9th 千を語るよりI must go

望月落葉を名乗っていた「依頼人」。


ほんとうの名前は水田真理さんというそうだ。


女性芸能記者――水田真理は、真駒輪廻が残した楽曲「うやむや」を探し続けていたのだという。


だが、先日、真駒輪廻がすべてのアカウントを削除するという事件が起きてしまった。


もう「うやむや」を手に入れられないまま、真駒輪廻はどこかへ行ってしまうのではないか――

焦った水田さんは、真駒輪廻のマンションを直接尋ねるという暴挙に出たが、そこには誰もおらず、代わりにそのマンションで水田さんは"暗く光る太陽"のダウンロードができたという。


――ぼくを6時間66分失神させたあの曲である。


ぼくのことは、夜野光が書いた小説で知ったのだそうだ。


夜野光は小説家で、ぼくと光とは親しい間柄にある。腐れ縁と言っても良い。光はぼくのことを題材にさまざまな小説にしているのだけれど、曲解も曲解、誤解も誤解。彼女は小説の中で、ぼくのことをさもまるで探偵かなにかであるかのように嘘っぱちに描く。光は嘘が得意なので、ぼくはずいぶん辟易している。


光は真駒輪廻とコラボレーションしたことがあった。光の書いた小説を元に。真駒輪廻が楽曲を書いたことがあるのだ。


そして、ぼくを6時間66分失神させたあの曲「暗く光る太陽」は、そこにも関わっている。「暗く光る太陽」は、夜野光の未発表小説のタイトルとも言われているのだ。


「この曲の存在はどのファンも知らないはずです。なので、わたしはこの『暗く光る太陽』の映像が『うやむや』の在処を示すヒントになっていると思うんです」


「なるほど」


ちなみに、水田さんは光にも取材を申し込んだが、光からは何も教えてもらえなかったという。

ただ、あろうことか、光はぼくの名前を出した。

その結果、「あいつなら謎解き得意だから」と、光に紹介されたぼくがターゲットにされたらしい。


――いい迷惑である。


「輪廻のマンションに入ったら、本当に何も残ってなくて」


水田さんはマンションで撮影したという写真を見せてくれた。

マンションには確かに家財道具が一式残っていないようすだった。

ただ、窓際に花のささった花瓶だけが残っていたらしい。


「これは――いつ撮影したものですか?」

「ほんの三日前のことです。わたし、この翌日、すぐに島田市に向かったので」

「すごい行動力ですね」


水田さんは花の生けられた花瓶の写真を見て言った。


「まだ花がきれいに咲いているので、ここを出てそんなに経ってはいないんじゃないかなって思ったんです」


確かに、花瓶にはオレンジの花がきれいに咲いていた。

ぼくはこの花の名前を知っている。


「たぶん、一週間も経っていないでしょうね」


「……? この写真だけで、断言できるんですか?」


「この花はアイスランドポピーという花です。アイスランドポピーは、本当は春から初夏が旬の花ですが、冬にも咲く花として、冬でも売られています。つぼみの状態で買ってきて、収穫を適期に行ったポピーなら、購入から数日程度で一斉に咲きます。――なので、真駒輪廻は、このマンションを出て、たぶん、一週間も経っていないと思いますよ」


「――やっぱりあなたに協力をお願いして正解でした。私だけじゃそこまでは」


水田さんは微笑んだ。


「あの『暗く光る太陽』の北海道の映像がヒントだとするなら、『うやむや』の在り処も――そして輪廻本人の行き先も、もしかしたら北海道かもしれないですよね」


「そうかもしれませんね。北海道には『真駒内』という地名もあるくらいですし、もしかしたら、彼と何かゆかりがあるところなのかも」


話している間に時刻は午後三時になっていた。

僕たちは搭乗ロビーへと向かった。向かうのだ、北へ。

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