第3話 私は私
「大丈夫ですか? こちらへ!」
私を氷柱から守ってくれたのはうさぎだった。左胸あたりに『東雲』と書かれてあるところを見るに、あの『うさぎ』かもしれない。
私はそのうさぎに手を引かれるままに走り出した。
手を握るうさぎの手は、人間の手と同じ肌色。でも手首からはもふもふとした白い毛が生えている。その手は温かく、少し安心する。
「この辺りまでくればいいでしょう」
気づけば周りはよく見かける地元の風景。少し都会だけど、人はあんまりいない田舎。私が住んでいる、住み慣れた街。よく行くスーパーによく行くコンビニ、本屋、ガソリンスタンドにファーストフード店。その全てが私が毎日のように見てきた風景と同じ。
「あの、どこまで行くの?」
「こっちです」
うさぎは私を見る事なくただ手を引いて歩いていく。何か焦っているような感じもするけど…。引っ張る手が少し痛い。
ガソリンスタンドを過ぎ、橋を渡る。大きな新聞社ビルを横目に隣の郵便局を曲がる。少し進むと地下鉄の入口がある。どうやら地下鉄に乗って移動するらしい。階段を降りていきホームへ向かうと、ちょうど電車が来ていた。私はその電車に乗ろうとするとぐっと手を引かれた。
「それに乗ってはだめ。それは地獄行き」
「地獄行き? どういうこと?」
「今は説明できないけど、この電車に乗ってはだめ」
うさぎは頑なにこの電車に乗ってはだめと言う。乗ろうにも、そんなに強く握られたら私、ここから動けないんだけどね。地獄行き? よくわからない。多分これは夢だろうからそういう設定なんだろうとあっさり私は受け入れた。
次はどんな展開が待っているのかな。
地獄行きの電車は私たちを乗せず発進していく。それに急いで乗る人も沢山いたが、うさぎは微動だにしなかった。しばらくすると別の電車がやってくる。さっきとは別方向行きのようだ。
「これに乗りますよ」
「え? あ、はい」
電車へ乗り込む。ホームに居た人でこの電車に乗るのは私たちだけみたいだ。私たちを嘲笑うような顔で見てくる人たち。もしかして騙されてる? 立ち上がろうとするが動けない。やっぱり罠だったんだ。
「ねぇ、あなたは私の何なの?」
「…味方です。信じてください」
「本当に? ホームの人たち、私たちを笑ってるんだけど…。本当はさっきの電車が正解だったんじゃないの?」
「いえ、あれはフェイクです。こちらが正解です」
「何であなたがそれをフェイクだと言えるの?」
「それは…言えません」
「私、降りる! 離して」
「ダメです‼︎ この電車から降りれば、あなたは文字通り地獄行きですよ⁉︎」
「…何よその目…。もうわけわかんない」
うさぎの粒らな瞳は嘘を言っているようには思えなかった。それよりも私の事を一番に心配しているような感覚さえある。何なのこのうさぎ。東雲って名札だけで和葉ちゃんとは全然違うし…。
“次は病院前〜。病院前〜。お出口は左側〜”
病院前? そんな駅あったっけ?
「ここで降りますよ」
「ねぇ、病院前って? そんな駅あったっけ?」
「えぇ。ありますよ」
「そっか…」
私が知らないだけで、病院前があっても不思議ではないが、何か違和感を感じた。うさぎは何かを隠しているんじゃないかって…思った。
電車を降り、改札を通り地上に出る。出口の目の前に大きな病院があった。『国立病院』と書かれてある。もしかしてこの病院に用があるの?
