10th 嫌になるのも絵になる
時刻は夜七時。
ぼくたちは新千歳に到着し、そこからさらに一時間ほどバスに乗り、地下鉄南北線の南丹駅である市営地下鉄真駒内駅に到着した。
舗道は土塁のような雪に覆われ、雪を噛むきしきしというタイヤの音が街なかにひびいている。除雪車は路上の雪をせっせと引きはがしている。
真駒内駅の東には、南北に延びる山林があって、人が往来するのは西側だけだった。真駒内公園までは西北に徒歩二十分ほどらしい。ぼくと水田さんは駅前のロータリーでタクシーに乗ることにした。
「あれ、なんのオブジェなんですかね」と水田さん。
駅のロータリーには妙な形のオブジェがあった。黒い御影石でできた古銭のような円形のオブジェ。
「さあ……よくあるじゃないですか。ああいうオブジェ。あ、タクシー来ましたよ」
前に停まったタクシーがドアを開けた。とにかく寒いので、ぼくは急いでタクシーに乗り込んだ。水田さんも一緒に乗り込んでくる。
「真駒内公園まで」
しばらくタクシーが走ると、きれいに雪がつもった広い景色が見えてくる。
真駒内公園だ。
ぼくと水田さんは、この公園こそ輪廻のあの映像の撮影地ではないかと考えていた。ゆえに、そこまでいけば、楽曲をゲットできるのではないかと。
「お客さん、こんな暗い時間に公園まで何しに?」
運転手さんが聞いてきた。まあ当然の疑問だ。ぼくだって何故ここまで来たのか自分でも不思議なくらいなのだから。
「まあ、なんというか、好きなアーティストのロケ地めぐりみたいなもので」
水田さんはそう答えた。まあ、ほとんど正しい。
「そうでしたか。しかしこんな夜じゃあ、大変でしょう」
「そうですねえ……」
等間隔にならんだ照明灯が車道を照らしている。けれど、歩道側には光が落ちておらず、この時間帯になるとかなり暗い。
十分もしないうちに、ミュージックビデオの映像によく似た風景の木々が生い茂るエリアまでやってきた。
ぼくと水田さんは、このあたりで大丈夫です、とタクシーを停めてもらった。
「お客さん、ひととおり見たら、駅の方に戻られます?」
「あ、そうですね」
「だったら、わたし、しばらくここに停めてますから、帰りもよかったら乗っていってください」
ありがたい申し出だった。ぼくたちは運転手さんの厚意に甘えることにした。
タクシーを降りて、雪道にでる。車のテールライトが雪道に光をなげかけていてきれいだった。
ミュージックビデオに映っていたシマエナガは真駒内公園にも生息しているはずだけれど、夜なので見られないだろう。夜の間は群れの仲間と一緒に共同のねぐらで眠っているはずだ。
ぼくは空港のユニクロで買ったダウンジャケットを着ていたけれど、それでもかなり寒い。凍った夜気が、露出した顔面を襲う。
ぼくらの望みはアプリの「位置情報」センサーが反応するかどうかだった。
「反応……ありそうですか?」
「うーん。ないですね。ゼロです。ぴくりとも反応しません……」
水田さんはしょんぼりとしながら言った。
「でも、撮影地はやっぱりここな気がするんですよね。暗いから断定まではできないけど、やっぱり風景はすごく似てますよ。生えてる樹木とか」
「けど全然反応しないんですよね」
「この映像の撮影地まで行けばきっと!って思ってたんですけどねえ……。だって輪廻のブログ読み返したり、過去の映像見返しても、もうこれ以上のヒントが見つからないんですよ。あの雪の公園の映像が最大のヒントとしか思えないんです」
「まあ――でも、見つからないものはしょうがないですよ。なにか他の手がかりを探してみましょう。夜も遅いし、今日は諦めましょうよ」
水田さんはがっかりした様子だったが、それでもそうする他ないと悟ったらしく、しぶしぶ雪を踏みしめながら、道を引き返すことにした。
「まあ……でも、この雪景色が見れただけでも、良かったかもしれません。明るかったらもっと綺麗なんだろうな。輪廻がここを選んだのも、なんか、わかる気がします。ここで満足しろって言われてるみたいで、ちょっと嫌になっちゃいますけど」
水田さんは悔しそうな顔で、微笑んだ。
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