3rd 不意打ち狙う悩みどころ

ぼくは望月落葉を自宅に招き入れた。


けど、彼女、いくつだろう? 望月飛花の妹ということであれば、高校生か、大学生か。女子高生を自宅に入れるっていいのか? どうなんだ?

でも仕方ない。外はさむいし。


ぼくは単刀直入にたずねた。

「えーと、"うやむや"を探してほしいって、どういうことですか?」


すると彼女は答えてくれた。

「"うやむや"は真駒輪廻の最後の作品だということは知っていますよね」

「まあ、それは、まあ」

「その輪廻が失踪してしまった――ということはご存知ですか」

「失踪。まあ、彼、引退しましたもんね」

「引退じゃないんです。引退した後も、彼は活動こそしなくなっても、SNSのアカウントは消しませんでしたし、YouTubeのアカウントも残っていました。なのに、つい最近、すべてのアカウントが完全に削除されました。そのうえ、失踪してしまったんですよ。行方不明なんです」

 彼女は真剣な顔をしていた。


「行方不明……。行方不明ですか。ええ、まあ、それはファンの方にとっては、大変なことですよね。いや、それは百歩ゆずって理解したとしましょう。うんうん。理解しました。オッケー。で、どうして落葉さんはぼくのところにきたんですか?」


すると、彼女はあろうことか「アイツ」の名前を出してきた。


「夜野光さんの本を読んだんですよ! あれって実話ですよね? わたし、あれを読んであなたの洞察力や考察力に感動したんです! なんていうか……、あなたって、主人公!って感じですよね!」


それを聞いた瞬間、自分でも、自分の顔が曇るのが分かった。


「いや、ぼくは凡人ですよ。凡人。ただのしがない大学生」

「でも、夜野さんの本では、さまざまな謎を解き明かすシャーロック・ホームズみたいな名探偵だったじゃないですか。あの本って、小説仕立てだけどほぼ実話だって聞いてますけど!」


「夜野光が書いたあの本は実話なんかじゃないです」


ぼくはきっぱりと反論した。

光にも言い分があるかもしれないが、ぼくにとってあれば完全な「創作」だ。


「夜野光はね、フィクションをまるで実話であるかのように書くのが本当にうまいんですよ。実話だと言って手際よく嘘を混ぜてつくりごとを書くのが、彼女の得意技なんです。どうやったらあんな嘘をすらすらと書けるのか、本当に尊敬の気持ちしかわかないですよね。ですから、ぼくは本当に、ただの凡人。ただの生物学を専攻している大学生です。そんなぼくに行方不明のアーティストの話なんてしても無駄ですよ。ほんとうに行方不明なら警察が探すでしょうし」


「うう……」


あちゃ。言い過ぎたか。彼女はすこし涙ぐんでいた。


「そう言われても……、わたし、もうあなたしか頼る相手いないんですよ……」


不意打ちの涙にぼくはすこし心を動かされていた。

それに……ほんとうは、まったく興味がない話でもない。


「すこし、話を聞いてみたいだけなんですけど」ぼくは前置きをした。「SNSのアカウントが削除されたところまでは分かりました。それでも、行方不明とか失踪とかっていうのは、少し言いすぎじゃないですか?」


「わたしの友人に、芸能関係の記者がいるんです。その記者から話を聞いたのですが、その記者さんは、今回のアカウント削除を受けて、以前彼が借りていたマンションを訪ねていったそうなんです。すると、彼の姿はなく、もぬけの殻だったそうです」


「でもそれだと、別に彼が行方不明とは限らないじゃないですか、単に引っ越しただけかも。他の場所に住んでいるだけなのでは?」


「もちろん、そうかもしれません。そうであっても構いません」


「そもそも、どうして望月さんは真駒輪廻の行方にそこまでご執心なんですか?」


すると、望月落葉は身を乗り出し、咳き込むような調子でぼくに告げた。


「真駒輪廻が私の人生のすべてだからです」


彼女は胸を張るようにそう宣言した。……うーん、悩ましい女の子だ。

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