8th うだうだくちゃくちゃ物申そう

「やっぱり、あなた主人公みたいですね。探偵さん」望月落葉を名乗る彼女は不敵に笑った。「どのあたりで気づきました?」


「主人公でも探偵でもありません。ぼくは凡人なんです」ぼくは律儀に訂正した。「でも、最初から気づいてましたよ。だって、あなた、こう言いましたよね」


――「ああ、望月飛花の妹さんですか」

――「はい。姉の飛花がいつもお世話になってます」


「ていねいに偽物と名乗ってくれる方だなと思ったんですよ。おおかた名前から女性だと思ったのでしょうが、ぼくのほんとうに数少ない友人であり『相棒』である望月飛花は、女性じゃない。男なんですよ」


ごくごく単純な性別誤認。


「……なるほど。そこでミスしていたんですね」


「本当に望月飛花の家族を名乗る気で僕のところに来たなら、さすがに飛花が男だってことくらいは気づいただろうけど、たぶんあなたはそうじゃなかった。想像するに、静岡県には圧倒的に望月という名前の人物が多い、ということを利用しようとしただけでしょう。あなたは、普段静岡に住んですらいないはずだ」


「まあ、いるかいないかも知らない望月さんを名乗るのは私の賭けでした。もちろん、そのうちにばれるかもしれないとは思っていましたけど……どうして静岡の人間でないことまで?」


「『友人の芸能関係の記者がいる』と言いましたよね。『アカウント削除騒動を受けて、真駒輪廻の借りたマンションを尋ねた』とも」


「……ええ」


「その記者こそ、あなた自身でしょう? 引退したアーティストを追って北海道に飛ぼうなんて、『ただのファン』の女の子にできることじゃない。学生のようにお若く見えるけど、ほんとうは東京にいる芸能記者の方なんでしょう?」


「さすがです。……でも、それは、半分正解で、半分間違いですね」彼女は微笑んだ。「私が芸能関係の記者をやっているのは本当です。アカウント削除報道を受けて、輪廻のマンションを私が訪ねたのも事実です。でも……、信じてもらえないかもしれませんが、それでも私はやっぱり『ただのファン』です。『ただのファン』を舐めちゃいけません。ファンはね、どこにだって行けるんですよ。北海道だろうと、沖縄だろうと」


「……ええと、マンションを訪ねて『もぬけの殻』だったって言いましたよね。どうして『もぬけの殻』だって分かったんです?」


「それは、鍵のかかっていない窓があったので、ちょっとそこから軽く」


「不法侵入じゃねえか」


ファンにもやっていいことと悪いことはあるよ?


「あなたは、真駒輪廻を追って、曲を追いかけて、それだけで終わらせるつもりですか?」僕は尋ねた。


「それは……わかりません」


彼女は視線を落とした。


「確かに私は芸能記者だから、なにか記事を書かなければいけないのかもしれません。でも、私は知りたいだけなんです。彼がアカウントを削除して、どこに向かうつもりなのか。ファンに楽曲を探させるのは何故なのか。……どうしても、彼が残した曲が聴きたいんです。彼からなんの言葉も聞けずに、最後の楽曲すら聞けずに、うやむやになるなんて、耐えられないんです」


彼女は顔を上げて、潤んだ瞳でそう言った。


「……なるほど、そうですか」


「嘘をついていたのはごめんなさい。でも、真駒輪廻が私の人生のすべてだというのは本当です。私は真駒輪廻を誰よりも愛していて、それゆえに彼の楽曲を探していて、それゆえに彼の行方を追っています」


これは――たぶん、本当なのだろう。


彼女はぼくとは違う。彼女は真駒輪廻を愛している。


凡人として、才能ある真駒輪廻を憎んでいるぼくとは、決定的に違う。

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