7th 皆目検討つくようなつまらぬこと
空港のフードコードでぼくたちは軽い食事をとった。
望月さんはカレーを二杯も食べた。
当然ぼくのおごりである。
満足そうに食後のコーヒーを飲みながら望月さんは話し始めた。
おもむろにタブレットを取り出す望月さん。
「昨日聞いてもらった曲にはミュージックビデオもついているんです。とりあえず、昨日は音楽だけ聴いてもらったんですけど、今度は映像を見てもらいますね」
「えっと、音は」
「流しませんよ。また気絶したいんですか」
「あ、それはそうですね」
さすがに外出先で気絶するのはまずい。
「あ、じゃあ音はミュートで……」
雪の降る公演の実写の映像だった。
木々が点在し、雪が積もっている公演。
夜、ライトを焚いてとっているように見える。
背後にひしゃくのように長い尾を持つ白い小さな鳥が数羽飛んでいる。
雪と光が反射して、画面のあちこちがキラキラとかがやいている。
そこに写っているのは、どうやら真駒輪廻本人の影のようだった。
顔こそ映らないものの、ところどころに彼の姿が映り込む。
曲を聞いたときほどの衝撃ではなかったけれど、ミュージックビデオにも有無を言わせない美しさがあった。
ぼくは、一滴の酒も飲んでいないのに強い酒を飲んだときのような酩酊感におそわれていた。
天才って、いったいどんなことを考えながら生きているんだろう。
凡人には、きっとわからない世界なんだろうな……。
ぼくは深い息を吐きながら、ミュージックビデオを見終えた。
前を見ると、目をうるませているのは望月さんも同じだった。
彼女は、「尊い……」とだけつぶやくと、顔を覆った。
「確かにこの映像は北海道っぽいですね」ぼくは言った。
「そうなんです。なので、静岡空港から向かうのが一番ストレートなルートなんじゃないかなと思ったんです」と望月さん。
「まあ、北海道に向かうならそうでしょうね」
「とはいえ、この映像が北海道で撮られたっていう確証はないんですけどね……。それに、北海道だとしても、北海道広いからなぁ……」
「いや、ここ、北海道で間違いないと思いますよ」とぼくは言った。
「どうしてですか?」望月さんは不思議そうな眉を寄せる。
「公園のような場所で撮影してますよね。背後にスズメよりちいさいくらいの白い鳥が飛んでいるのが見えますか?」
ぼくはタブレットを操作し、該当の箇所をコマ送りで表示させた。
「ほんとだ。鳥が写ってますね」
「ただの鳥じゃないんです」とぼくは言った。「この鳥は、シマエナガと言います。東部全体が白くて可愛い鳥ですね。この鳥、国内では基本的に北海道でしか見れないんですよ」
「あ、なるほど……それなら、たしかに次は北海道ですね。よく気づきましたね。天才じゃないですか」
望月さんの表情が明るくなった。
「ぼくは凡人ですよ。とはいえ、まあ、生物学専攻の学生ですからね」
しかし、問題はそこじゃない。
「ところで、望月さん。北海道に向かう前に、ひとつ聞きたいことがあるんです」
ぼくはようやくそのことを切り出した。
「あなた、ほんとうに、望月落葉さんですか?」
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