お金と切れ目
両親の死後一ヶ月の間は忙しかった。医師から死亡診断書を貰い、それを提出して父の地元の関西で葬式を行った。仕事関連だけで数百の関係者が出席して別れを告げた。それでも俺の実母の姿は式中には確認できなかった。
大変だったのはそれからだった。基本的な冠婚葬祭で休めるのは一週間程度だが、ある話し合いのせいで一ヶ月も休んでしまった。
それは遺産相続だ。法的に言えば遺産を受け継ぐ第一優先は俺と母と出て行った妹にある。事故死なので遺書などある訳もないので、その遺産を間接的に手に入れたい関係者が俺の親権を巡っていた。
正直言って遺産なんてどうでもよかった。しかし、子供の出る幕はない。
実母も式が終わった後に合流して話し合いをしている。実母も再婚したと小耳に挟んだが、お金が欲しいのだろう。賤しい大人の会話に苛立ちを募らせる。それでもここにいるのは妹のおかげだ。
「お兄様はこれから一緒に住むのですか?」
十歳離れた妹。名前なんて会うまで覚えていなかった。両親は長男の俺と関連する名前、即ち鳥の名前を妹につけた。鶫、それが久しぶりに会った妹の名前だ。
離婚した時からそれなりに時が経っているので、目を見張るくらい妹は成長していた。母に似で綺麗な顔立ちをしているからきっと将来はモテるだろう、なんて呑気な事を考えながら妹の質問に質問で返した。
「鶫は俺と暮らしたいか?」
「鶫はお兄様と住みたいです」
きっと無邪気に、素直に答えたであろう妹の何でもない『は』に寂しさを覚える。そもそも俺と父の容姿が似ているから置いて行ったのに、お金の為とはいえど一緒に住むのは気が進まないだろう。
「うん、俺も鶫と一緒に住みたいけど、最終決定権は、母さんが持っているから分からないな」
そう言って身体を伸ばして床に身を預けた。
母さん。たったその一言を言えない自分に恐怖すら覚えながら、妹との時間を過ごした。
きっと鶫の望む通りになって母と一緒に住んでも妹とはあまり目前で仲良くするのは好ましくない。母もそうだろうが、俺も居心地が悪い。
母ももう他人だ。血の繋がりがあるにしろ母はもう違う人と再婚をして苗字ももう俺とは違う。それは妹もそうだ。そして俺の知らない夫がいる。そんな完成された家庭に入るのは気が引ける。整ったものに何かを加えるのはどんな理由があろうが、異分子でしかない。互いに接し方も分からなければ距離感も掴みにくい。安易に気安く接して気を悪くさせても仕方がない。結局のところ誰のところに行こうが俺を愛してくれる場所なんてないんだ。
なら、いっそ……。
そんな早まる気持ちを抑えながら、少し深呼吸をして大人のいる、俺に相続される財産目当ての大人のいるところに顔を出した。
「金なんて要らない。あんな親が残したものなんて俺は要らない。だから相続権を放棄する。そうすれば自動的に殆どが鶫の手に渡る。
愛のない場所なんて俺は望んでいない。話は終わりだ。俺は帰る」
そう言って披露宴などに使われるホテルのホールから出て行く。誰も何も言わない。実は少し期待していた。誰でもいいから「お金なんてなくてもいいから一緒に住まない?」そんな甘美な言葉をかけてくれる人がいるのでは、と。しかし、それは簡単に砕かれてしまった。
きっと母も清々している事だろう。
でも、これでここに居座る理由も意味もなくなった。これでもう、鶫に会う事もないだろう。会ってしまったから別れが悲しい。幼くて無邪気な笑顔も素直な愛も初めて感じた気がした。だからもう会えないであろう妹との別れだけが心残りだった。
去り際に母の顔を見たが嬉しかったのがすぐ分かるくらい和かな笑みを浮かべていた。そこに俺の存在など微塵もない事はすぐに分かった。
もう、そんな事に一々傷付いていたら俺の精神は崩壊する。だからもう辞めた。安易な期待も過度な依存も、もうこの人たちに求めるのはもう辞めた。
誰にも何の挨拶もせずに駅に向かった。誰もそれを止めない。そんな価値もないのだろう。
「はぁ、ああは言ったけど、相続権の放棄なんてできるんだろうか。まぁ、そこら辺は勝手にやるだろう。一応あの弁護士に相談してみるか」
そう言いながらタクシーを呼び止め、駅に向かう。その道中で両親がいなくなって困る事を脳内でまとめる。まず、一つはやはり貯金だろうか。大学までの学費とこれからの生活費。皮肉だが、あの両親からのおこずかいが溜まりに溜まっているから生活はできるし、大学ももし足りなければ奨学金でも貰えばいいし、わざわざ大学に行く必要性も今は見出せない。やりたい事もなりたい自分も何もない空っぽの俺は一体どうなるのだろうか。
考え事に憂いている間に駅に到着した。人通りの多さに改めて関西に来たのだと実感する。関西に来て何かする訳でもなく、そう思いながら駅に入って行く。目的地は新幹線乗り場。早く帰って学校に行かないと出席日数が足りなくなってしまう。
空っぽになってしまう。そんな本当の不安を包み隠しながら帰宅する。もう五月蝿くないし、酒臭くもない。もう父も継母もいないあの家に戻る。そう思うと涙が出た。
あれだけ頭では邪魔だのうざいだの思っていた癖にいなくなって初めて寂しいと気付くなんて難儀だ。
「さよなら鶫、母さん。そして父さんと––––」
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