うさぎは相変わらず私の手を引っ張る。今までよりも強く、そして少し焦ってるような…。そんな感じがした。
「五階へ行きましょう」
「ねぇ、いいかげん教えて? ここに何があるの?」
「スミマセン…着いたら教えます」
「わかった」
入口近くにあるエレベーターを使って五階へと足を運ぶ。五階へやってくると真っ直ぐフロアを進み、二つ目の角を右へ曲がる。そしてある病室の前で止まった。
“505号室”
患者名:姫川花音
病室の患者名を見て驚いた。私の名前だ。これはどういう事だろうか。状況が読めないままうさぎがその病室へと入っていく。もちろん引っ張られているため私も入室する。
「ね、ねぇ。どういうこと?」
「あなたの想像通りです」
「想像通り? ここに私がいるって事? じゃあ私は何なの?」
「…」
うさぎは病室内にあるカーテンレールをさっと開いた。そこには紛れもなく私がいた。頭が余計に混乱する。私はここにいるのに、目の前に私がいる。夢でもこんな夢気持ち悪いんだけど…。
「こちらは姫川花音さんです」
「見ればわかるよ。だって私だもん」
「そうですね…」
「ねぇいいかげん説明してよ」
「わかりました」
うさぎは椅子に座って、ベッドに横たわっている姫川花音をじっと見つめながら話し始めた。
「あれは、三日前です。仕事帰りの姫川さんはいつものようにスーパーにやってきました。でもいつもと違った。どこかふらふらとして意識があるのかないのかわからないような状態でした。そして私のところへやってきて倒れてしまったんです」
器用にりんごの皮むきをしながら説明するうさぎ。
「すぐに病院に運ばれましたが、意識不明の重体状態でした。一時期危篤状態とまで言われていましたが、何とか山場を超えることができた…。しかし、直接的な原因は分からず今に至るわけです。つまり今目の前にいるのは本物の姫川花音さんという事です」
「…え? それだけ? じゃあ私は姫川花音じゃないって事?」
「いえ、あなたも姫川花音ですよ。そして私も…」
うさぎは持っていた果物ナイフを私へ向けた。
「もう薄々気が付いているかもしれませんが、ここは姫川花音のセカイ。そして私はあなたを殺すために用意された、いわゆる抗体的存在。そう…あなたは姫川花音を苦しめる原因なんですよ」
「私が、姫川花音を苦しめる原因?」
「…だから、ここで死んでください!」
いきなりナイフを突きつけられた私は逃げるしかなかった。それは必死で逃げた。でも、逃げても逃げてもうさぎが先回りしている。逃げている途中で何度も夢だと思うようにしたが、実感が持てなかった。
どこに逃げても無駄なら私が姫川花音だと証明するしかない。そうだ、鏡だ。私が私である証拠は容姿で判断すればいいじゃないか。私は近くのトイレへ駆け込んだ。ドキドキする。この感情も偽物なんだろうか…。
トイレに設置された鏡をぬっと覗き込む。
「…嘘、でしょ…? 誰?」
鏡に写っていたのは姫川花音ではなかった。顔はひどく爛れ、髪はバサバサしており、服装もだらしがない。目も腫れ、女性なのか男性なのかすらも判断に難しい体型をしている。私は誰なんだと鏡に問いかけても何も返ってこない。心の中でうさぎが言った言葉を繰り返す。
『目の前にいるのは本物の姫川花音さん』
そっか…私は姫川花音じゃなかったのか…。
バンっと大きな音がして扉が開いた。やってきたのはナイフを持ったうさぎ。私の顔を見て理解したのか突き出していたナイフを下ろした。
「見てしまったんですね」
「私は、姫川花音じゃなかったんだね…」
「いえ、あなたは姫川花音だったんですよ。でも今は違う。姫川花音を苦しめる存在になってしまった」
「そっか…じゃあ私はいらない子だね」
私の顔を涙が伝う。
「泣いちゃうなんてね」
「スミマセン…」
「うぅん。ありがとう…」
次の瞬間、私の胸をナイフが貫く。
これで、姫川花音は助かる…。
◇◇◇
朝日が眩しい。目が覚めると私は病院にいた。記憶がないけど、何でだろう。しばらく病室の窓から空を見上げていると、ガラガラっと検温しに看護師さんが入ってきた。
「ひ、姫川さん!? 先生〜!」
びっくりした看護師さんが先生を呼びに行ったようだ。そして数分で、担当の先生だろうか、息を切らして病室へ入ってきた。
「はぁ…はぁ…姫川花音さん? 体調は大丈夫ですか? どこか痛いところとか苦しいところとかありませんか?」
「…大丈夫みたいです」
「そうですか! で、では少し検診させてください」
検診を受け、今までの経緯を担当医の先生と連絡をもらって急いで駆けつけてくれた和葉ちゃんから聞いた。
私は倒れて三日間昏睡状態だったとか…。
でも何だか私、昏睡状態だったけど治った理由が何となくわかる気がする。
心の中でお礼をいう事にした。
“ありがとう”
しゃべる兎と私 Yuu @kizunanovel
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