11 勾配のある林間部で走り回って捻挫しない素人はいない
ボクは装備を手早く確認して櫓の外に飛び出すと頭上から声がかかる。
「グーテンベルク!」
「カイ曹長、ボクは現場に急行します!」
櫓の上からこちらを見ているカイ曹長に返すと、彼は一瞬の逡巡を見せた後にうなずいた。
「了解。状況を見て加勢せよ、なお撤退も可とする!」
「了解、向かいます!」
日中に何度も通った歩哨のルートを駆け出す。
あ、エリゼを置いてきちゃったな。
まあ、カイ曹長が指示してくれるだろう。
もうほぼ無意識レベルで発動できるようになった身体強化の魔法を受けた身体はまるで羽のように軽い。
灯りの魔法により自分に付いてくる光球を頭上に作り出す。
それでも夜の森は暗いが、視力も強化されているため問題ない。
隣接する櫓との中間地点よりもこちら寄りのあたりまでたどり着いた時、木々の隙間から灯りがちらちらを見えるようになる。
それとともにクラーラ軍曹の気合の籠もった発声が聞こえてくる。
どうやら戦闘中のようだ。
身体強化のギアを一段上げてさらに駆ける。
木々を避け現場に到着すると、そこは森の中にあってやや開けた場所であった。
見上げるほどの大きさの筋肉の塊、あれはおそらくオーガ。
それと向かい合うクラーラ軍曹と、少し離れた場所にエミリーとバルトロが座り込んでいる。
「アトリシア・グーテンベルク、加勢する!」
声をかけながら近づくが、クラーラ軍曹から静止の声がかかる。
「待て、ビショフが足を負傷している、エミリーと2人で後送しろ!」
オーガからは目を逸らさずにそう指示を出すクラーラ軍曹。
その指示に従いとバルトロとエミリーに近づく。
「大丈夫か、2人とも?」
そう声をかけると、こわばった表情を少し緩めてうなずいた。
「怪我の状況は?」
「直接攻撃されたわけじゃない、退避しようとしたら木の根で足を挫いただけだよ」
見ると彼の脛当を外し、ズボンが捲られている。
その足首は青黒く変色し、大きく腫れ上がっていた。
クラーラ軍曹の指示の通り彼に肩を貸し櫓に戻ろうとすると、バルトロから声がかかる。
「待って、あれはおそらく普通のオーガじゃない」
「普通ではない?」
「ああ、図鑑で見たものより身体が大きいし、体色も違う」
バルトロは、運動関係は壊滅的だが数字に強い。
書面で見た数字から限りなく実物に近いイメージを持つことができる。
そして得られた情報から分析する力もある。
「変異種だとすれば、何らかの特殊能力を持っていることも考えられる」
「なるほど、クラーラ軍曹だけでは厳しいか」
「そもそも、通常のオーガ自体が訓練された騎士団員が数人がかりで対処するような魔物だ。今はまだ拮抗しているけど、体力だって並じゃないんだ、このままじゃ確実にジリ貧になるよ」
ボクがここに来ているように隣接する櫓からも人員が向かって来ているだろうが、あちらはこのルートに詳しいか不明だし、ボクが駆けてきた道に比べあちらは足場が悪い。
もしこのままバルトロを連れて下がったとしても、クラーラ軍曹がやられれば次はこちらを追って来るだろう。
そこまで考え咄嗟に判断する。
ボクはバルトロの足首に手のひらを添え、イメージする。
筋肉の繊維、その修復と痛みを伝える神経を少しだけ鈍く。
するとボクの手のひらから光が溢れ、患部の症状が和らいでいく。
「回復魔法!?」
この世界では、回復魔法は宗教関係者が独占していた歴史がある。
最近では少しずつ民間にも技術が開放されてきているが、普及はまだまだ遠いのが現実の状況だ。
学院でも回復魔法の講義はあるが、今のところ応急処置やしないよりはマシという程度のものばかりである。
よし、まだ万全ではないだろうけど、これで歩けはするだろう。
ボクが全力全開で回復魔法をかけたら完全に治るのかもしれないけれど、他人にかける魔法は何が起こるかわからない。
回復魔法がなかなか普及しない理由の1つだ。
「2人はこのまま櫓に戻れ、もし途中で増援と合流できたらここまで案内してくれ」
「アトリは?」
現場を探しながら向かうよりは早く辿り着くだろう。
しかし、それまでこの場にあのオーガを釘付けにする必要がある。
「ボクはクラーラ軍曹に加勢する」
普段は前髪に隠れた澄んだ瞳がボクを射抜く。
そんな瞳で見つめないでくれ。
「さあ、行くんだ」
2人を立たせて背中を押す。
時間との勝負だ、押し問答をしている暇はない。
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