第3話 運命を変える出会い

 朝のひと騒ぎがあって以降はいつも通りの日常だった。

 っていっても、亮平や空花が絡んでそれを毎度のように追い払うだけの日常だ。

 他の生徒はオレに声をかけようともしないし、学校の先公共もいつも通り腫れ物に触るみたいな態度だ。


「ふぁあ……あー、だりぃ」


 帰りのホームルーム中、担任が連絡事項を伝えてくる。が、しかしまぁこれが要領が悪いことこの上ない。

 まだ新米なのにこのクラスの担任を押し付けられたってのもあるんだろうが、いつも

慌ててる。


「えっと、えっと~次の連絡事項は……うぅ、ごめんね。すぐにメモ見つけるからぁ」


 担任の桜木愛。まだ二十代前半とか言ってたか。それで担任押し付けられてんだからさすがのオレでも同情する。だからってどうこうするつもりもないが。


「あはは、愛ちゃん落ち着いてくれよ、俺ら別に急かしてないからさ」

「そうだぞ桜木担任。私達はこの先生が落ち着くまでいつまでも待つとも。たとえ夜までかかろうともな!」

「いやそこまでは待てねぇよ!」


 慌てふためく桜木を落ち着かせとようとしてるのか、それともおちょくってるのか。

 まぁたぶん空花はおちょくってるんだろうが……。

 救いがあるとするなら、この状況を他の生徒も楽しんでることだろうな。

 桜木は基本的に生徒から好かれてるみたいだしな。

 だがまぁ、今日も時間がかかりそうだ。

 

「……ん?」


 今一瞬窓の外になんかいなかったか?

 なんか黒い猫っぽいのが……気のせいか?

 いや、さすがに気のせいか。ここは三階だ。いくらなんでも猫がいるはずがねぇか。

 なんでもいいけど、早く帰りてぇ。

 

「おい晴輝、何外見てんだよ。可愛い子でもいたのか?」

「アホか。こっからそんなの見えるわけないだろうが」

「じゃあ何見てたんだよ」

「別になんでもねーよ。ただ外になんかいた気がしただけだ」

「なんかってなんだよ」

「知るか」

「いいじゃねぇか。教えてくれよー」

「だからなんでもねぇって言ってんだろうが!」





 その後も何かと亮平からちょっかいをかけられつつ、それを流してる間に気付けばホームルームは終わりを迎えていた。

 クラスの連中も部活やバイトに向かうために急ぎ足で教室を出て行ってる。

 中には残って駄弁ってる奴もいるが……ま、オレには教室に残る理由もない。

 さっさと帰るに限る。

 それなのに。


「おい晴輝、なにさっさと帰ろうとしてんだよ」

「ちっ、またお前か」

「またってなんだよまたって。まぁいいけどよ。それよりも今クウと話してたんだけどよ、一緒にゲーセン行かねぇか?」

「ゲーセン?」

「あぁ。あれから練習しまくったからな。この間の借り、きっちり返してやるぜ!」


 この間って……あぁ、あの格ゲーか。

 どうしてもって言うから一回だけ付き合ってやったことがあったな。


「行くかよめんどくせぇ」

「えぇ!? いいじゃねぇか! ちょっとだけ、一回だけでいいからよ! なぁクウ!」

「私はどっちでもいいが。ハルが行かないのから私も行かないぞ。お前と二人でゲーセンに行っても楽しくないからな。」

「はぁ!? そりゃねぇよクウ! あんなに練習付き合ってくれたじゃねーか」

「リョウがしつこく頼みこんできたからだろう」

「なんだよー、つまんねぇなぁ」

「オレは今日用事があんだよ。いつも暇だと思うなバカが」

「へぇハルが用事なんて珍しいな。また喧嘩か?」

「アホか。いつも喧嘩してると思うなよ」

「いつも喧嘩してるだろうに。ま、喧嘩もほどほどにな」

「だから喧嘩じゃねぇって言ってんだろうが!」

「なぁ晴輝、どうしてもダメなのかよ」

「しつけぇぞ。ったく……あれだ、また時間がある時にでも付き合ってやるよ」

「っ! 言ったな、今言ったからな! クウも聞いたよな!」

「あぁ、聞いたぞ」

「よっしゃー! 絶対だからな! そんじゃ今日は一人で練習してくるぜ! うぉおおおおおおっっ!!」


 亮平はそのまま勢いで教室を走って出て行く。


「本気で付き合ってやるのか?」

「気が向いたらな」

「だろうな。まったく、リョウは単純なやつだ。まぁあれくらい単純な方が人生は楽しいんだろうが。お前もリョウくらい気楽に生きてみたらどうだ?」

「アホか。あれは気楽なんじゃなくてバカなだけだ」

「バカがバカであり続けるのも難しいものだと思うぞ。ましてやあそこまで単純だとな」

「……ふん」

「買い物ついて行ってやろうか?」

「なんでだよ。一人でいいに決まってんだろうが」

「ふふ、だろうな。言っただけだ。それじゃあまた明日だ。今日は喧嘩するなよ」

「余計なお世話だ」


 ひらひらと手を振って教室を出て行く空花を見送ってからオレも教室を出ようとする——が、


「ひゃうっ」

「おっと。悪ぃ……って、黄嶋か」

「ぁ……あ、あの……」

「あ?」

「ひぅ」


 ダメだ。完全にビビってやがる。

 ったく、別に何したわけじゃないってのに。そんなビビる必要ないだろうが。

 

