同級生と過去

 目的地の駅で降りると駅のホームを出て止まっているタクシーを適当に呼んで両親の墓がある墓地に連れて行って貰う。もう少しで五月だと言うのにまだ朝は少し肌寒い。単に冷え性なだけかもしれないが、墓地に行くと体感温度が下がって堪らない。

 久しぶりに通るこの道。去年ぶりだが、その前に来たのは葬式の時。亡くなってからしばらく経ったが、まだ三回しか行った事がない。花も供え物も持たずに訪れる。いつ見ても綺麗に掃除されている墓を見て少し顔を顰める。

 抵抗がある。思い出もない空っぽのここに自分がいていいのか。もし他の関係者と一緒に行けば自分だけ何も拝めずいるだろう。

 ずっと立ち尽くしても気不味いので綺麗な墓を磨く。誰もいない静まり返ったこの場所には二人しかない。特に何も思っていない息子とその友人。だからこそ自然体でいられた。だから柄にもない事を最後に言い残してこの場を去った。

「また、来年」

 来年。きっと来る。何も変化しないであろう日常の一ページでしかないこの墓参りもきっと変化が来ない限りこんな感じだろう。特別に願う事も、伝える事もない。手を合わせるだけの行為から何も進展しないだろう。

「昼ご飯どうするの?」

「んー、関西まで来たんだからたこ焼きとかお好み焼きでしょ」

「それもそうだな」

 そう言って再びタクシーを呼んで市内に移動する。タクシーの中では特別、話なんてしないで静かな時間が過ぎる。

 景色は山からビルや大きな施設が立ち並ぶ都会に移り、人も増えた。この時間は昼時だけあってどこの飲食店もいっぱいで入れなかった。特別詳しくもないので行く場所に迷っていると、一軒だけ。一軒だけ知っているお店があった。

 とりあえず空いているかすら分からないので電話をする。

「すいません、今って席空いていますか? あ、名前ですか。東雲です。

 は、はいそうです。息子の翼です。あ、じゃあ今から行きます。お願いします」

 父が運営していた飲食店。全盛期は数十の店があったが、今や三店舗まで減っていると小耳に挟んだ。その内の一つがそこの店だった。運よくもう少しで席空くようだったので、予約してもらった。

 電話に出た人の声に聞き覚えはなかったが、俺の事をよく知っているようだったので何度か会った事があるのだろう。

 そう思いながらタクシーに目的地まで送ってもらう。幸い詩音のコンサートも近くであるので、ゆっくり楽しめると上機嫌だった。

「翼くん! 大きくなったね。本当にお父さんそっくりでカッコいいなぁ。あ、そっちの方は彼女さん?」

 関西にいるのに関西弁じゃないのに少し違和感を感じながら。一応誤解を解く。

「い、いえ。違います。こちらはピアニストの中田詩音さん」

「ほぉ、じゃあ嬢ちゃんが中田とこの娘か。懐かしいな」

 詩音の親を知っているような口振りで懐かしむ男を見ながら記憶を辿る。だが、残念ながら名前が出てこない。

「父は兎も角、中田のお父さんまで知っているんですか?」

「あぁ、覚えとらんで当たり前なんかな。翼くんも葬式の時に一方的に見ただけやし、中田の嬢ちゃんは存在しか知らないから。実質はじめましてだな。俺は西尾息吹、お前たちの父親と同級だ」


 会話は弾み、昼食を取りながら西尾の会話を聞いていた。聞いても得する事なんてないし、なんなら損するまである話だが、聞いている。そこにあるのは少しの興味と少しの期待だけ。今の翼はあの頃とは変わった。それでも大切に思われていた、愛情を抱かれていたかに対しては少し不安を覚える。

 だから本当の父を、翼の知らない父と少し向き合うべきだと少なからず思っている。だから話を聞くし、去年から逃げてきた父の知人とも少しずつ交流を取るようにしてきた。

 しかし、どこにおいても父は家族の話をしておらず、この不安を拭う価値ある情報は得られていなかった。

「あの、父は俺の事を、家族の事を何か言ってたりしてなかったですか?」

「んー、そうだな。あいつはああ見えて恥ずかしがり屋で弱いんだよ。離婚した時も、お前の為に働かなきゃって意気込んでいた。結局は失敗してあんな風になっちまったが……。

 それでもあいつは翼くんを家族を大事に思っていたのは事実だ。不器用でやり方も間違いだらけだけど。嫌わないでやってくれ」

 今更言われても困る。あれだけ傷つけられて苦しめられたのに、そんな事を今知っても何もできない。空いた穴が塞がる訳でも、抱いた嫌悪感を払拭できる訳でもない。

 そもそもやり方が間違っている。原因が理解できていない。お金で満たされるものは偽物だ。優越感も満足感も一時的なものに過ぎない。

「だから過去なんて知りたくなかった……」

 小さく言葉を溢す。過去からの教訓にはいつも後悔が付き纏う。歴史で学ぶ偉人も自分の教訓を命ある内に知れば後悔に打ち拉がれるだろう。もしくは悶絶。

「でも、知れてよかった。今までの恨みを根絶やしにできるほど立派じゃないけど、一応覚えておきます」

「そうしてくれ、今日の昼飯はオッチャンからの些細なプレゼントだ。親父の墓参り帰りに寄ってくれてありがとな。また、来年来いよ」

「はい。ご馳走さまでした。そしてありがとうございます」

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