第11話
そのとき、空から黒いかたまりが勢いよく下りてきた。優介は「コジロウ」といった。コジロウは「どきやがれ。オレたちはお前に構っている暇はないんだよ」と勇ましくいった。ハトたちはコジロウの声を聞くとすっかりおびえてしまって、どこかに飛んで逃げていった。
「大丈夫か?」
「うん。さっきは助けてくれてありがとう」
駅前の広場は人目につくので優介たちは小川のベンチで休んでいた。
「あいつらは人間に平和の象徴だなんてもてはやされてるけど、実際はいやしい連中さ。いつも人間のところに行って食べ物をねだってる」
「ハトだけが悪いんじゃないよ。僕らも悪い。食べ物をあげるから、ハトは人間を頼るんだ。それに、エサをあげてる人はハトに救われてると思うよ」
「どうして?」
「ハトにエサをあげる人は一人ぼっちなんだ。だからハトにエサをあげるんだと思うよ。自分は何かの役に立っている、必要とされているって思えるんだよ」
「そうかもな。でも、やっぱりオレはあいつらのことが嫌いだな」
「それでいいよと思うよ。僕も嫌いだ」
二人は意見が一致したことがうれしくてほほえんだ。
「あいつはサギじゃないか」
コジロウは小川のなかでたたずんでいる大きな鳥を見ていった。
「サギ?人をだますの?」
「そういう名前なんだ。人をだますようなやつじゃないから安心しな。あいつらはみんな正直者さ。オレたちカラスとは違ってな」
「オレとは口を聞いてくれないだろうから、お前が行って聞いてきてくれよ」
優介はコジロウのいったことを否定したかった。コジロウがいうようにカラスは正直者じゃないかもしれない。でもコジロウは違う。コジロウは、ハトに囲まれて困っている優介を助けた。迷子になっているツバメの子を探している。誰かのために動いているコジロウはほかのカラスとは違うと優介は考えていた。
サギは静かに、生命のない作り物の人形のように立っていた。優介は川にできるだけ近づいて声をかけた。
「すいません。サギさん。この辺で小さなツバメを見てませんか?」
優介は大きな声でいったつもりだったがサギには聞こえなかったようだ。もう一度、さっきよりも大きな声を出した。それでもサギの耳には届かなかった。
サギは正直な鳥だとコジロウがいっていた。だからわざと聞こえないふりをしているとは考えられなかった。聞こえないならもっと近づくしかないと優介は考えて、靴をはいたまま川のなかに入って行った。
幸いこの小川は浅かった。深さは優介のくるぶしほどしかなかった。前に進む度に靴に冷たい小川の水が染み込んできて足が重くなる。コジロウは「そこまでしなくていい。早く戻れ」といったが優介は構わずサギに近寄った。そしてツバメの子を見ていないかたずねた。
サギは人間の子供に話しかけられてとまどった。サギにとって初めてのことだったからだ。サギは優介の顔を見た。この子供は何か悪いことを企んでいるのかと疑う眼をしていた。しかし、優介の純粋な瞳に見つめられて、サギは優介は悪い人間ではない、正当な理由があってツバメの子を探しているのだと思った。
「迷子のツバメのことかな?家がわからなくなったと泣いているツバメがいたよ。だから、私が長老のところに連れて行ったよ。彼なら親を探せると思ってね」
「ありがとう。とにかくツバメの子は無事なんだね」
優介はお礼をいってコジロウのところに戻ろうとした。サギは優介を呼び止めて名前をたずねた。
「人間の有野優介です」
「私はサギのスズキだよ。君の名前は覚えておくよ」
コジロウはベンチに腰を下ろしていた。
「足がずぶぬれじゃないか。かぜをひくぜ」
「すぐに乾くよ。それより、居場所がわかったよ。スズキさんが長老のところに連れて行ってくれたみたい」
「長老?それはじじいのことだよ。それなら探し回らなくてもよかったな。オレは疲れたよ。町中を飛び回ったんだからな。迷子探しも終わったし、じじいのところに戻ろうぜ」
「うん」
優介とコジロウは一緒に帰った。コジロウは飛ぶのに疲れたのか優介の左肩にとまっていた。優介の利き腕の自由をうばわないというコジロウのせめてもの気づかいだ。平日の昼間に子供が学校に行かずに歩いていたら、大人はその子供を不良少年だと思うだろう。しかし優介は違った。左肩にカラスを一羽のせて堂々と歩くその姿は不良少年とは正反対で、優介を見かけた大人は何か特別な事情がこの子供にあるのではないかと思った。
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