大きいと小さい

 初めて海に泳ぎに来た。だからか今まで来た海とはまた違って見える。人が沢山いて活気溢れている。という公共の海水浴場を通り過ぎて着いた俺たちの目的地。

 場所は先輩のお父さんの所有するプライベートビーチ付きの別荘。

「じゃあ、みんな降りて降りて!」

 そう言って黒田が紳士風にワゴン車の扉を開ける。自動ドアが付いているのだからボタン一つで開くだろうに面倒な事をすると思いながら最後部に座席から今日のメンバーを確認する。

 メンバーは俺を含めて八人。俺と美咲先輩、黒田と森田、ここまでは知っている。それ以外のメンバーも大方予想通りで詩音に家庭科の村田春奈、体育の田中万鈴、英語の夏目美香、と女性陣は美人揃い。最後は彼女いない同級生の原田燐光。数的な調整も施されており、男たちの色々なやる気が見て取れた。

 黒田の誘導で車から降りた俺たちは着替えの為に二手別れた。女性陣は別荘内に、男性陣は既に着て来たのでパラソルや飲み物の準備を行う。水着に対する執着のあまり今までで一番率先的に働いていた。

「お前誰狙う?」

「俺は美香先生かな?」

「よかった、被ってねぇ」

「俺もだわ」

 こんな風に聞かれては色々まずい会話を挟みながらせっせと準備を続ける。

 一分一秒すぎる毎に奴らの呼吸は荒く深くなり、遂に望んだその時が来た。

「おまたせ、今日は楽しむぞー」

 拳を突き上げながら一番乗りしてきたのは美咲先輩だった。その後に続いて田中、村田、詩音がやって来た。そんな美人揃いの女性陣の水着姿は絶景だった。美咲先輩の水着姿は見たが、それでもよく似合っている。村田も着痩せするのだと思うくらいスタイルはよくてかなり大胆な水着を着ていた。田中は流石体育教師の一言に尽きるアスリートらしい引き締まった身体が程よく映えている。詩音も大人っぽい印象を受けるが、このメンツの中では一番小さかった。何がとは言わないが……。

「みんな綺麗です!」

 黒田が興奮気味に空に叫んだ。少し離れたら公共の海水浴場があるのでルールは守って欲しい。こんな事を叫ぶと誰かに見つかり兼ねないだろうに。

「あ、いたよみんな。やっぱり会えましたね、先生☆」

 こんな風に。

 やはり来た。という昨日の時点で悟っていた。

「アレ? 先生たちもいる。何がとは言わないですけど大きいけど小さい中村先生に婚期を逃しかけてるはるちゃん、筋肉の付き過ぎを少し気にしてる万鈴ちゃんに……げ、詩音先生もいる」

 なんだろう。散々毒を吐いていたのに、詩音の顔を見た途端に少し嫌な顔をした。まぁ、言葉にも表れているけどあの二人なんかあったのか?

 そんな疑問を他所に思いの外ダメージを負った女性教師に手を合わせた。

「あら、私ほど大きくない小倉さんじゃない。どうしてここにいるのかしら」

 一方でノーダメージの詩音が小倉に牽制をする。小倉の毒は決して嘘じゃないだろう。自分が優っているもの、知っている弱点、相手の嫌がる事やもの。それを自分の優位を保つ為に使用する当然だ。しかし、彼女は詩音に対しては言葉に詰まった。それは優位性を保てる情報を持っていないからだろう。

 だが、詩音は違うようだ。それほど大きくない、その言葉を強調されている事で詩音の武器と小倉の敗因を理解した。

 小倉は女性としては身長が高い。しかし、詩音はその上をいく。詩音の身長は俺より少し低いくらいだ。対して小倉は詩音よりも三寸くらい小さく、身長面で小倉は詩音には優位でいられない。更に運悪く二人の体型は似ている。脚が長くてすらっとしている。要はきっと小倉は詩音の……。

「下位互換ちゃんは大人しくしてて。今日は邪魔な先輩に打ち勝つって決めたんだから、ね?」

 捉え方によってはそうなる。

 小倉も詩音も別人だ。代わりもいないし、同じなんて事もない。しかし上位互換や下位互換と分類できるくらいには似た人種は存在する。

 だからこそのマウント合戦であり、小倉が詩音に苦手意識を抱くのだろう。

「こら、中田先生。生徒に大人がないですよ、それと言っておきますけど、私はグラマラスなんです。二人みたいに細いだけが取り柄じゃないんです。

 だ・か・らあまり人の身体にコメントをするのは控えた方がいいですよ。自分も傷付きません」

 空気が重たくなり始めたところで先輩が間に入る。本当に大切な事と自分の自慢を織り交ぜた場を濁す発言は空気を一瞬でもとに戻した。それに乗じる形で森田が話題を移す。そこからは割あっさり話が進み、同じ場所で泳ぐという女子生徒らも一緒に海水浴を楽しむ事で話がまとまり、人数分のコップに飲み物を注いで乾杯をする。

 それを見ながら俺は思う。人間は醜いと。しかし、それが人間の本質である事も知っている。その醜い部分があるからこそ上昇思考が存在するのだ。

 重い空気を変えるために二人は動いた。それがどこから来ている言葉かは分からない。自分のためかもしれないし、みんなのためかもしれない。しかし、そのために動ける二人に少なからず好感は憶える。

 何を感じても何もできない自分とは違うのだからすごいと思うし、尊敬もできる。ただこの場を傍観している俺はそう思いながら飲み物の表面に映る自分と睨めっこしていた。

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