我が娘について 2

馬車から降り立つと、庭の方から気合のこもった声が聞こえてくる。

どうやら報告に間違いはなかったようで、今は剣術の稽古に精を出しているのだろう。

相手をしているのはエリック──3人目の息子──のようだ。

どれ、そもそも私がここにいるのはアトリシアのためなのだ。

であれば旅の埃も落とさずに、家人の誰にも挨拶せずに、まっすぐ庭に向かうのは間違っていない。

間違っていないのだ。

だから家令がこちらを冷めた眼で見つめているのは気のせいということになるだろう。


「何かあるか」


「いえ、何もございません」


そうであろう。

そんなやり取りをする間にも、段々と声は近づいてくる。

気持ち早足であったかもしれないが、それは今とても些細なことでしかあるまい。


「はぁ、てぇい!」


「ふっ、ほっ」


そうして見えてきたのは息子のエリック。

しかし相手をしているのは私の予想とは違ったようだ。

エリックの同級生だろうか、なかなか凛々しい少年である。

見たところ、剣の筋も悪くなさそうである。


「あ、父様!」


うむ、わかっていた。

いかに髪を切ろうとも、妻に似たその美貌は間違うことなく我が娘のものだということは。


「父上、どうされたのです」


そう尋ねてくるのはエリック。

先触れを出しておいてそれを追い越して帰って来たので、私がここにいる理由は知らないであろう。


「うむ、アトリシアが快癒したと聞いてな。それに学院入学の前に激励の一つも送らぬわけにはいくまい、父として」


「俺の時には手紙だけ寄越されたように思いますが」


「ちょうど執務も手すきでな、何かとちょうど良い機会であったのだ」


「そうですか」


どうしたことか、まるで先ほどの家令のような視線を送ってくる。

ということはこれも気のせいということに他なるまい。


「ボクのためにお帰りになられたのですか、うれしいです!」


私たちのやり取りを聞いたアトリシアは喜色を一面に浮かべて抱きつい、ては来なかった。

挙げかけた私の腕に気づいたのか、苦笑しつつ言う。


「今は汗と埃で汚れておりますので、また後ほどに」


「うむ、そうであるか」


そう言って屋敷に向かうアトリシアの後ろ姿を見送り、エリックに視線を向ける。


「気になるのでしたら、ご自身でお確かめになられるのがよろしいかと」


尋ねる間もなくそう返されてしまった。

しかし、貴族の令嬢としてはありえない姿である。

そのような私の思いも、妻の『本人の好きなようにさせてあげましょう』という一言で片付いた。


エレーヌが言うのならば、それで間違いはあるまい。

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