4th 真っ暗に光るは太陽

「確かに輪廻は、異端児だと言われています。

 世間ではモンスターとも呼ばれています。

 ……でも、私は信じているんです。

 彼こそが、誰にも代えがたい本物のアーティストだって」


望月落葉は力説を続けた。


「彼がつむぐ言葉、音楽。すべてが奇跡のように美しいんです。だから、私、まずは、あなたに真駒輪廻の曲を聞いてほしいと思っているんです」


「あ、でも、いくつかYouTubeで聞いたことはありますよ」

「あ、聞いたことあるんですね!」


彼女の顔がパッと明るくなった。

彼女は更に熱弁を続けた。


「でも、世間に公表されている曲はほんの一部だってご存知でした? 輪廻がいままで世に放った曲は確かにどれも素晴らしいです。でも、それはほんとにごく一部。YouTubeに彼が放った楽曲にはない、隠された魔力がまだまだ輪廻の楽曲には残っているんです。

 かっこいいとかテンション上がるとか、もうそういう次元じゃないんですよ。

 聞いているだけで狂いそうなくらいの絶望と歓喜が押し寄せてきてですね」


「えっ、あっ、はい」

「あなたいま布教が止まらないヲタクにつかまってしまったって思ったでしょ」


 思いました。

 

「まあそう思われても仕方がないことは私だってわかってます。ただ、そもそも、輪廻の音楽がもたらす魔力を正確に表現するのは難しいんですよ」

「魔力ですか」

「はい、魔力です。しかし、なるべく正確な理解ができるように、ふさわしい表現に言い換えようと思ったら――輪廻がその力をこめてつくった楽曲の本質は、マインドコントロールなんです」

「マインドコントロール。それはまた……大層な表現ですね」


「ええ、もっとわかりやすく『洗脳』とまで言ってもいいかもしれません。つまり、輪廻は楽曲を相手に聞かせることで、特定の考え方や感情を持つように、相手の精神を操ることができるんです」


熱っぽく彼女に、ぼくは少し面食らっていた。

さすがに「変わったファンだな」で終わりそうな様子でもない。


「それは……じゃあ、例のミュージックビデオで大量のファンが過呼吸になった事件。あれも、真駒輪廻が持つその魔力が引き起こしたものだってことですか」


「そうです。ただしあのミュージックビデオは……本来、輪廻の楽曲が持っている毒性のようなものを、限りなく希釈して、これ以上ないほど薄めて、弱毒化したものなんですよ。それでも、あれだけの被害者が出てしまった。

 実際のところ、本気で輪廻が作った楽曲を世にリリースしたら、生きていられる人間はいないんじゃないか。私は大げさでなく、そう考えています」


信じがたい。荒唐無稽な話だ。

でも、ぼくは――

心のどこかで、それがたぶん本当なのだろうと分かっていた。


「……信じてもらえませんよね。なので、実際に聞いてほしいんです」


そういって彼女はバッグからタブレットを取り出した。

彼女はタブレットを操作する。

そこには「暗く光る太陽」という曲目が表示されていた。


「聞いたことがない曲名ですね」

「真駒輪廻が引退直前にファンクラブ向けにリリースしたアプリに、この楽曲は隠しファイルとして収録されていました」

「めちゃくちゃ危ない曲とかじゃないんですか」

「心配はいりません。これを聞くことで、過呼吸やヒステリーを引き起こすようなことはないので。ただ、これには、好奇心の魔法がかけられています」


「好奇心の魔法」


「そうです。行方不明になっている楽曲"うやむや"を聴きたい。

 そのためにも真駒輪廻の行く末を探し出さなければならない。

 これを聞けば、その理由と感情を理解していただけるはずなんです」


ええっと……。それってつまり。


「マインドコントロールを受けろと言っているように聞こえるんですが」

「ええ。それでも聞いてみたくはありませんか」


ふう、とぼくはため息をついた。

彼女は気づいているらしい。本心ではぼくが嫌がったりしていないということを。

すでに興味津々で、彼の楽曲を聞いてみたくなってしまっていることを。


天才が残した「好奇心の魔法」とやら。


認めざるを得ないけれど、聞いてみたい。

なるべく彼女との間に薄い膜を貼るように応対していたつもりだったけど、無駄だったみたいだ。


ぼくは白旗を上げた。


「ええ。そこまでいうなら。ぜひ、聞いてみたいです」


そして、"暗く光る太陽”の再生ボタンが押された。

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