第2話 追われてく身
クラッカーから飛び出した色紙が私の体の節々に纏わりつく。それを振り払おうと肩や腕、足をパタパタと叩く。
何がおめでとうございますなのか、それをまず聞かなければいけない。このクラッカーについてはその後としよう。
「オ、オオオオ…オメ、オメ…デ」
「…は?」
まるで壊れかけたおもちゃのような喋り口調になる湖山。そして湖山の頭からニュルりと角らしき鋭利なものが出てきた。何かがおかしい。一体いつからおかしかったんだ。レジから? それとも今日という日がおかしいのか。考えるだけ無駄な気がする。でも私の体はこの場から逃げ出そうとしている。気づいたら事務所入り口へと走っていた。
「何⁉︎ 何あれ、気持ち悪い! 早くここから…っ!」
私の目の前にはあの強面の男性二名が立ちはだかった。
もしかしてこの二人もおかしくなった? それは正直困る。だって…あんなに早そうな大腿筋…。人間の度を越した筋肉量としか思えない。さっきまでのは強面だっただけでガッシリしていなかった…。そう、この雰囲気、犬?
「ウウウ…グルルルゥ…」
一人が唸り声を上げ四つん這いになる。やっぱりそうだ。この二人は犬。チーフはあの角からして羊か? 和葉ちゃんはうさぎ。このスーパーには本物の動物みたいな人間が一杯いる。ヤバい! 早くここから逃げなくちゃ‼︎
来た道を戻るように走っていく。
「あぁん! なんでこんな事が起こってるのよー!! 私の華金返して‼︎」
“こっちだよ”
バックヤードから逃げている途中、パニックになりながらもハッキリと「こっちだよ」と聞こえた。薄暗い廊下を抜け、関係者入口の扉を開けた。
ーー目の前の光景に私は絶句した。
「へ…?」
目の前には明らかに病棟と言える場所だった。背筋がゾッとした直後、後ろから視線を感じた。恐る恐る振り返る。
「コンニチワ?」
「オハヨウ?」
「ヒャーヒャヒャヒャヒャ! ミツケタ、ミツケタ」
病院服を来た小さな子供三人が私を指差してにこやかに叫ぶ。その声の大きさに咄嗟に耳を塞ぐ。工事現場の騒音に近いが、騒音キーが高いだけこっちの方がタチが悪い。
私は再びその場から逃げ出した。
逃げながら気が付いたが、体が異常に重い。それに持っていたはずの弁当やチューハイがなくなっており、代わりに足に鎖がしてあった。精神的に追い込まれていく私。
「はぁ…はぁ…。もう、やだっ…」
“諦めないで! 早くここまで来て!”
まただ。今もまだ後ろからヒャヒャヒャと騒音を鳴らしながら近づいてくる子供がいる中で、しっかりと聞こえるこの声はなんだ? 私をどこへ連れて行こうとしているの?
すぐ側にあった病室へ一先ず入ることにした。
ガラガラ。入室してすぐわかった。ここは病室ではない。即座にわかるほどここは寒い。体感温度はおそらく氷点下〇度近い。薄暗いため、ここがどういった場所なのかはわからないが、一つ言えるのは…このままじゃ私は死んでしまう。ただそれだけだった。
「ささささ、寒い‼︎ 何なのよ本当に‼︎ ううぅぅ…」
顎が外れるぐらいに体を震わせ寒さを凌ぐ。一歩、また一歩と前進していくと、徐々に明るくなってきた。それと同時にここがどこなのかもわかった。
「氷山がある…。北極?」
目の前に広がる光景は、到底信じられない。スーパーから病棟でも信じられないのに、そこから北極らしき場所に移動するなんて…。でも寒さや疲れがある事から夢ではなさそうだ。幻覚を見ている説は未だに頭の隅にあるのだが…。
ジャバン! ジャバン!
また何かやってきた。おそらくさっきの子供と同じように私を何故か追ってくる何かなのだろう。もう思考も半分止まって、何でも受け入れてしまうようになってしまっている。
「アハハハ。バァハハハ。キャハハハ。ミーツケタミツケタ。ココダッタ。ココニイタ」
「一体私に何の用なの!?」
聞こえた声に問いかける。
「オマエヲミツケル。ソレガアタイノ…ミッション!ミッション! アハハハ」
もう何も言葉が出てこなかった。見た目はアザラシだが、言っている事は意味がわからないし、狂人としか思えない。
「オマエココデシヌ。アノカタガコロシテクレル。アタイタチノカチ」
「あの方? あんた達の勝ち? 本当に意味がわからない」
「ナントデモイエ。オマエニハシガマッテイル」
アザラシがそういうと、氷山の中伏あたりが光った。もしかして何か雪崩れてくるなんて考えもしたが、その答えは一秒もたたずにわかった。
スーン
もの凄いスピードで直径二メートルの氷柱が私めがけて飛んできたのだ。私が視認した時には目の前まで迫っていた。
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