10 鎧を着て動き回るのって、想像以上に大変

任務の下達が終わってから、廠舎の前にフル装備で集まって、そのまま櫓まで走らされたり、そこまでにも騎士団式の基礎動作についてカイ曹長から怒号が飛んでいたりしたけど、特におもしろいものでもないので省略。

学院での軍事教練を現場式の荒っぽいやり方にしただけだしね。

ちなみにフル装備といっても全身甲冑を着込んでいるわけではない。

戦争時ならともかく、魔物相手であれば喉輪と籠手と脛当、そして胸甲の軽装だ。

まあ、バルトロやディアナはひぃひぃ言いながらついてきていたから良い訓練になったかもしれない。

早速スポーツドリンクが役に立った。


バルトロの実家のビショフ伯爵家はそれなりの領地を持つ中級の貴族だから、その嫡男ともなれば幼少期から鍛えられていそうなものなのだけど、彼はどうも興味のないものには手を抜くというか、興味にあるものしか頑張らないタイプのようで学院の授業でも成績にムラがある。

ディアナは言わずもがな、商家の娘として学問や教養、商売に関係することは卒なくこなすが、運動関係は平均の域を出ない。

逆に引っ込み思案であまり目立とうとはしないがエミリーはすべてにおいて高水準の能力を持っている。

さすが主人公だけあって、ゲーム内でもすべての潜在能力がカンストしているって言われていて、鍛えれば鍛えただけ能力が上昇するキャラクターだった。

だからこそボクみたいに乙女ゲーム要素を全部放棄して戦略ゲームをやったりできたのだけど。


ともあれ、そうして始まった哨戒任務は特に波乱もなく進んでいく。

櫓で監視するのが2名、隣の櫓まで行って帰ってくる歩哨が2名、休憩が2名。

それをローテーションで回す。

カイ曹長は櫓で立哨と歩哨から報告を聞いてまとめる。

クラーラ軍曹はその時々で一緒に立哨に立ったり、歩哨に付いていったり。

報告や引き継ぎのやり方、監視する際のモノの見方を指導されつつも大きな問題もなく初日が終わるかに思えた。


日が暮れ、周囲はすっかり闇の帳に包まれた。

ボクとエリゼのペアは休憩している。

カイ曹長は櫓の上でカールとディアナに夜間哨戒のコツを教えているだろう、ボクらも先ほど教わったところだ。

クラーラ軍曹は歩哨の2人に付いていっている。


「うちの方は芸術関係者が多いので、地元の奨学生試験を通過するのはそれほど難しくなかったんですよ。でもその分は入学してからが大変なんですけど」


前にも言ったとおりエリゼとエミリーはその地方を代表して選出される特別奨学生として入学している。

その枠に入れるだけでも十分に大変だと思うのだが、入学後も常にトップクラスの成績を維持しなければならない。

ボクも成績上位者ではあるけれど、前世の知識もあるから基礎的な学問は問題ないし、この世界特有の歴史や魔法に関してもアトリシアの知識があるのでなんとかなっている。

もしこれがなくて一から学問を修めるとなればボクは特別奨学生の枠には入れないだろうなあ。

しかも貴族家のように幼少期から家庭教師をつけたりして教育しているわけでない平民の立場であればなおのことだ。


ちなみにエリゼの故郷はラーヴスベルクといって、王国の南東の端にある。

ルルハが持つのとはまた別の国との境を持ち、そちらの文化が色濃く流入している地方だ。

その異国というのが芸術国家と呼ばれるほど文化的に発展した国で、そこに住まう芸術家を失わせたりしないために隣国同士が不可侵条約を交わしているほどだ。

国土が小さくそこまで豊かな国というわけでもないから、戦争をしかけてまで手に入れる領土的価値があるわけでない部分もあるが、なかなかすごい国だ。


そんな他愛もない話をしていると、甲高い笛の音が響いた。

原始的な通信手段として、各人にはホイッスルが配備されている。

そして長音1回が示すのサインは。


「緊急事態!」

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