「あー……あれだ。悪かった。前見てなかった」

「あ……」

「じゃあな」


 何か言いたげな黄咲を無視してさっさと教室を出ていく。

 あいつのことは別にどうでもいいが、わざわざ怖がらせる趣味があるわけでもねぇしな。

 そのまま学校を出たオレはその足で魔法ヶ丘市にある商店街へと向かった。






 大きなショッピングモールも無い魔法ヶ丘市ではいまだに買い物は商店街が主流だ。

 商店街に買いに来たのは今日の晩御飯だ。

 いつもなら妹に任せてるんだが、今日は用事があるとかでオレが買いにくることになった。


「お、紅咲の兄ちゃんじゃねぇか。今日の夕飯にコロッケはどうだい? 安くしとくぜ」

「コロッケッスか……そうッスね。あいつらもその方が喜ぶだろうし。それじゃあ……コロッケとメンチカツ五つずつで」

「あいよ! いつもありがとよ。今日はつばめちゃんと一緒じゃねぇんだな」

「あいつは今日学校の用事があるみたいで。それで代わりにオレが」

「なるほどな。またよろしく頼むぜ、こいつはいつも買ってくれるおまけだ。帰りながらでも食いな」

「……どもッス」


 買ったものとは別にコロッケを一つ貰っちまった。

 断るのもあれだし……まぁいいか。言われた通りそのまま食うとしよう。

 それから野菜、日用品。

 妹に頼まれてたもんを一通り買ってから商店街を出る。

 昔から利用してるってこともあって、この商店街の人たちはオレの……というか、オレ達家族のことをよく知ってる。


「毎度のことながら……まぁこれもつばめのおかげか。あいつはオレと違って人付き合いが得意だからな」


 買ったもの以外に貰ったおまけを眺めながら呟く。

 最初の店でもらったコロッケもそうだが、それ以外の店でも何かとおまけを貰う羽目になった。

 いつも買い物に来てる妹が店の人と仲良くしてるおかげなんだろうな。

 オレにはとても真似できねぇけど。


「……チビ共も待ってるしさっさと帰るか」


 その時だった。


「ゲーーーゲッゲッゲ!!」

「きゃあああああっっ!」

「っ!」


 後ろから聞こえてきた悲鳴に弾かれるように振り返る。

 そこにいたのは慌てふためく人達と……緑色の蛙みたいな怪人だった。


「あいつ、今朝見た……」


 くそったれ、あの朝の奴、まだ生きてやがったのかよ!

 あの魔法少女の奴、あれから追いかけたんじゃねぇのか!


「相手するなら最後までしろってんだ」


 とにかくこの場に居てもしょうがねぇ。さっさとこの場を離れて——。


「お母さん1」

「みぃちゃん!」

「っ!」

「ゲッゲッゲ、幸せに満ちてそうないいガキだな。さぞかし旨いんだろうなぁ」

「ひぅ!」


 子供とその母親の間に蛙の怪人が立つ。

 怖気の走るような、生理的嫌悪を覚える仕草で舌なめずりをする。

 あいつ、あのガキを……。


「っ……クソが!」


 ほとんど反射的に手に持ってた買い物袋を怪人に投げつけた。

 中にはキャベツも大根も入ってる。それなりの重量はあるはずだ。


「ゲッ!?」

「おい、さっさと逃げやがれ!」


 怪人が姿勢を崩した隙にガキが逃げ出し、母親と一緒に逃げていく。

 でも、そのせいでって言うべきか……怪人の注意は完全にこっちに向いた。


「ゲゲ……なんだお前……ん? その面、どっかで見たなぁ」

「さぁな。誰かと勘違いしてんじゃねぇのか」

「ゲゲゲッ、まぁどうでもいいか。野郎の顔なんて興味ねぇしな。それよりどうしてくれんだお前ぇ……ガキに逃げられちまったじゃねぇか」

「知るか。このクソロリコン野郎が」

「ゲゲゲ、死にてぇらしいな。いいぞ、だったらお前から殺してやる!」

「っ、ガハッ!」


 くるっ、そう思った次の瞬間にはオレの体は宙に浮いていた。

 腹部に走る強烈な衝撃。

 殴られた? でも何で。


「ゲゲゲッ! 反応がおせぇんだよ!」

「グハァッ!」


 派手に飛ばされたオレはゴロゴロと地面を転がされる。


「っ……てぇ……」


 何されたか全然わかんねぇ。

 クソが。

 いまだに意識が保ててることが不思議なくらいだ。

 どうする……あいつ完全にオレに狙いを定めてる。

 逃げることもできねぇ。


「やるしかねぇか……」

「フフン、困ってるみたいね」

「……あ?」

「困ってるあなたを……この未来の大妖精フェンフ様が助けてあげるわ!」




 四月某日、高校二年生になったばかりのオレの前に現れた妖精フェンフ。

 これが、オレの運命を変える出会いだった。

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