェその映像!」
「これは交渉材料よ晴輝。これをばら撒かれたくないなら……私の魔法少女として働きなさい。別に悪い話じゃないでしょう? あなたは魔法少女として活動することで報酬を得ることができる。私はあなたが活躍すれば妖精界で名声を得ることができる。まさにwin-winじゃない」
「何がwin-winだこのクソ妖精が」
ビジネスにおけるwin-winは六対四くらいだって言われてるけど、今回の場合はそれよりも最悪だ。一方的にこのクソ妖精しか得をしねぇ条件じゃねぇか。
しかも質の悪いことに、今のオレには断る手段がねぇ。
「どうやら自分の状況を理解したみたいね。だから昨日言ったでしょう? これからよろしく、ってね?」
なるほどな。つまり昨日この腕輪をつけた時点で詰みだったってわけか。
「さぁ、状況が理解できたならさっさと行動することね。一日一怪人、それくらいは目標にして頑張って——って、どこ行くのよ」
「あ? 決まってんだろ。妹が朝ごはん用意してっから食いに行くんだよ。てめぇとくだらねぇ問答してたせいで時間も押してるしな。さっさと食って学校に行く。それだけだ」
「そういえばあんた真面目に学校行ってるのね。不良のくせに」
「誰が不良だ」
「ここ最近あんたの生活ずっと見てたけど、あんたが不良じゃなかったら誰が不良になるってのよ」
「知るか」
これ以上こいつとくだらない問答をするつもりはねぇ。
こっちが苛立つだけだからな。
やたらと話しかけてくる妖精を無視して朝の支度を済ませる。
「じゃあなクソ妖精」
「あ、ちょっと待ちなさいよ」
「っ! おい、何勝手にオレの鞄の中入ろうとして——」
「お兄ちゃん? どうかしたの?」
「っ! いや、なんでもねぇ」
「そうなの? なんかさっきから騒がしいし。もしかして何か——」
降りんのが遅かったせいで呼びに来やがったか。
こいつの事がバレても面倒だし……誤魔化すしかねぇな。
「なんでもねぇ! 亮平から電話かかってきてただけだ」
「そうなの? だったらいいけど。冷めちゃう前に降りて来てね」
「あぁ、わかった! すぐ降りる! おいテメェ、さっさと鞄から出やがれ」
「嫌よ。せっかくだからこのまま学校までついて行くことにするわ」
「はぁ?!」
「お兄ちゃん?」
「っ! ちっ、あぁくそ。勝手に喋ったら引きちぎるからな」
「はいはい。ちゃんと気を付けてあげるわよ」
気を付ける、そういうクソ妖精の嫌らしい笑みにオレは不安を抱くことしかできなかった。
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